5 → 6 Night6 side Sword & White
夜斗は結果として、人海戦術をとることにした。
キカラとその部下たちを使い簡易的な符をこの流日に大量にばらまいた。
カメラの役割を果たすそれはその符自体には「ある」という前提がなければわかりえない微弱な力しかなく、知らなければ探索は不可能。
目下この戦法がばれると困る相手というのは夜刀のみである。
おそらく夜門シルヴァ・U・デストロと夜屠は互いにぶつかりあう。
意図してかせずかは知らぬが夜刀と夜外は現在行動を別にしている。
さすがに狙った今日、今すぐというわけにはいかないだろうが、ある程度の距離がとれているのならその瞬間に狙う。
彼女がいるのは現状をしっかりと理解しているならば夜は出歩かず家に居るはず。
一人暮らしなら話は別だろうがそれはそうそうないだろう。
なによりこの宴が始まって以来、行動を共にしていたという二人が行動を別にしている。
イレギュラー、まともな推論は現在の彼と彼女には当てはまらない。
現実を見るしかない。
散らした符はおよそ5000。
無論それだけの映像を同時処理するのは不可能。
そのため映像に特定の特徴を持った人物が映った場合テスラに直接送信されるようになっている。
一方でキカラ達も同時にその部隊でもって市内を飛び回っていた。
「見つけるのも時間の問題か」
サングラスの下の眼は今までで最も若いターゲットを思い、少し沈んでいた。
◇ ◇ ◇
「……ちゃん、おにいちゃん、聞いてる?」
意識がどこか曖昧になっていた。
「お兄ちゃんてば!」
ゆさぶられてようやく感覚が機能した。
「あぁすまん、何の話だったっけ」
「退院の日が決まったっていう話だよ」
少し怒っているのか声が若干トゲトゲしかった。
「そうだったな」
空は、沙羅の病室にきていた。
何をするでもなしに、ただ気が付けば来ていたのだが。
「調子は、どうだ」
仮谷との戦闘。その余波。
あの瞬間に危惧した通り、“動乱”は沙羅の記憶の封印をこじ開けた。
幸い、沙羅の肉体、精神に対して術的な意味での異常はみられない。
が、その心はどうか。
忘れさせていたあの虐殺の記憶。
それを封印した張本人が意図せずとはいえ、思い出させてしまった。
顔もまともに見れていない。
「……どうしたの?なんか変だよ」
ベッドで身を起こしている沙羅は少し乗り出し空の、伏せがちな顔を覗き込む。
「そんな変か?」
「……ていうかなんか……落ち込んでる?」
「落ち込んでる……?」
少し予想外だ。
罪悪感だとか、そういうのだと思っていたが。
今の心の霧は……それか?
「何を落ち込むってんだよ。お前は元気そうだし落ち込むことなんて」
「ましろさん」
「は?」
沙羅は昨日会ったばかりの少女の名を唐突に言う。
「あのお姉さん、今日はどうしたの?なんでいないの?」
「なんでってそりゃ見舞いだから席を外してだな」
「嘘言わないで」
「嘘じゃねえよ」
「嘘だよ。今まで言わなかったけどお兄ちゃん、嘘つくときアホ毛がたつんだよ」
「え」
思わず。
つむじのあたりををおさえていた。
「やっぱり嘘なんだ」
「おま……ハメたな」
「で、なんでいないの」
女の勘とでもいうのだろうか。
小さい頃から沙羅は時々わけのわからない鋭さを見せることがあった。
逃げらんねぇな、こりゃ。
「ましろとな……喧嘩した」
「喧嘩?」
「いやまぁ、喧嘩っつーか言い合いというか」
「どうせお兄ちゃんが勝手に爆発して離れたんでしょう」
「……」
その光景はさながら兄をたしなめる妹のような光景であったが。
「……なんでかは聞かない」
空にむけた視線を正面に移す。
「ねぇ、お兄ちゃんは今の状況で良いと思ってるの?」
「今の……状況?」
「お兄ちゃん、巻き込まれてるんしょう、“宴”に」
とびだしたのは予想外のコトバだった。
「な……!お前なんでそれを」
「私がいるあの神社ね、神主さんのことは知ってるでしょ?で、私、相談したんだ」
「相談……?」
予感がした。
自分の感情の暴発は、もしかしたら。
「うん。たまに身体から魂がぬけそうになるのと、おぼろげな記憶について」
「……記憶」
一人で出来もしないことを出来たと思い込んでから回っていただけではないのか。
「言わなくてもわかるでしょ?」
「俺が封印した……と思ってた。いや思い込んでたあの時の……」
「そ。それ相談したら多分元々の体質もあったんだろうけれど、神主さんは霊的に身を守る術を学んだほうがいいって」
全部無意味だったと、突きつけられた瞬間だった。
「それでいろいろ調べて霊的動乱のことも知った。昔の事件も。“宴”を知ったのはたまたまだけど、やっぱりそうだったんだ」
あの事件からはせめて。
沙羅だけは離れていて欲しかった。
「俺は……」
「考えてもみてよ、お兄ちゃん。たかだか10歳の子供が急ごしらえの術式で記憶の封印なんてできると思う?」
目をそらしていた。
その後の沙羅の様子からうまくいったと思っていた。
顔を向けることができない。
沙羅に、俺は、俺の目の前で偽らせていたのだ……。
何も知らない沙羅を演じさせていたのだ。
驚きと悲痛と罪悪感と自分への怒りがないまぜになった混沌が胸の内を支配する。
身体から熱がひいていく。あふれそうになった感情がすべてさらって虚無を生んだ。
見れない。
今、沙羅がどういう顔をしているのか、見ることができない。
ただ一人の家族みたいなものだ。
それを俺は……
「お兄ちゃん、顔上げて」
「……」
唇を噛み締める。
どうしようもなく、怖い。
「もう」
暖かな手が、空の頬を包んだ。
「な」
無理やり顔をあげさせられ、抱きしめられた。
「見たくないなら見なくていいよ」
しっかりと。
「でもこれだけはわかってほしいんだ」
腕に力がこもる。
目には涙が浮かび始めていた。
「私、怒ってないから。お兄ちゃんが優しいのも、守ろうとしてくれたのもわかってる」
「ちゃんと感謝してる」
「でもね」
「私だって一人で立てるよ」
「ずっと前からお兄ちゃんが私にしようとしたその暖かさはずっとずっとわかってたから」
「だからお兄ちゃん」
「冷え切ったお兄ちゃんにその熱をあげる」
抱擁をくずし、額に暖かな口づけを。
救われた気がした。
あの日から続く消えない霧が、晴れた気がした。
「もっとはやく……話せばよかったな」
「仕方ないよ。ずっと離れてたから」
その顔には微笑みが。
「で、お兄ちゃん。今やらなきゃいけないことは何?」
少しいたずらを含ませたような笑みで、沙羅は問う。
「なぁ……沙羅」
「何?」
「俺、行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
いつかのように、何から何まで話さずともわかる。
夜刀は夜に飛び出した。
「何も窓から出なくていいのに……」
せっかちなのは小さいころのままだね。
夜空には月が浮かんでいた。
「 三ノ句告げる 彼の子ろと 寝ずやなりなむ はた薄 」
札を取り出し、術式を起動。
力の通った札は、三羽の巨鳥を出現させる。
「およびですかい?」
「ましろを探してくれ」
「了解」
交わす言葉少なに、鳥たちは方方に散る。
残った術者は目を閉じ、集中する。
あいつには「幕」を渡してある。
持ってろっつったけど……頼むもっててくれ。
◇ ◇ ◇
同時刻。
ましろは見知らぬ男と対峙していた。
「初めまして、だな。夜外。テスラ・黒槍だ。あんたと同じ宴参加者だ」
情報屋から空の居場所を聞き向かう途中。
出会ってしまった。
まずい……。
ましろは限りなく一般人だ。
年が明けてからというもの空に「術者」についていくらか教わりはしたし戦闘も見たが、戦闘をしたことはない。
はっきり言ってド素人だ。
「正直若い嬢ちゃんを仕留めるのはあまり良い気分じゃねぇんだがな。こっちも命かかってるんでな」
ポケットにつっこんでいた手を抜きこちらに向ける。
目の前の人物に、ましろは“冷たさ”を感じていた。
言葉は同時。
「神鎖!」
「神鎧!」
男の袖から金色の鎖が幾本も飛び出し、ましろの周囲には半透明の巨大な鎧型のオーラが出現した。
動かぬものをとらえるのは容易い。
鎖は秒かからずに鎧をとらえる。
しかしこの鎖は、攻撃性を封じるものであり、専守防衛しか能のない鎧に対してはあまり効果はなかった。
その事実をテスラは即座に察知する。
その動きは速い。
右手を後ろに回し引き抜き、狙いを定め構える。
銃口がましろに向けられるまで1秒かからず。
対するましろが向けたのは言葉だった。
「あなたはどうして戦うの?」
「は?」
あまりに唐突な問いに暗殺のプロは初めて戦場で固まった。
予想すらしていなかった。
彼は暗殺者だ。
標的にその姿を見られることはほぼほぼ失敗。
そして死を意味する。
今、彼が生きていることはすなわちただ一人の標的として彼の姿を認知したことがないという現実を示していたのだが、逆にいえば戦場において会話をしたことがないという事実もまた示していた。
「会話」ははじめての経験であり、ゆえに彼は無視できず続けてしまった。
「何を言っているんだ、お前」
「自分が死ぬならその理由を知っておきたいって言っているの」
大した女だと思った。
こちらを認識されている状況で標的に銃を向けたことはなかったが、それでも一般の人間がそういう状況におちいったならばどういう反応をとるか、くらいは想像がつく。
恐怖が身体を支配する。
肉体は制御できず、震え、来る暗黒に脳は混沌。
しかしだ。
宴に参加しているとはいえ、元々一般の人間であるところの目の前の女は身体はおろか声すら震えていなかった。
銃を向けられてこの反応……この状況をのりきる自信。
すなわち。
必殺のカウンター。
神器の隠された能力か。
権能か。
あるいは夜刀になんらかの入れ知恵をされたか。
いずれにせよ、この標的はソレを持ってる。
うかつに手を出すのはまずいか。
夜刀を待っているとすればこの態度もわからなくはない。
が、たかだか女子高生が命をかけた時間稼ぎを平然とできるか。
カウンターか、夜刀か。
できることは一つ。
確実に生き残る方は。
「なるほどな、俺は標的の立場になったことはねぇんでそいつはわからなかった」
会話にのった。
探る。
標的、いや敵の真意は何か。
「そうさな、金だ」
「……金?」
「そうだ、俺の本職は暗殺でな。だいたい想像はつくだろう、まともな職じゃどうしようもない金が手に入る」
「それでどうしようっていうの」
「どうもせんさ。最初は生きるために必死だったんで金が必要だった。今となっては仕事することに意味はない。ただそういう生き方しかできなくなった」
ただ事実を述べるように滔々と。
「お金が大事っていうなら、この宴に参加するのは何故?」
「おいおい、あんたがそれを言うのか」
笑う。
思えば戦場で笑うのは初めてだった。
「お前こそなんで降りない?神器を自ら壊せばこんな血みどろの戦いからは抜け出せるだろうに」
「……こわせないのよ、これ」
「は?」
まともな状況でゆっくり考えられたのなら、たどりつけなくはない事実ではあった。
「リタイア」という選択肢が与えられている以上、弱者は、あるいは死を恐れる者は神器を破壊すればよいのである。
みずからの意思でもってその選択をとるのであれば神器はたやすく壊れるはずだ。
さらに言えば、彼女は夜刀と行動を共にしていたのだ。
彼に破壊してもらえばすむ話である。
が、現にテスラの前にそれはある。
「夜刀でも破壊できなかったのか……?」
直接彼の戦闘を目にしたわけではないが、キカラの言を信じるならば彼は相当の手練だ。
真っ当な術者だ。
どういう願いをもって彼がこの宴に望んだかは知ったことではないが、油断はおろか、テスラが真っ当に相手にできるかすら怪しい。
その彼が破壊できなかったとなるとこの神器はよほど強固ということになる。
罠という線がないわけじゃないが。
彼の神器には攻撃力がない。
確認する術もまたない。
しばしの沈黙。
神器で破壊できないとなると。
「こいつはどうなんだかな」
銃弾は一瞬の間を持たず、神鎧に着弾しそして。
「弾くか」
物理攻撃すらきかない。
となるといよいよ打つ手無しだ。
こいつがびびってないのはこれがあったからっつーわけか。
流れで撃っちまったがそれが確認できただけでも十分。
おそらくカウンターはない。
あそこまで堂々と対応できたのはこの絶対とも言うべき防壁があったから。
時間かせぎの線もとうに消えている。
地中からしかける術式があればよかったのだが。
少女を覆っている神鎧は大雑把に見えている部分だけで言えば半球状だ。
地中がどうなっているかはわからない。
鎧であることを考慮すればおそらく下はないものとなるが、肝心なそれを確かめる術がない。
「あんたには攻め手がなくこちらにもない。膠着状態だな」
さてどうしたものか。何か一つ攻め手があれば変わるのだが、それが見つからないなら、ここにいる意味はない。
とはいえ諦めるのも性に合わない。
これでもここまでの仕事の達成率は100%だ。
できる限りのことはしておきたかった。
「……夜刀がダメだったっつーだけで俺がどうかはわからんわな」
言いながら符を引き出す。
「3番 爆ぜよ」
彼は術式を暗殺の補助としか見ていない。
ゆえに長ったらしい詠唱を用いることはなく非常にシンプルなものだった。
左手から放たれた符は炎をともし神鎧にはりつく。
間髪おかずに爆発するが炎はおろか衝撃すら少女に届いてはいなかった。
やはり術式は通じない。
しばらく考え込む。
そしてスーツ姿の男は歩き出した。
「……?」
疑問が浮かぶ中、テスラがとった行動は単純。
鎧のすぐそばまで来て殴った。
相も変わらず神器“神鎖”で攻撃性は封じている。
カウンターを気にせず、テスラは全力で鎧を殴った。
◇ ◇ ◇
拳は意外にも鎧をすり抜けた。
さすがのテスラも拍子抜けした。
すり抜けたこともそうだが、何の痛みもなかったのである。
神器を引っ込めたわけでもない。
この標的のことを考えれば罠という可能性もうすいだろう。
原因はわからない。
が、現実として壁はもはや無力。
「すまんな」
再びホルスターから銃をぬく。
構えながら言う。
「願いがあったかもしんねぇが俺も仕事だ。運が悪かったと諦めてくれ」
◇ ◇ ◇
人生なんてのは理不尽の連続なんだと思う。
私はちゃんと眠れないし、人よりちょっと年齢がおかしくなってるし。
わけのわからないメールが来たと思ったらいつの間にか銃を突きつけられてるし。
“鶴”モードをこんな形で使って時間かけるなんて思いもしなかった。
それもこれも無駄にすかしたあのバカのせいだ。
ここ数日ずっと振り回されっぱなしだ。
トトロが自然の化身とか言うならあのバカは私の運命の化身か何かなんだと思う。
私の運命はバカなのか。
バカだ、そうに違いない。
だから私は。
「どうにかしやがれこんにゃろーーー!!」
全部あいつに投げた。
にぎった札に少し力をこめて。
引き金をひくその瞬間に、白い洪水が起きた。
よく見るとあわくほのかに薄紅がかったそれは大量の花びらだった。
圧倒的な物量で身体をおされあとずさる。
その洪水の源。
「よぉ。こっからは俺が相手だ」
どこまでも銀色の刀をたずさえた青年がそこにいた。
「ましろ」
「何?」
視線は前を、言葉は後ろに。
「あとで謝る」
最小限に。
「うん」
交わす心は最大限に。
「行ってくる」
「行ってこい」
信頼を心に、駆けた。
◇ ◇ ◇
青年と男の間に距離という距離はない。
二人の間の空間は即座に消えた。
禿頭の男は現実を冷静に見据えながら両手に銃を、小指を引き金にかけつつ構える。
ガン=カタ。
超近接戦闘は本来このヒットマンのテリトリーではない。
が、そういったケースが存在しないわけではない。
ゆえに身につけた、銃をもちながらにしての格闘術。
元々はとある映画に出てくる架空のものにすぎなかったがある武術マニアが現実に体系化した。
銃をさながら逆手持ちしたトンファーのようにあつかい時には鈍器として扱う。
初撃。
振るわれた刃は銃の背でうけた。
格闘技能という点では空よりもテスラの方が圧倒的に上だ。
しかしそれだけである。
この戦いはボクシングでもなければレスリングでもない。
術者の戦闘だ。
「―――」
空の手元から二枚の札が放たれる。
描かれているのはシンプルな牡丹。
札の存在を認識した瞬間、テスラの視界には三人の空が居た。
目で追える範囲にいないだけで後ろにもいるかもしれない。
武術の達人であれば「気配」で本物をみぬけたかもしれないが。
彼は妙手の域にすらいない。
防御の姿勢を崩し左右をうつ。
本物がいれば避けるだろうし幻覚ならば消えるか何も起きないはず。
どちらからにげればいい?
幸い住宅街にほど近いここは周囲に死角が大量に存在する。
隠れることについてはプロだ。
勝てないなら逃げるのみ。
銃弾は左右の幻をともに打ち抜いた。
右から。
ほとんど本能的な動き。
しいてあげるならテスラが右利きだったから、ということにほかならない。
理由なき瞬時の判断。
いや反射でテスラは戦場からの離脱を試みる。
退場はともかく敗北するわけにはいかない。
年齢でいえばテスラの方が歳だが肉体のスペックは若い空よりもはるか上のはず。
初撃をしのぎきればあとは姿をくらますだけ。
「そうはさせねぇよ」
テスラが駆け出したその瞬間から周囲は剣の壁でふさがれていた。
伝説にある剣山。
眼前のそれはまさしく地獄のソレだった。
「正直アンタ個人に恨みはない。けどな」
何枚かの札を腕の周囲に浮かべながら、青年は言う。
「タイミングが悪かった。俺はお前を殴らなきゃ気がすまない」
逃げること能わず。
再び、テスラは構える。
今、青年は殴るといった。
宴としてこの戦いを見ていない。
ならば。
「お前はなんであの嬢ちゃんを倒さない?」
「は?」
「あの子も立派な夜トだろう。ならば倒すのが筋じゃねぇのかい?」
「他から見りゃそうだろ。でもな」
右手の刀を構えながら少年は告げる。
「 」
バカかと思った。
そういう感情で狂った行動をとったという事例は聞いたことがある。
そしてその結末がどうなったのかも。
ただ。
「本当にそういうのがいるとは思ってなかったぜ」
「あんたにゃわかんねんぇか」
「わかんねぇな。これでも戦場のプロなんでな」
私情は持ち込まねぇ主義なんだよ、と。
今度はこちらから仕掛けた。
敵のメインウェポンは術式。
逃げれないとわかったなら、ここで神器を破壊し自らリタイアするか、勝つか。
その可能性は低い。
が、ないわけではない。
敵の熱に浮かされたか、考える前に身体は動いていた。
左で発砲しつつ近付き、右の拳を突き出す。
刀すらふれないほどに接近する。
幸い、周囲は敵がだした剣山のおかげでさながらリングのようになっていた。
超近接、インファイトまで持ち込めばあとは作業だ。
しかし、その目論見は達成されない。
「!!」
右の拳は突如、地面より生えてきた刀により遮られた。
そして隙は生まれた。
術式によって強化された左腕はテスラの鳩尾にクリーンヒットした。
「しまっ……!」
痛みが思考を揺さぶる。
「すまん、八つ当たりだ」
「……八つ当たりにしちゃえらくキツかったぞ……クソガキ」
「二人分だからな、許せよ、オッサン」
たまらず地に崩れ落ちる。
鳩尾をやられたのはどうしようもない。
完敗だった。
地に崩れながら思考を回転させる。
どうする。ここで逃げて次の一手を待つか。
いや逃げたところで俺の勝てる相手は。
読み違えたと、そう思った。
何があったかは知らないが、こうして空は眼前にいる。
前提が崩れた時点で逃げの一手に走るべきだったのだ。
勝とうと少しでも思ったのが運のツキか。
いつもなら、確実な仕事しかしない。
となると。
「神器よ」
テスラは地から立ち上がりつつ言葉を重ねる。
「砕けよ」
◇ ◇ ◇
あまりの一瞬で理解も身体も付いていかなかった。
今目の前の男は何をした?
聞こえた言葉は二言。
それが意味するのは
「リタイア……?」
驚きが思考をとめていた。
「そうだ、俺に勝ちの目はないからな。テメエが戦ってきた相手のことを考えれば死ぬことはないが、万が一っつーことはある」
砕け、光となっていく。
その鎖を見ながら
「俺はここで降りさせてもらう」
キッチリ仕事をこなせたというわけではないが、及第点くらいはいってるだろう。
目の前の敵だった青年とその後ろにいる少女は未だ目の前の光景がのみこめていないようだ。
今なら銃弾の一発くらいならぶち込めるんじゃないだろうか。
先に飲み込んだのは夜刀だった。
「……なんで降りる?宴にのぞんだ以上、願いはあるんだろう?」
聞こえる声は落ち着いていた。
「あぁ、あるよ。でかすぎる願いがな」
「なら」
「なんで、ってか?信じられないからだよ」
信じるにはそれなりの材料がいる。
根拠がいる。
「お前、今この宴が何回目か、知ってるか?」
「……」
「正確なところ、それはわかっていない。一応明らかに“あった”とされるのは6回だが、そうだったんじゃないか、っていう疑わしいものまで含めると3桁までいく」
それだけならまだいい。
「俺の感性自体は凡百のソレでな。願いもありふれたもんなんだよ」
信じないという行為にはたった一つの汚れだけでいい。
「仮に3桁も行われていたのならその勝者の願いはそれだけ実現されているはずだろう」
たとえば世界平和とかな。
◇ ◇ ◇
何を言っているんだろうというのが最初にあった。
そもそも宴はおろかこういった世界の存在すら知らなかったましろにはちんぷんかんぷんな話である。
が、自分の少し前にたっている空はそうでもないようだった。
「……つまり、お前はこの宴を制したとしても願いはかなわないと、そう言いたいのか」
「結論から言うと、そうなる」
たしかに、だとすればこの宴の存在意義そのものが怪しくなる。
「ならお前はなぜここまでこの宴に付き合った?」
「……金になるからだよ。願いがどうだとかそういうのはどうでもいい。が、この宴に参加する別の野郎から駆け引きがあってな。これが金になる。ビジネスは、特に金になるならやらない理由はねぇ」
「見下げたもんだな」
「もとより見上げられるようなこともしてねぇよ」
視線が交差する。
「仮に最後まで勝ち進む気なら覚えておけ。その先にあるのはただの闇かもしれんことをな」
タバコに火をつけ、空たちに背を向け歩き出す。
もうこれ以上の用はない、と。
「待て、一つ聞きたいことがある」
「……」
「お前のバックにいる奴は誰だ?」
「鋭いな」
「考えなくてもわかる」
「……守秘義務はそういやなかったな。なら問題ないだろう。聖護院だよ」
それだけ言うと今度こそテスラ・黒槍はその場を去った。
◇ ◇ ◇
どれくらいの時間がすぎて、視界はやっと現実を捉えたか。
「大丈夫?」
「あぁ、多分」
あまりにも予想外だった。
「気にしてもしゃーないか」
この宴に挑む理由はただ一点。
「願いがかなう」ということである。
一説によればそれは神の座を得るものとされているが。
テスラが指摘したのはその願いはそもそも本当に叶えられるのか、という点である。
グーがチョキに勝つと万人が思っていたところを否定されたような形だ。
疑問に思うといえば思う。
宴の存在は多くの謎を含んではいるが、その実在は証明されている。
権能と神器がその最たるものだ。
宴はある。
ならば誰がとり行い、誰が願いを叶えるのか。
「なぁましろ」
「何?」
「この宴に参加することになったの、メールがキッカケだったよな?」
「うん」
「今あるか?」
「あるけど……はい」
今時めずらしい折りたたみ式の携帯電話。
ボタンを操作しメールフォルダを開く。
「えと……はいこれ」
「……送り主はどれだ」
「ここの、このアドレス。名前は……夜ト神?」
「……そうだよな……」
画面を覗き込みながら考える。
「これ、私たちと同じ夜ト神なの?」
「いや、厳密には違う。俺たちはそれぞれ生き方とか願いに応じた神格“ト”をもらう。俺の場合は刀。ましろの場合は外。この夜ト神ってのは……推測だが与える側の神だ。多分こいつが宴をとりしきってるんだが……」
未だかつてその存在を記録したというものは残っていない。
そもそも。
「宴ってのはあの禿頭も言ってたがその存在自体疑われてたんだ。ところがそれなりに序列だとかその他もろもろが整備されたときに一度起きた。それが前回の宴。そんときは選ばれなかった連中もやっきになってこの夜ト神を追ったんだが」
「あまり……良いことは起きなかったんっだね」
「察しがよくて助かる」
結局誰もわからずじまいだ。
勝者はいるにはいたがその後行方知れず。
勝者の願いも観測されていない。
そもそも願い自体は他人に秘匿するものであるため観測しようがないというのも一つの実情ではあるが。
「ねぇ、空。宴ってさ、どれくらい前からやってるの?」
「……わからん。俺も“大聖堂”の中じゃ末端じゃないにしろ半端ものだからな……。記録を全部見れるわけじゃないから人づてだが……」
宙を見上げながら頭の中から引きずり出す。
現実からあまりいに乖離してそうなその現実を。
「紀元前にはすでにそれに似たようなものはあった」
「えらく……歴史があるんだね」
「確かかどうかわからんけどな。言ってたのがあのクソババァだし」
「クソババァ?」
「良い。忘れろ。とりあえず、だ。あのいけすかねぇハゲ頭を信じるなら」
「私たちは宴について何もわかってない……」
「負けたら、厳密には違うが神器を失えば死ぬっつーこった」
死。
ただひたすらに暗いあの世界。
「気にすんな。少なくとも神器どうこうに関しちゃお前は最強だよ。さわれねーんだから。守りに徹してりゃ術者相手なら勝てはしなくとも負けることはない。逆を言うと最後の最後には勝たなきゃいけねーんだが、それも大丈夫だろ」
「なんでそう言い切れるの?」
「アテがあるからな。とりあえず今日は戻ろう。今の状況じゃあの殺人鬼相手に勝てる気がしねぇ」
言って札を手にする。
その視線の先に何をみすえているのだろうか。
「 三ノ句告げる あはれいかに 草はの露の こぼるらむ 」
イノシシを召喚しあの屋敷へ駆けていく間。
前にいる空はどこか上の空だった。
沙羅ちゃんのときとおはまた違う。
これから先を憂うようなそういう空っぽ。
「ねぇ大丈夫?」
「何がだ」
「何がってその……いろいろ?」
「要領を得ないな」
「なんというか空っぽな気がする」
「腹は空っぽだぞ、今」
「そういうことじゃなくて、もっとこう……」
「大丈夫だ。言わんとすることはわかる」
殺人鬼。
その単語を口にするたび、頭に浮かべるたび、彼はいつも虚ろになる。
過去に何があったかは知らない。
そうそう取り除けるものでもないのだろう。
抱えるその大きさと深さを、どうにかすることは私にはできない。
でもせめて。
恩返しとして。
力になれるとそう思いたくて。
腰に回す手は、いつもよりしっかりと。




