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夜トの宴  作者: 大隈寝子
2/22

 1 Day1

 とりあえず流されるように流れるように眠りにおちたましろだったが、起床は思いの外早かった。

 午前6時47分。

 冬のこの日、ちょうど窓から太陽の光がさしこむ時間。

 ましろこと私は目覚めた。

 朝はあまり頭が働かない。

 とりあえずもう習慣となった行動を体が勝手にしていく。

 まずつけっぱなしの電気を消す。

 暗いところだと眠れない私は仕方なしに夜中も電気をつける。

 日中は太陽があるから逆に消す。

 深夜の電気代は馬鹿にならないのだ。

 天井からぶらさがっている紐を二回。

 よし、消えた。

 視線を上から下へ移す。

 壁にかかった液晶時計は7時前を示している。

 正月ということを考えれば上々だろう。

 実家にいたらずっと寝正月だっただろうし。

 なんとなくぼーっとした頭で部屋を見渡す。

 我ながら相変わらず殺風景だ。

 壁は無地の白、机と本棚はあるものの、そこに装飾といった類は一切なく。

 流行りのアイドルのポスターもなければ赤文字系だの青文字系だのといった雑誌もない。

 多分だけれど世の女子高生に比べてキャピキャピしたピンクが足りない。

 仕方ない、こういう名前だもん。

 多分、きっとそういう星回りなんだろう。

 窓、本棚、テレビ、机、イノシシ、布団、男……

「はて」

 働け頭。

 まだ男の方は理解しよう。

 なんやかんやあってなんやかんやあったのだろう。

 位置的にやらかしたこともなさそうだし。

 それよりなんだあのイノシシは。

「おはよう、お嬢さん」

「うー」

 おはよう、うん。

 今おはようといったな?

 世の中のイノシシは人語を解すらしい。

 私はイノシシなんてのはボタン鍋でしか見たことはないけれど……神院で食べたあの鍋おいしかったなぁ、そういや。

 昨日は年越ししたんだっけ、神社で。

 で、そこから……。

 思い出してきた。

 これだから朝はいやなんだ。

 自分でもびっくりするほど頭が寝ている。 

 一度友達に相談したら「電気つけて寝るから」としごく最もらしいことを言われたけど。

 それはどうしようもない。

 暗いところでは眠れないのだ。

 で、そうだ。イノシシ。

 もしや、昨日起きた出来事は全部夢だったんじゃないだろうか。

 そういう疑問一切はこのでかい毛玉が教えてくれた。

「……おはよう」

 1月1日。

 今年最初の目覚めはイノシシへの挨拶から始まった。

「……その人、起きるの?」

 特にすることもなく、ネタもなかったので目に付いたものを話題にあげた。

「起きるであろう。我が主人は空腹と睡魔には誰よりも正直なのでな」

 三大欲求のうちの二つにのまれている。

 普通のまれるとしたら残り一個のほうになりそうだけれど。

「誰ぞに操をたてておるのか、そういうのはからきしなのかその手の話は全くないぞ」

「時々あなた心を読むわよね」

「長く生きているとわかることもあるさ」

 いったいいくつなんだろう。

「およそ200、といったところか」

 常識ってなんだろうか。

 自分よりも、神院の夫婦よりもはるか年上なそのイノシシは少し目をばたつかせて言った。

「……お嬢さん」

「なに」

「お主、布団から出る気はないのか」

「……ないよ、暖かいし出る用事もないし」

「正月はどこぞに挨拶にいくのではないのかね」

「……それは実家にいるときだけ。今日は……あー、クラスの新年会があったような気もする……」

 一昨日あたりに新年会やるからぜひ来てくれとメールが来ていた気がする。

 差出人は誰だったかな……委員長だっけ。

 正直すすんで行こうとは思わない。

 わりと仲のいい子はいるにはいるけどその子は確か帰省しているはずだし。

 というか一月一日から集まるなんてクラスに何人いるんだ。

 大抵帰省だのなんだのでいないんじゃないのか。

 委員長、もしかして暇なのか。

 どうでもいいか、どうせ出ないし。

 ……布団からも出たくない。

 寒さには強いほうだけれど、わざわざ暖かいところから出るかというと話は別だ。

 こうやってぼーっと何も考えず布団でぬくぬくとしている時間こそが幸せだと思う。

 冬季課題とかあったような気もするけれど。

 ……大丈夫でしょ、あと五日はあるんだし。

 とはいえ、いつまでもぼーっとしているわけにもいかず。

 昨日が昨日だったせいかいつもより数時間はやく空腹が訪れた。

 腹の虫がなった。

 同時に。

「せいはーっ!」

 わけのわからに奇声を発しながら私から1mと少しのところで、空さんが起きた。

「……飯……」

 さながらゾンビか何かのような雰囲気だったのでとりあえず寝たふりをした。

 ああいう手合いはからむと面倒なことになる。

 昨日の一件で悪い奴じゃないことはわかっている。

 だから私の態度は一つ。

 ほっとけばいいんだ。

「挨拶をせんかばかものが!!」

 ねぼけまなこに立っている空に、すぐ隣にいたイノシシがタックルを仕掛ける。

 タックルされた空は華麗に宙を舞うでもなく「ゴフっ」という生々しい音をだして崩れた。

 主に対するあつかいがこのイノシシは雑すぎやしないだろうか。

 一応それで眠気はとんだのか空は布団にくるまっているこちらを見つけると

「おはよーさん」

 テキトーな挨拶をした。

 いやそんなもんだろう。そんなものだとは思うが。

「おはよう」

 この空間に馴染みすぎている気がする。

 挨拶をした空は何もなかったかのようにキッチンに行き勝手知ったるように冷蔵庫をあけ、手馴れたように調理器具を並べさも日ごろしているかのように料理を始めた。

 なんならあるはずもないエプロンまで見えた。

 私でもしないのに。いやそういうことじゃない。

 何をしているのあの男。

 ここ私の家だよね?

 間違ってないよね?

「るーる、ららー」

 謎の歌も交えつつ料理は進んでいく。

 手際は……とてもいい。

 下手をすると私よりも上手いかもしれない。いやちょっと見栄をはった。

 私より断然うまい。

 いつのまにか布団から体をおこしその手さばきを見ているとものの数分で朝食ができあがった。

 ご飯、サラダ、スクランブルエッグ、やたらとうまくタコになりきったウィンナー、それと切られたじゃがいもと人参。

 素朴でありふれたもの。

 やたらと手際がよかったから思わず身構えたが出てきたものは単純なものだ。

 ちゃぶ台にのせる。

 ふたり分。

 どうやら私の分も作ってくれたらしい。

「……イノシシさんの分は?」

「こいつは飯いらねぇよ。食えるっちゃ食えるがな」

 ここでようやくわたしは布団から出た。

 ベッドからおり床に座る。

 さすがにそうしないとちゃぶ台の上のご飯はたべられらない。

 それに伴ってイノシシとの距離も近くなる

 前方。

威圧感がすごい。

 単純に考えて自分よりでかい存在がこれだけ近くにいたらそう感じるのも無理はないだろう。

 なぜだかものすごくイノシシはやわらかな表情をうかべている。

 よく見たらわりとデフォルメされた表情のつくりで本物のイノシシとはだいぶちがう。

 漫画チック?とでもいえばいいのか。

「いただきます」

 なんとなくイノシシをみながらご飯を口にする。

 普通においしい。

「お嬢さん」

「ふぁに?」

「吾輩にほれられても困る」

「えほっ」

 どうやら見つめていたのをそういうふうに捉えたらしい。

「それと喋る時はものを飲み込んでからにするのだぞ」

「そうだそうだー、はしたねーぞー」

 なぜだか空も参戦する。

「あとな、イノさん。惚れたんじゃなくて珍しいだけだと思うぞ」

「わかっておるわ。お主より女性のあつかいには慣れておる。ちょっとした生活に彩りをそえるジョークだよ若輩者め」

 この人たち、どっちが主なんだろう。

 立場的に。

「オレだ」

「吾輩だ」

 ……そこからはちゃちな口喧嘩が延々続いた。

 その間に食事と食器を片付ける。

 なかなかおいしかった。

 朝ごはんをちゃんと食べることはあまりなかったから素直にそう思った。

 空の分も洗い終わって居間に戻るとまだ口喧嘩は続いていた。

「あんときは俺の術の冴えで凌いだんだろうが」

「いや吾輩の突進力が全てを切り開いたといえよう!」

 少し、白熱していた。

 ……どう切り込もうか。

「あのー」

「いい加減頭にきてたんだ。そろそろ決着つけようかイノさん」

「あのー」

「ふん、たかだか二十年生きた程度の若造が。よかろう、今ここに引導を渡してくれる」

 ……だめだ。

 この人たち耳がない。

 あまり得意じゃないし大声出すの好きじゃないけれど

「 一ノ句告げる 」

「 大地よ 」

 何か呪文みたいなのはじめてるし。

 空が印のようなものを結び、イノシシがその足を鳴らす。

 仕方ない。

 すぅーっと、息を吸い込む。

 大きすぎず、必要な分だけ。

 そのときだ、空がこちらを見たのは。

 だいたいこれをやるときの私をみる目は共通している。

 ほんの少しの恐怖だ。

 けれど空さんの眼は少しちがっていた。

 どちらかというとそれは驚き。

「ねぇ」

 部屋に声が響く。

 そしてその声は空とイノシシの動きを止めた。

 俗に言う鶴の一声というやつ。

 なぜかはわからないけれど、私は少人数相手なら意図的に使える。

 鶴の一声を使うというのはおかしいかもしれないけれど。

「すんませんでした」

 主人とペットが揃って謝る。

 とりあえず現状はしのげた。

「とりあえず、説明してほしいんですけど!いろいろと!」

「ああ……うん……そうだな……」

 思案する。

「魔法の存在は信じるんだな」

「うん……」

「なら、だ。確認しておこう。君は昨日なにを見た」

「えっと」

 どこから話すべきなのか。

 やはり。

「白い……コート、いや白衣かな、着た人がなんかロボットに乗ってて……で、弓矢みたいなのを持っててあと少しってところで桜が……舞ってそれでえっと」

 思い返せば思い返すほど現実のようには思えない。

 その瞬間だけアニメの世界にでも入り込んだかのような鮮烈な光景。

「吾輩に会ったわけじゃな」

「ちげーだろ、オレだよまずは」

 すぐに現実は戻ってきた。

「よし。とりあえず君はわりとこっちに近い側にいたわけだ」

「近い……?」

「あぁ、霊感っていうとわかりやすいか。それに似たようなもんで魔法、いや術から派生するものを見える人間と見えない人間がいる。君は見える側。フツーのパンピーならまず桜もついでにこのイノシシも見えねぇよ。さっきのみたいに言葉に力を乗せることもできるみたいだしな。で、問題は俺やあのねーちゃんについて、だな」

 まだ残っていたお茶をすすりながら、空は言う。

「ま、今から言うことは話半分に聞けばいい。そういう世界がある、ってーのがわかれば上出来だ。わからないことがあったらすぐ聞いてくれ。いいな?」

「うん」

「じゃ、一つずついくぞ。俺やあのねーちゃんは“術者”って呼ばれてる。イメージとしては魔法使いなんだが魔法は術の一種なんで術者だ。でもって普通はああいうドンパチはめったにない」

「え……」

 思いっきりドンパチやってたけれど。

 というか。

「じゃぁあのときなんで私が……」

「それはおいおい説明する。普通の術者がドンパチやるときは人が来ない結界を張ってその中でやる。不用意な邪魔をまきこんで犠牲者を出さないようにだ」

「結構……紳士的なんだね」

「合理的なだけだろ。世間でいうところの騎士が実は術者だったってのはなくはないが。それよりも、だ。ならなんであの女はそういう“場”を用意せず君を狙ったか」

「ルール破り、とか」

「そういうのもたまにはいるけどな。アレはそうじゃない。今この街、流日でそういうイベントがおきてる」

「イベント?」

「夜トの宴。術者たちの間じゃ“宴”って呼ばれてる」

 夜ト……数時間前に聞いた言葉だ。

「随分楽しそう……には聞こえないね」

「そりゃそうだ。……要は殺し合いだからな」

「……!!」

 殺し合い。そうか。

 たしかに私は弓矢でうたれかけた。

「さて、ここからは推測も結構入る。”宴”ってのは主催者がいてな、そいつが人を選んで資格を与える。手紙、メール、直接会う……そのやり口は様々だが、聞かれる問いは一つ」

 何となく、だけれど脳裏をよぎるものがある。

 あの、メール。

「願いはあるか、と」

「……随分、ロマンチックだね……」

 振り絞った声はちゃんと普通を装えていたか。

「そこだけ見てりゃな。でもって願いを答えた奴が資格、というか本来持ち得ない能力”権能”と”神器”を与えられて夜トになる」

「夜ト……」

「叶えられる願いは一つ。参加する夜トはおそらく十」

 必然そこで起こるのは譲り合いではなく願いへの生命をかけた

「殺し合いだ」

 空の顔は冗談を言っているようなものではない。

 平和を絵にしたようなそれなりに平凡なこの町で殺し合いがあるなんて。

「うすうす気づいているかもしれないが、俺は宴の参加者だ。与えられた神格は“刀”。あの白衣の姉ちゃんもそうだろう。あれは“解”だったか」

 そして。

「で、問題はそことはずれる。何故君が狙われたか」

 わかっている。

「夜トは夜トしか殺さない。原則はな」

 私は冗談まじりに願いを返した。

「わかっているだろう、どうやら君は」

 わかっている。

「夜トだ」


 私はどういう顔をしているだろうか。

 正直、よくわかっていない。

 夜トとかいうのも宴とかいうのも。

 でもなんとなく。

「ねぇ」

「あん?」

「君は私を殺すの?」

「ふぅ……」

 ゆっくり息を吐いたあと、お茶をのみ、また息をはく。

 なんだ、その落ち着きっぷりは。

 思わず。

「へ」

 情けない音が出た。

「なぁ、主よ、吾輩笑っていい?」

「ひっこめるぞクソイノシシ」

「えと……ん?」

「あぁいやものすごいシリアス調で悪いんだがオレが君を殺すなんてねぇよ」

「というかコイツに人を殺すような肝はありゃせんよ」

「え、でも殺し合いなんじゃ、いやそうじゃなくて」

「要点を整理しよう。夜トの勝ち方とそもそも君が夜トかどうか」

 人差し指をたてて一つ。

「勝ち方は二つ。ぶっ殺して神器を奪うか、神器を破壊するか。これに関しちゃ覚えてなくていい」

 中指をたてて二つ。

「君が夜トかどうか、あの白衣が狙っていたことから考えると夜トなんだろうが……ぶっちゃけわからん」

「はっ?」

「夜トは他の夜トを直接見たらわかるんだよ。オレもあのねーちゃんを見たときになんでかはわからんがわかった。けれどな、君を見ても夜トだとはわかんなかったんだよ」

 私を見据えるように言う。

「……で、反応を見るに君は多分心あたりがあるんだろうが」

「うん。願い事のメール……来たし、返信もした」

 どうかしてるとは思ってたけど浮かれてたんだろう、多分。

 夜の私はそういうところがある。

「一応、確認していいか?」

「何」

「君、神様だったりする?」

 その問いはあまりに唐突で、意味不明だった。

「ナニヲイッテイルンデショウカ」

 本当に何を言っているんだ。

「結論を言おう、君は変態だ」

 その言葉に対する返答は自然と体がやっていた。

 右手を伸ばし、掴む。

 持ち上げ、真っ直ぐ前へ。

 お茶を顔面にかけた。

「グフフフフフ」

 イノシシは笑っている。

「……」

 空はぬれている。

「馬鹿なの。何がどうしたらへ……変態なんて結論になるのっ!」

 私は怒っている。

「主よ、いくら若くても結論を急いではならん。グフッ。言いたいことはわかるがな。おおう、そんな怖い目を向けるなお嬢ちゃん。吾輩が言いたいのはそういうことではなくてだな、おい説明しろ濡れ鼠」

「……すんませんでした」

「いや、そうじゃなくて」

「ひぃっ!」

 怯えられた。どうも”鶴”モードになっていたらしい。

 さっきまでのシリアスはなんだったんだろう。

 アホらしくなってきた。

「わかった、すまん。シリアスに向いてねぇんだ。ちゃんと説明する」

 ゴホン、と。

 仕切り直しのように咳をして。

「夜トってぇのは一応扱い的には神様なんだわ。紛い物なんだけどな。でも神は神だ。そういうやつには神格ってのがある」

「神社とかいくと妙にパワーあるなって感じるあれ?」

「……まぁそれでいい。普通の神さんはその神格が常にある。まがいもんの夜トは夜にだけある。でもって、夜トの疑いのある君は夜でなくて今、ようは昼、日中にそれがある。だから結論を言う」

 少しの間、覚悟するように。

「君は変態だ」

 変態のhが聞こえたあたりでコップを投げつけていた。

「大丈夫、それプラだから」

「プラだから、じゃねーよ、オメー割る割れないの心配したろチクショウ」

「女子に向かってそういう言葉を投げてる方がコップ投げるより大罪だどアホ!」

「どアホってなんだ、関西生まれか!」

「生まれだけはね!育ちはずっとこっちです!」

「嘘だ、初対面に向かって水ぶっかけるとかテメー絶対大阪育ちだろ!」

「大阪になんか恨みでもあんの!?あと私はこっち育ちだっつってんでしょうが!」

「落ち着けお二人さん」

 熱くなった私たちをイノシシが諌める。

「……それもそうさな」

「……大阪、キライなの?」

 一応、父方の実家だったりする。

 キライと言われるのは少ししゃくだった。

「大阪がキライっつうか……あそこに苦手な人がいてだな……もう行きたくないというか」

「ああ……うん……そう……」

 私の実家みたいなものか。

 土地が悪い、なんてことはまずもってない。

 大体、そういうときにはその土地にいる人、モノだったり、起きた出来事が自分にとってよく働かなかっただけ。

 土地は、悪くない。

 はずだ。

「風水だと土地は重視するがの、お嬢さん」

「人の心を読むのやめてくれないかな……」

 そろいも揃ってデリカシーがない。

 飼っている方が似るのか飼われる方が似るのか。

「で、要するに私はどうなわけ?」

「……マジメな話、夜トであることには違いないだろう。ただ一般の夜トとは違いすぎる。俺も専門家じゃないから大きな口はたたけんが……少なくとも”記録”にそんな夜トは存在したことはない。そしてあのねーちゃんが君を狙ったのは事実だ」

 その事実はいくつかの可能性を導き出す。

「……さっきの話だと十人いるんだっけ?他の人たちが狙うっていう可能性は……ある……よね」

「可能性の話をすればな。でもないと思うぞ」

 予想外の言葉に驚く。

「なんで?」

「俺が確証を得てないからだ。多分あのねーちゃんは何らかの方法で……権能だとは思うんだが、イレギュラーである君を夜トと断定したんだろう。その何らかの方法を他の連中が持ってるとも思えない」

「随分ふわふわしてない?」

「そりゃまぁわからんことだらけだからな」

「確かなこともいくつかあるぞ、お嬢さん」

 それまでしばしの間黙っていたイノシシが割って入る。

 どこかからかうような笑みを浮かべて。

「君は宴に巻き込まれているということと、主が君を狙う気はさらさらないということじゃな」

「宴って殺し合いかそれに近いんだよね?だったらよわっちい私なんか最初にどうにかすべきじゃないの?」

「随分と合理的なんだな、君は。できることなら神器をここで破壊しておきたいところではある。けど、君神器だせるか?」

 神器……。

「……どうやって出すの?」

「だろうな、でもって俺は殺しはしない主義なんだ。君を退場させようという意思がなくはないが、その手段がない」

「神器を壊せば殺さずに退場できるの?」

「俺が目を通した文献じゃな……。確証という意味じゃあやしいが」

「そういうあやふやなところで無茶するから大阪で敵をやたらと作ったんじゃがな」

「余計なことは言わんでいい。しばらくの間は君のできるかぎりの安全は保障しよう。といっても動くのは夜になる直前になるか……」

「昼は動かないの?」

「動いても普通の夜トだったら昼は能力が制限されるからな、こっちが動いても向こうが動かない。なんか用事でもあるのか?」

「うん。昼から高校の新年会が駅前で」

「高校生のくせに新年会だと……」

「主が学生のころはそれはもう……ボッチオブボッチを地で行っておったからのう……」

「うるせぇ、集団行動がちと得意でないだけだ。つーかそういうところでもなかっただろアソコは」

「外国じゃしなぁ……コトバの壁に死にそうになっておったのは吾輩らの中でもなかなか話題になったぞ」

「……空さん、外国の学校いってたの?」

「まぁ……身寄りがないんでな。術者として生きていくつもりだったから世界の中心で学んできた」

「大げさな言い方しおって」

「中心?オーストラリア?」

「もうそのネタ古くねぇか?オーストラリアじゃねぇよ。プラハだ。チェコの」

 そういえばイノシシもそういうことを言っていたような。

「へー……そんなところが中心なんだ」

「今はな。昔はそれこそロンドンだったらしいんだが、世界大戦のどさくさでいろいろあったんだと。俺はとりあえずプラハに三年間籍を置いていた。

「……ホグワーツ的な?」

「あながち間違いでもねぇがあんなのよりよっぽど血みどろでお家主義だぞ。揉め事がありゃ即決闘の貴族社会だし。お姫様とか怒らせたらおっかねぇのなんの」

「貴族社会なの?学校なのに?」

「学校っつー言い方が悪かったか。一応学びの場であると同時に術者たちが互いを互いに監視する側面のが強い。となるとだ。そこに通う連中のバックにあるもの、要するに『家』の力ってのが如実に出てくるわけだ。でもって本人の実力と家の力がかみあってないと爆笑モンでな」

「大変なんだね……ん?てことは空も貴族なの?」

「家の格としちゃそうなんのかねぇ……?一応日本だと上から数えた方が早やかったんじゃねぇか?」

「へぇ……すごいんだ……」

 とてもそうには見えないけれど。

「昔の話だ。それよりも今の話をしよう。新年会だっけか」

「……正直あんまり行く気は元からなかったんだけれど」

 伏し目がちにつぶやく。

 多分、友達ではあるけれど新年会をやるほどの仲かというと微妙だ。

「行っとけよ。宴にまきこまれた以上明日がどうなるかもわかんねぇんだから」

「ねぇ、それ私が死ぬって言いたいの?」

「そうじゃねぇ。巻き込まれた君を俺はできるだけ守る気でいるがいかんせん敵がわからん。安易に絶対守るとか言えねぇんだよ。全力は尽くすがな」

 誠実なんだと思う。

 モノゴトを正確に見て自分ができることもわかっている。

 だからこそその限界をきっちりと示してくる。

「ありがとう。ねぇ、私でも使える術式……?だっけ。ってないの?」

「突拍子もないことを……」

 さすがに予想していなかったのか、眉をひそめ、頭をかき虚空を見つめる。

「夜トになれるくらいなんだから素養はあるんだろうけどな。さっきの声にしても。……しかしいかんせん特性わからんしな」

「あるにはあるんだね?素人にも使えるの?」

「素人……得手不得手がわからんなら……とりあえずこれ渡しとくか」

 そう言って右手をかざす。

 そのまま宙に星を描く

「ほれ」

 そこから一枚のカードを取り出す。

 カード、というには少し小さいか。

「花札って知ってるか?」

「名前だけは……ルールは知らないけれど……」

「まぁメジャーじゃねぇしそんなもんだろ。とりあえずこれだ」

 桜がいくつか舞っていてその下に幕がある。

 綺麗な絵だ。

「昨日みたアレのすごい版だとおもっていい。投げつければ発動するようにはできてる。変な呪文もいらない。まぁ発動時になにかこうしたいってのがあればそれに沿うようにはできてるが」

「なげたらいいんだね」

「何かあってかつ俺が近くにいなければな。さて術式はこれでいいとして」

 札を渡しながら言う。

「今後の予定だ」

「あー、うん新年会……」

「行っとけ行っとけ」

 なぜそれほどにすすめるのだろう。

 もちろんさっき言ってたこともあるのだろうけど。

 どうにも近所のオバサンのおせっかいに近いようなものがある。

「お嬢さん、絆はほだしとも言うがきずなと呼ばれるだけの理由があるんじゃよ。学校ともなればそれは縁という類のもんじゃ」

 それまでしばらく黙っていたイノシシが口を開いた。

 揃いも揃ってオカンくさい。

 が、言わんとすることはわかる。

 特にあまり人と関わらないようにしている私からするとこれは貴重な機会ではある。

「……わかった。行くよ」

「イヤイヤならいかなくてもいいんだがな」

 どっちだよ。

「で、駅前のどっちだ」

「南側、だったはず」

「だったらそろそろ出たほうがいいんじゃねぇか?」

「あ、やば」

 別に行かなくてもいいんだけれど。

 後からあの委員長にごちゃごちゃ言われるのは億劫だ。

「イノさん」

「承知」

 傍らの空が札を手に立っていた。

 その中に大きなイノシシが吸い込まれていく。

「俺も街に出るとするか」

「えと……うん、そういや君はどうするの?」

「そういう聞き方するってことは、別行動する気か?」

「へ?違うの?」

「さっき説明した通り、今、君には神格がある。敵が日中に襲ってくるってことはないだろうが、眼を付けられる可能性がある」

「あー……。じゃあ私やっぱり新年会行かないほうが」

「少し顔を出すくらいなら問題ないだろうさ。その後でこの街で一番安全だろうところに連れて行ってやる。何日か泊まることになるだろうから荷物は準備しといたほうがいいぞ」

 こともなげに、少年は言う。

「泊まり……?」

「まぁそうなるか……。とりあえず五日分くらいありゃいい……。自分がなにしてるかわからなくなったら昨日を思い出せ」

 それから数十分。

 ボストンバッグに荷物を入れ着替えを済ませた私は空と一緒に街に出た。

 バスを使って駅前へ。

 さすが正月といったところだろうか、駅前は人がごった返していた。

「これだけいたら警戒するだけ無駄だな。かえって安全だ」

 隣にいる少年は相変わらず物騒なことを言っている。

 やっぱりまだその感覚と私の感覚にはズレがある。

 どこか上滑りしているような、そんな感じ。

「で、新年会はどこでやるんだ?」

「四方ビルの五階だけど……ついてくる気?」

「なわけねぇだろ。どこにいるかの把握だ。荷物は持っといてやる。……で

四方ビルってどこだ」

 驚いた。

 流日の人間で四方ビルを知らない人がいるなんて。

 そのビルは駅の南側、メインストリートに面する形で存在する。

 特徴は四つのビルが二十階部分で連結されているということ。

 一つ一つが普通のビルとして全く遜色ない大きさではあるのだが、それら四つが繋がっているということで特に下から見ると圧倒的な威容を醸し出している。

 四方から通路がのびて連結していることから通称四方ビル。

「……あーあのでかいわけのわからんビルか。あんなとこで新年会やんのか?」

「パーティールームだからわりと安く借りられたんじゃないかな……値段とかあんまり知らないけど」

 その四方ビルは今いるバス停からは見えない。

 バスは北側についてしまったので駅をこえて南側に向かわなければいけない。

 オーバーブリッジを使って地上からいくこともできるが、地下から行こう。

 寒いし。

 バス停から歩いてほどなく地下道への入口がある。

 ここは地上とうってかわって人がほとんどいない。

 道の両沿いにある店の多くは賀正という張り紙をはりつけて休業していた。

 この開店状況じゃ人がいなくても仕方ないか。

 およそ百メートルほどだろうか。

 その地下を歩く間、空はまるで初めて来た場所かのようにあたりをソワソワと見渡していた。

「どうかしたの?」

「いや、地下があまり得意じゃなくてな」

「閉所恐怖症とか?」

「そうじゃねぇけど……トラウマがな」

 心なしかその足は速い。

「ふぅん」

 気を遣うわけではないけれど。

 歩調を少しはやめる。

 ちょうど半分にさしかかったあたりで通路は一度とぎれる。

 というのも南側との接続や電車の関係で駅ビルの直下は一階分ほど低く出来ているのだ。

 そこはちょっとしたホールのようになっていて誰が何を思ったか、噴水まである。

 地下なのに。

「なんだよこれ……嫌がらせか」

「嫌がらせって」

 確かに北から南へ行くのに一回おりて登らなければいけないのは少し嫌がらせに近いかもしれない。

 ちょうど横からみればV字を描くように移動しているはずだ。

 この広場はそこそこ広く、雰囲気もあるのでクリスマスなんかには盛大に飾り付けがされイベントなども行われる。

 正月である今日はあまり関係がないようだけれど。

 この調子だと南側の通路もほぼ休業状態だろうなと思っていた。

「アレ?」

 しかしその予想は外れる。

 先ほどの北通路とは打って変わって人がごった返していた。

 どうも福引やら福袋の販売などが集中的に行われているらしい。

 少しどころかかなり歩きづらい。

 人の流れがむちゃくちゃだ。

 どうしようか、といってもどうしようもない。

「ましろ」

 空から名を呼ばれる。

 振り返ると同時、左手を掴まれた。

「ちょ」

「 一ノ句告ゲル 下紅葉 」

 妙に耳に残る言葉を宙に残し、空はそのまま手を引いて先を歩いていく。

 誰にもぶつからず、誰にも遮られることなく。

 まるで人々が勝手に空に道を明け渡しているかのような、そんな光景。

「覚えとくといい。これが術ってやつだ」

 そのまま彼は歩いていく。

 私の手をひいたまま。

 

 地上は地下よりましだ。

 それなりに晴れた空であることも手伝っているのだろう。

「で、どれが四方ビルだ?」

「あれ、真正面のやつ」

 一番大きく、威容のあるビルをさして言う。

「あれが新年会の会場って最近の高校生はやることが違うな」

 言いながら歩いていく。

 それからほどなく。

 四方ビルの入口が見えてきたあたりで大きな声がした。

「レディィィィィスアァァァァァァンンドジェェントルメェェェェンン!」

 前方、四方ビルの真下に設置されたイベントスペース。

 そこに真っ赤なタキシードに身を包んだ紳士がいた。

「シルヴァだ」

 そんな声がそこかしこから聞こえてくる。

 そのシルヴァという紳士は両手を空へ伸ばしそして

「ご覧下さい、皆々様。これより奇術師シルヴァが、新年に添えるにふさわしい数々の華をご覧に入れましょう」

 言葉を終えると同時、両の手のひらから炎が迸った。

 それからおよそ十分。

 凄まじいの一言に尽きた。

 全てが炎を使う危険なトリックであるにも関わらず、まるで意のまま。

 その形すらも奇術師は自在に操っていた。

 あるときは華、あるときは鳥、そしてあるときは人。

 見入って、魅入られていた。

「驚いたな、術使わずにやってたのか」

 隣の空がぼそっと呟く。

「え?」

 言葉をかき消すように、熱がきた。

「皆様お寒いでしょう。私からのプレゼントです!お受け取り下さい!」

 帽子をステッキでたたき、何かをふりまくようにかかげる。

 すると出てきたのは蝶を模した火のような、何か大量のそれはしばらく人々の頭上をヒラヒラと舞い、やがて大空へ消えていった。

 そしてそれが終わる頃、見物していた多くの人々から割れんばかりの拍手が起きていた。

「あのオッサンも派手にやるな」

「オッサンとは失礼じゃないかね、空君」

 声は後ろから。

 思わず、振り返る。

「オッサンでもおかしくないだろ。爺と言われないだけマシだと思われたいもんだな」

「それは然り。ところでそちらのお嬢さんは?どうやら固まっているようだが」

 当然だ。

 今立っているところからステージまで近いとはいってもどれだけ距離があると思っているんだ。

「昨日、戦闘にたまたま巻き込まれてたんで保護してる」

「なるほど」

 というか周りの人はなんで気づいていないの?

「私はシルヴァ・U・デストロ。シルヴァで構わないよ」

 紳士は自然に手をのばしてきた。

「あ、えっと月夜ましろです」

 言いながら握手を交わす。

 結構背が高いわりにはとても細く、しなやかな指だった。

「びびんなくていいぞ、そのオッサン、俺と同類だから」

 その顔はどことなくめんどくさそうだ。

「で、なんの用だオッサン」

「用もなにも見かけたから声をかけたに過ぎないよ。何か都合が悪かったかね」

「いや、別に」

「そういえば明日明後日と海沿いの公園のステージでショーをやるんだ。見に来ないかい?」

「……時刻は?」

「もちろん夜までには終わらせるさ。そこらへんのことは抜かりないよ」

 まぁ、暇だったら気晴らしにきたまえ。

 その言葉を残して赤い紳士は去っていった。

「一応言っとくとアレも夜トだ」

「え?」

 同類ってそういうことか。

「同じ“大聖堂”の出だし前から付き合いはあるから明確に敵ってわけじゃない。だからまぁ気にすることはねぇよ」

「大聖堂って……」

「会社みたいなもんだ。別に覚えとく必要はない」

 シルヴァさんのステージを見終えた人たちが方方に散っていく。

 その様はまさに蜘蛛の子を散らすといった体で数分もしないうちに人はほとんどいなくなった。

「あのオッサン、やっぱり術仕掛けてたか」

「術?」

「わかりやすく言えば人寄せの術だな。南側だけやたら人が多かったろ。何かしらが動いてなけりゃあそこまでくっきりとはわかれねぇよ。構造上の問題もあるにはあるだろうが」

 なるほど。

 不自然なまでに人がいたのはそういうことだったのか。

「で、四方ビルの入口、二つあるがこっちでいいのか」

「えと、うん多分」

「こりゃ行かない方がいいかもな……」

「え……?」

 空が不穏なことをぼそりと呟いたそのすぐ後。

 ドォォォォン!!

「なに、アレ……?」

 轟音と共に四方ビルから爆炎があがった。

 あたりに警報音が鳴り響く。

 そして煙が立ち上るおよそ五階部分から出てきたのは白と黒の人型。

「昨日の……!」

 まだ覚えている。

 克明に覚えてる。

「 三ノ句告ゲル み吉野の 高峰の桜 散りにけり 」

 昨夜の恐怖。

 そして隣に寄り添うように、白衣の女がいた。

「あ……あ……」

 足がすくむ。

 身体が震えてきた。

「やだ……」

 寒気がしてきた。

「大丈夫だ、落ち着け」

 空が覗き込む。

 その眼差しは暖かい。

「今は多分アイツからはみえてねぇ。それにオッサンもいる。というか昼だ。神格もねぇし権能が使えない以上、殺し合いにはならねぇよ」

 言いながら空が駆け出す。

 私を抱えて。

「ちょ……」

「黙ってろ。とりあえずこの場を離脱する」

 すでに北に身体をむけて四方ビルから走り出している。

 肩ごしにビルと煙が見えた。

 出処は五階。

 ……五階?

「待って!空!」

「何だ?」

「五階、あそこ……!!」

 それだけで察したらしい。

「……だーもう!」

 すぐに向きを変える。

「言っとくけどどこまでできるかわかんねぇぞ!オッサンの動き次第じゃすぐ引き返すからな!」

 走りながら視る。


 シルヴァはまだステージの近くにいた。

「今ばかりはあんな目立つ格好でよかったと思うぜ全く」

 そちらに視線を少しやりながら空は五階へ。


 そして彼は見上げていた。

 その人型を。

「……焔よ……廻れ、満たせ、支配せよ、さすらうを退けよ」

 紡いだのは人払いの呪。

 余計な被害と目撃者を出すわけにはいかない。

 人型は浮遊し、そして地におりた。

「余興にしては派手がすぎるな」

 この日中という時間ゆえ、アレが夜トかは判別しかねるが、いずれにしても止めなければいけないだろう。

 その両の手に炎をまとわせながら赤の紳士は構える。

「肩慣らし、とでもいこうか」

 走っている空とは対照的にゆっくりと歩く。

 その先には白のロボット。

 両の手に鎌を持つ細身の機体。

 その動きは速い。

 50m以上もの紳士との距離を、一瞬に詰め、鎌をふるった。

「速いね、うん速い」

 その凶刃は確実に赤い紳士を捉えた。

「けれどちゃんと見なきゃいけないよ」

 その身体は溶けて消える。

 つかむことのできな陽炎のように。

「悪さをするのはこの両手かな」

 背後から、手にした炎を白の機体の両肩に添える。

 それは容易に鉄を溶かし、鋼を燃やす、赤の剣。

 同時、シルヴァは目にする。

 機体にきざまれたその模様。

 その形が構成する魔法陣。

 かくして剣は白に触れる。

 特に何もなければその両腕は地に落ち、鉄くずになる予定だった。

 だが実際は肩の関節部分が爛れたようになっただけだった。

 それでも綿密な設計のもとに作られたソレからすれば腕を震えなくなるほどの大怪我ではあったのだが。

「なんだ……この呪は?」

 見たことのないものだった。

 長年”大聖堂”に籍を置いていただけあって経験は多い。

 それでも見たことがない。

 類推すら不可能。

 炎、自身の得意そして真骨頂とするソレに対する明らかな耐性。

 ぜひともじっくりと研究したいところではあるのだが。

「そうも言ってられないかな」

 上空。

 黒い機体。

 そしてその肩にのる少女。

「どうも、初めまして、お嬢さん」

「……」

 返答は言葉ではなく砲弾だった。

「随分と無粋なことだ」

 炎で撃ち落とし笑みをうかべつつ。

「礼儀を教えたほうがいいかな、お嬢さん」


 そこからさほど離れていない距離。

 静かな戦闘のすぐ裏で、空とましろは四方ビルへ入っていた。

「こっちの五階でいいんだな?」

「うん!」

 中に人はそんなにいない。

 恐らく一階部分の人たちはシルヴァの人払いの影響をもろに受けたのだろう。

 階段をかけあがる。

「……めんどくせぇな」

「 一ノ句告ゲル 五 タン 」

 札を投げ、術式をまとう。

 ほんのりと淡い光が空を覆った。

「ましろ、少し速くなる。ちゃんとしがみつけ」

 一歩一歩かけていた空は呪をつむぐとほぼ同時、口にするとほぼ同時に、跳躍した。

 壁を地面に。

 一足で踊り場から踊り場まで。

 五階へはあっという間にたどりついた。

「さて……」

 思ったより、人が多かった。

 ましろの学校の新年会だけではない。

 他にも似たような人が老人から子供までおよそ百人。

「……連れて逃げる、は無理だな」

 二十人程度ならば無理をすればなんとかならないこともなかったが。

「こりゃあっちをどうにかするか」

 一箇所。

 壁が崩れ落ちたその先。

 黒い機体に乗る少女。

 白い機体は動きをとめていた。

 なら残るはあと一体。

 だがあれは夜ト。

 夜以外の戦闘は宴と認められないはずだが。

 戦闘が起きている現状、アレを退けるべきかやり過ごすべきか。

 どうする。

 その思考の最中、聞こえてきたものがあった。

「とりあえず、だ。ましろ。なるべく皆を一箇所へ集めて……て言わなくてもだいたい集まってるか」

「うん……どうすれば……?」

「……ここにいるだけでいい。あとは時間が解決する」

「え?」

「 三ノ句告ゲル くれなゐの 草葉の露の 夕時雨 」

 三枚の札を、投げる。

 それらは正三角形を描き、宙にとどまった。

「これって……」

「結界だ。ただの防御のな。多分待ってりゃこの事態は終わる」

「何で……」

 空は人差し指を口にあてる。

「聞こえねぇか?」

 耳をすます。

 聞こえてきたのは今ここにいる人々の怯えた声と。

「サイレン……?」

「さすがに公的権力相手にあのロボットを振り回すことはしねぇだろ。よっぽど狂ってなけりゃ、だが」


 そこにいたのは、空、ましろ、シルヴァ、そして夜解こと白縫白鳳だけではなかった。

 残り六人の夜ト。

 一人は近くのパチンコ屋から愚痴をこぼしながら外に出て騒ぎを見ていた。

 一人はたまたま運転していた車の中から、その毛髪のない頭をかきながら。

 一人は四方ビルの最上階から。

 一人はそのビルの五階の隅で。

 一人はメインストリートのケバブ屋のメニューとにらめっこしながら。

 そしてもう一人は、薄く笑みを浮かべながら、その先を思い期待していた。



 実際ほどなくして白衣の夜解は退散した。

 四方ビルの周りには複数のパトカーと消防車、救急車がまばらにあった。

「で、オッサン。そう説明する気だ?」

「私を狙った行き過ぎた愉快犯ということにしておくよ。誰かのおかげでビルからは戦闘が見られなかったみたいだし、あながち間違いでもないだろう?」

「そうか。なら口裏をあわせとく」


 一応簡単な取り調べはあったが二、三の質問だけで解放された。

 どうやらクラスの集まっていた子たちも無事らしい。

 少し離れたところで、空も誰かと喋っていた。

「警察じゃない……?」

 大きめの帽子をかぶった細身の……男性だろうか。

 冬だというのにズボンと長袖のTシャツのみという薄手の格好をしている。

「じゃぁね、空クン。縁があればまた明日」

 その人は空に袋に入った何かを手渡し、どこかへ去っていった。


「見てたのか」

「……うん」

「アレはそっち関係の人間だ。みるからに怪しかったろ?」

「うん」

「ああいうのには関わらない方がいいんだがな」

「ならなんで」

「便利だからな、アイツ」

 あまりに実利的な答えだった。

「……さっき何を渡されてたの?」

「お届け物だ。正確に言えば前回の仕事の報酬」

 その小さな包を見せる。

 ビー玉ほどの大きさの……何だろう?

「野郎、なんつーもんを!」

 その形は形容しがたい。

 雑貨屋においてありそうな謎の球体とでも言えばいいだろうか。

 その中心はガラスで、中には何か液体状のものが入っている。

 それは一度収束したかと思うと

「眼を閉じろ、ましろ!」

 全身を寒気が襲った。



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