6 → 7 Night7 side Wing
それは静かに忍び寄っていた。
誰の目にも止まることなく、誰に感づかれることもなく。
万雷の拍手で迎えられるわけでもなく。
黒い夜のようなソレは、静かに静かに笑みを―――
◇ ◇ ◇
目は醒めた。
といっても開いた眼が写すのは世界の半分だったが。
「何だ、今のは」
眠りに落ちてる間に視るセカイ。
人はその幻想を夢という。
しかしだ。
創られ、作られた私はそんな機能は削ぎ落とされたはずなんだが……。
曰く、私の身体は生まれるべくして生まれ、造られるべくして造られた聖護院のマスターピースらしい。
術を究めた存在を聖護院の手中に収めるために、大人たちは“私”を作った。
実際に生まれた赤子は大人たちの描いた説明書通りの機能を有した。
夢は、その中に残されていなかった。
しかし、先ほどのは夢だろう。
なんらかの不具合が発生したか。
いや。
「コイツか……」
眼。
宴に参加したことによって初めて発生した肉体の異常。
正直なところ、この私をもってして神器と権能の術式的な意味合いは概観をおぼろげに捉えるのがやっとだった。
ゆえに確証こそないが、こと権能が眼に宿ったことはなんらかの原因ではあろう。
視神経と脳に影響を与えて当然である。
どうせならもっと華やかなものを見たかったが。
まぁ良い。
「起きるか」
私の肉体は小さい。
同年代と比べてもなお小さい。
それが嫌だというわけではないが、もう少し大きければ多少は便利だろうにと思う。
さてまずは着替えを……。
「キカラ?」
いつもならいるはずの彼女がいない。
「……」
あまりにもわかりやすすぎる。
ベッドを抜け出し、部屋を出る。
アレは簡単に言えば人造人間だ。
「聖護院」など旧家といわれるような連中はその財を秘匿するべく他との関わりを避ける。
その為に造られた、要は人造の世話役だ。
構造、材質は限りなく人間のソレであり聖護院謹製の「式」も組み込んである。
下手な術者よりもよくできる。
そんな聖護院の粋を集めた完成品がこうもわかりやすい異常を起こすはずがない。
「……寝巻きでうろつくのもなんだな……」
指を鳴らす。
身体を覆っていたうすいネグリジェは黒と金の攻撃的なドレスへと変わっていく。
「やはりこうでなくては」
少しワクワクしていた。
キカラを……いや聖護院にむかって、あるいは
「この私に正面きって闘いを挑もうというその愚かさ」
昨日の夜門は期待したほどではなかった。
その前の夜豊は面白くはあったが楽しくはなれなかった。
「つぶしてあげる」
まだ幼さを残すその顔には凄絶な笑みが居座っていた。
それは屋敷の前庭にいた。
見た目だけならば普段となんら変わることはない。
あわく赤ののった黒のスーツに陣がきざまれた革手袋。
ただ違うのは。
「随分出世したものだな、キカラ」
屋敷より出てきた主は言う。
「いや、違うのか。そんなものを纏うなんて聞いてないぞ、私は」
高らかに、楽しそうに。
「お前、いつから神になったんだ?」
「それは」
響く声はいつものソレとは違う。
低く、地鳴りのような声。
「この身体の主のことを言っているのか、それともワタシのことを言っているのか」
「意地の悪いことを言うなよ、名も知らぬ神。お前のことを聞いているんだ」
キカラだったソレはようやく表情を顕にする。
「随分と生意気だな、小童」
言葉を聞き終わるかどうか。
見慣れた革の手袋が目の前にせまっていた。
「ほう……」
手応えはなかった。
人間には追えないだろう速度で迫ったのだが。
「……」
アリスはその様子をはるか上空から見ていた。
送り込んだ偽物はあっけなく潰された。
一応アレだけでもある程度自律した戦闘ができるよう細工を凝らしていたが。
意味はなかったらしい。
とはいえ。
今の動きで確認できたことが一つ。
アレが本物であるということ。
偽物に向かって突き出された左手にはキカラの陣はあったが発動はしていなかった。
問答無用のただ力を集めただけの一撃。
そしてそれを可能にした瞬間移動と見紛うような超速。
それらを術式無しにできる存在。
宴の参加者たちとはまるで違う、本物の神。
現れるとすればこの宴の先だと思っていたが。
もはやどうでもいい。
「試させてもらうぞ」
宴を制するのは必然。
ならその先は主催者との邂逅である。
数多の文献から、それが人間ではないことはわかっていた。
だからこれまでにないものを用意した。
「神謀り」
それが神であるか、以前ならわからなかっただろう。
だが半端に神格を得た今ならわかる。
アレは神だ。
「神を討つのは酒か槍と決まっているんだ、名の知らぬ神」
聖護院邸上空にて。
異常はすぐに起きた。
まず音が消えた。
その視線はすでに交わっている。
件の神はアリスを捕捉してはいた。
が。
「面白いな人間」
動けなかった。
術式の影響があるにはあった。
しかしそれだけではない。
人間がどこまでやれるのか。
そして色が消えた。
アリスの手に光が握られる。
いや、光ではなかったのかもしれない。
音と色のない原始の世界で、それはただ「キカラ」に向けられていた。
「 」
その時アリスがなんと言ったのか。
世界はそれを認知することはできず記録することもできなかった。
ただ当のアリスと、地上から彼女を、その笑みを見ていた神だけが、捉えていた。
そして槍は放たれた。
あまりに静かな流れ星。
数秒とたたず、ソレは届き。
「……」
音と色は帰ってきた。
変わらず世界を見下ろしているアリスはその半分の視界で捉える。
堕ちた槍の行き先を。
「いやぁ、思いのほかやるもんだね、人間」
そこには左腕を失った神がいた。
「昔々の話だ。人外の力を借りて神を討ったという事実があったのは知っているかい?」
楽しげに、神は会話する。
その声は澄んだものに変わっていた。
「そんなもの、神話を漁ればいくらでもあるだろう」
眼を見開く。
「ハハッ、神話!」
残った右腕を振り上げ、大げさに語るその仕草は踊っているようだった。
「あんなもの、真実といわれるものは一割もないぞ!あぁなるほど」
得心がいった、とでも言うように。
「今さっきのコレは紛い物を参考にしたのか」
「紛い物だと」
「まぁそれについてはまた後で」
その声は背後。
咄嗟に権能を
「そいつはダメだよ」
左眼は、神の右腕に封じられていた。
「誰だと思ってる。私は神だぞ。私の権能が私に効くはずがないだろう」
寝ていろ、夜止。
と。
“門”の権能を用いて、少女を幽閉する。
少女は笑っていた。
「冗談は友人に言え、神よ」
突き出した右腕はどこからともなく現れた鎖に縛られた。
「何だ、これは」
はじめて神は不快を顕にする。
「さて、まずは祝おうか」
少女の声がする。
鎖は右腕のみならず全身を覆っていく。
そしてそこでようやく気づく。
神であるならば姿形にとらわれるものではなく、逆説的に「肉」のダメージを人間から、たかが人間からうけることなど、無い。
が、事実として左腕は未だに回復しないどころかその存在が世界から抹消されていた。
「貴様……!!」
「どうだ人間になれた気分は」
アリスは、一歩たりとも動いていない。
神がその力を発露するのにあわせて発動した鎖。
地から這い出た亡者のような鎖は、神を、いや神だったソレを引きずり下ろした。
やはり、アリスは見下ろしていた。
地に出現した「神謀り」の陣を。
そしてその中心に縫い付けられたかのように伏す神だったものを。
「主催者よ、客人にもてなされる気分はどうだ」
珍しく、心の底から高揚していたように思う。
「……なるほど。お前、コレと同じようなものか。そりゃまぁ神に届くのも納得だよ、天才」
空を見上げながらその肉体が口にする。
「この肉を作ったのは……お前じゃないな」
「……何を言っている?」
肉とはキカラのことか。
「まぁ捉えればわかるか」
その「わからない」という事実に、笑う。
そして神だったソレに問いかける。
「自分の状況をわかっているのか」
「人間におとされて地面に寝転がっている」
「なら」
「わかってないのはお前自身だぞ夜止。人間にこそされたが、それだけだ」
「それだけだと?」
「……君は惜しかったと思うよ。神と人間の違いなんてのは突き詰めてしまえば力の絶対量の差だ。君はあの“槍”で一瞬だけ自身を神のレベルまでおしあげて神である私に術式を直接うちこんだ。そして内側からこの鎖で縛り地におとすことで私を人間にした。多分今まで神と呼ばれる存在に人として挑んだ中じゃ一番賢かったんじゃないかな」
返す言葉はなかった。
その言葉は事実を滔々と告げていたからだ。
「気づいたのはさっきなんだけれど」
「……だからといって状況が覆るわけじゃない」
「そうでもないさ。この術式を実現させた君に、敬意を表して同じやり方で倒してあげるよ」
「まだ言うか」
「『開け』」
空気が揺れる。
宙に浮かぶアリスの周囲に数え切れんぬほどの「門」が出現した。
「暴走……いや」
「正常な動作だよ、それを作ったのは」
「クソッ……!」
神に天才と称された少女は眼帯を取り去り権能を使用する。
「止まれ―――」
世界が息を止めるような、静寂のイメージ。
「だから、ダメだって」
「門」は、完全にアリスを包囲した。
「製作者である私に、権能が効くわけないだろう」
アリスが門の中に誘われて後、なおも術式は生きていた。
「反省すべきは私を縛ったという部分だな。力さえ完全に消してしまえば勝ちは見えてたろうに。いや消せなかったのか。今も術式が切れてるわけじゃないのに力は戻ってきてるし」
ただ単純に貸し与えた権能を本人が使った、というそれだけのことだ。
門に入れた時点でアリスからは権能を取り上げているゆえ、あの空間から彼女が自力で出てくることは不可能だろう。
神に一矢報いた彼女ならば、時間をかければ、あるいはということもあるかもしれないが。
鎖を砕きながら、ぼそりと呟く。
「さて、それじゃ会いに行こうかな。お姉さまの仇に」




