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夜トの宴  作者: 大隈寝子
13/22

 4 → 5 Night5 side Sword,Silver & White vs. String

 身体は動いていた。

 先程よりも。

 いや今までの人生の中でこれ以上ないくらい身体が軽い。

 握り締めているのはどこまでも美しく透き通るほどの銀色の刀。

 あぁ、言っとかねぇとな。

「勝手にさよならしてんじゃねぇぞ、ましろ」

 返ってきたのは思ったより揺れた声だった。

「……悪い。でももう大丈夫だ」

 足は地についている。

 血は身体を巡っている。

 守るものはすぐ側にある。

 大丈夫だ。

「負ける理由がねぇ」

「……どんな術式を使ったかしらんがまた腹をぶち抜かれたいのか」

「できるもんならやってみろ。何百人の力を束ねてようが、もう負けねぇ」

「ぬかせ!」

 再び、激突は始まった。


 実際のところ、災浄の身体一つに集められている力は60人程度である。

 また夜屠については夜門を抑えている手前、そもそも力を奪ってすらいない。

 しめて仮谷60人分。

 その強さは直に受けている夜刀のみが知っていた。

 腹から血が抜けて冷静になったのか。

 一撃一撃をうけながらもそのあり方を分析していた。

 さっきよりも落ち着いている。

 敵の腕は先程よりも断然に研ぎ澄まされていた。

 これが真っ当な仮谷の力か。

 怒りにまかせた暴力ではない統制された真っ当な力。

 おそらくリミットはある。

 しかしそれまで耐え続けるようなら、また腹を穿たれるだろう。

 ならば。

 反撃といこうか。

 銀城を手にしたおかげか。

 防御は十全以上にできている。

 攻めれる。

 しかし正攻法では勝てない。

 肉体のスペックが60対1だ。

 違いすぎる。

 ならば搦手。

 必然か、偶然か。

「 一ノ句告げる み吉野の 」

 札はここに全てある。

 瞬間。

 空は七人になった。

「 一ノ句告げる 鶯の 」

「 一ノ句告げる ほととぎす 」

「 一ノ句告げる 唐衣 」

「 一ノ句告げる くれなゐの 」

「 一ノ句告げる あはれいかに 」

「 一ノ句告げる 九重に 」

「 一ノ句告げる 下紅葉 」

 それぞれがそれぞれに術式を放つ。

 七方向から、七つの術式を。

 一つの術式に対してならばその気になれば対処は可能だろう。

 しかし七つ。

 個別にみればそこまで大したものではない。 

 されど七つ。

 残念ながら。

 仮谷にこれを退ける術式を扱う腕はなかった。

 必然、避けるか、受けるか。

「はっ!!」

 嗤う。

「七はてめぇの数字か?!だとしたら残念だったな」

 空と分身が包囲する中、無傷で。

「七まではうけきれんだよ!」

 従僕たちを盾にして。

 仮谷とは暗殺の手段である。

 仮谷を知る者、使うもののはそう揶揄されるほどに彼らは攻撃の手段しか持たない。

 そもそも防御という手段は彼らの思考にない。

 仮に夜徒が災浄の父であったならば。

 この状況に陥った時点で詰みと断じていたであろう。

 本流に邪道と言われ蔑まされた災浄だからこそ発想し、実行できた手段。

 操っていた家族を盾にする。

 無論。

 その判断は咄嗟のことであった。

 ゆえに彼らは単純な防御行動すらとれていない。

 ただ術式と夜徒の間の壁にされただけ。

 空の放った術式は止めをさす足がかりするための一手。

 その攻撃性は殺傷と言えるほどのものではない。

 しかし。

 ノーガードの相手に関してはその限りではない。

 装束は破れ血が流れていた。

 それでも彼らは微動だにしない。

 痛むことも、苦しむことも。

「夜徒、一つ答えろ」

「何だ、死にぞこない」

「お前、防御はずっとそうし続けるつもりか」

「無論」

「……そうか」

 一度敗れ、忘れていた。

 この戦いの初めに自分が何を思ったか。

「銀城」

 己の内に問う。

「なんじゃ」

 刀を握り締める。

「鬼の力、ギリギリまで引き出す」

 見据えながら。

「落ちるなよ」

 冷静に。

「わかっている」

 必要なのは

「ならば」

 刃にのせる

「ゆけ」

 怒り。


 まず桜の術式を解除すると同時、その分身を起点として敵の従僕の動きを封じる蔦をのばした。

 封じつつ走る。

 鬼の力は必要以上のものだった。

 夜徒に接近するまでわずか一歩。

 剣撃を放つまで、瞬間。

 対する夜徒は避けること能わず。

 刀と化した両腕で受けざるを得なかった。

「!!!」

 刃を刃で受けた。

 しかし得た実感は

「重い……ッ」

 いくら権能の下とはいえ根源的には鉄の棒。

 いくら術式で強化しているとはいえ肉体スペックは自分よりはるか下だ。

 なぜ。

 なぜ。

 なぜッ!!

 たかが一撃を受けた程度で、後退することは愚か吹き飛ばされているのか。

 もはやビルの屋上は足下にはない。

 身体は地上50mに踊っていた。

「まずい……な……」

 空中にあるいということは踏ん張るという行為を人間から奪う。

 この事実は格闘を主とする仮谷にとっては好ましくない。

 さらに敵は術者。

 純粋な力を敵が手にした以上、この状況は不利以外の何者でもない。

 もはや敵と同じ地平にたっていては有利な戦闘は不可能。

 場を変えるか、逃げるか。

 決断は速かった。

 空中に投げ出された夜徒は神器を使った。

「神糸!」

 はりめぐらせる。

 摩天楼に。

 さながら。

「クモだな」

 おそらく常人には見えていないだろうが、術者ならわかる。

 その理屈の一切を知らないましろにも見えていた。

 鉄骨の巨塔の間に駆け巡る白い筋。

「逃がさねぇよ」

 遅れること数秒。

 空もまた夜に駆け出していた。

 気付いた時には取り残されていた

「行っちゃった……」

 ましろと。

「行きよったな……」

 イノシシ。

「……」

「……」

「追える?」

「無論」


 ◇ ◇ ◇


 互の速度はさして違わなかった。

 追われる側が格闘のプロで追う側が術者であることを考えれば驚くべきことではあるのだが。

 先ほどの一撃。

 そしてこの速度。

 一度は仮谷に遅れをとったとは思えない肉体のスペック。

 目的地に向かって駆けながら。

 後方に罠をはりながら、考える。

 どう対処するべきか。

 もはやアレ相手に数で押せるほどの量は残っていない。

 一点集中してもなお劣るやもしれない。

 敵の力の源泉は不明。

 なら。


 空は驚いていた。

 鬼とは、これ程かと。

 今まで体感したことのない速度、力を感じながら。

「これじゃ落ちるなっつーのもさもありなんだな……」

 鬼を引き出している空の肉体、その右半身には黒い模様が浮かび上がっていた。

 炎のような鎖のような、激しくも昏い呪。

「これで全部と思うなよ主。まだ半分も使っとらんのじゃからな」

「これで半分いってねぇのかよ……鬼様様だな」

「初代は神と渡り合ったのじゃぞ。半神ごときに遅れはとらせんよ。まぁこちらも半分じゃしおあいこといえばそれまでじゃが」

「……そりゃそうか」

 考えれば当然である。

 この肉体には銀城しかいない。

 もうひとりの鬼はここにはいないのである。

 夜空を裂き、摩天楼をかけながら考える。

「なぁ銀城」

「なんじゃ」

「お前、もうひとりに会いたいか」

「……会いたい会いたくないで言えば会いたいが……。長く生きてりゃこういうこともあるじゃろ」

「気楽なもんだな」

「アレとわしは根源的に繋がっとるからの。特別な縁とでもいやぁ良いか。何もせんでもいつか惹かれあうじゃろ」

「そんなもんか」

「そんなもんじゃよ。それはそうと主、敵は動きを止めたぞ」

 夜徒が新たな戦場として選んだのは

「森か……」

 流日のオフィス街から東。

 登山口などもある広大な森。

「まずったな……仮谷がここに入ったのは中々まずい……」

 この森は元々自生していたものをある程度人が手を入れて道などを作ったもので、一部を除き、空はほとんど見ることができない。

 樹海というほど鬱蒼とはしていないが、知らなければ迷うことは間違いない。

 古き森。

 足場はいたるところにあり、影は全てをおおいつくす。

 暗殺者にとって、あまりに都合のいい場だった。

「いっそ木、全部きっちまうか……?」

 恐らく鬼の力を全力で引き出している今なら、できなくはないだろう。

 しかし。

「やめておけ、怒りを買うぞ」

「だよな……」

「特にわしらみたいなのはな」

 何事につけても、時間というのは絶対である。

 そして永きを経たものは、時間を味方につける。

 九十九神などはその典型ではあるが、今、空の目の前に広がる森にも同様のことが言える。

「……地道に探すか」

「あぶり出すかじゃな」

 刃が返す光は夜徒にとって目印になる。

「待ってりゃ向こうから来るだろ。それまで、待つ」

 必ず敵はその腕で貫きに来る。

 来るとわかっているならば、後は簡単だ。

「じゃ、行きますかね」

 森に足を踏み入れようとしたその時である。

「空!」

 背後。 

 その後ろから来ていたましろとイノシシがいた。

「……うぉ……」

 イノシシは半ばくたばりかけていたが。

 ましろは案じるような、不安を抱えた表情をしていた。

「大丈夫だよ、ましろ」

 笑って、そう言う。

 落ち着かせるように。

「……信用できない」

「それもそうか。でも大丈夫だ、もうお前にそんな顔はさせない」

 言葉に意味はない。

 意味を載せるのは人と、人。

 今にも泣きそうな感情を少し抑えて、ましろは言う。

「わかった、じゃ、待ってる」

 きっとその顔は強がりなんだろう。

「あぁ、そうしてくれ」

 抱きしめそうになる。

「と言いたいんだが。オレがケリをつける間、ここにいてくれねぇか」

 言いながらポケットから地図を出す。

 示されていたのは森のすぐ近くの神社。

「こんな神社あったっけ……?」

 一応ましろも流日の住人だ。

 それなりに日数はたっているし、だいたいの地理は把握していたつもりなのだが。

「そんなにでかくねぇし結界はってるからな、普通にしてりゃ気づかねぇよ」

「ふぅん。で、私はなんでここに?」

「知り合いの神社だからな。“守り”についちゃ心配ねぇ……多分な」

「多分て……大丈夫なの?」

「大丈夫だと思う。ばぁさんはともかく沙羅ってやつがいる。そいつに俺の知り合いだって言ってくれればいい」

「沙羅さんね、わかった」

「上から行けよ?地上は余波をくらいかねない。ここからなら場所はわかるな、イノ?」

「無論」

「……ここまでしなくてもいいかもしんねぇけどこれ持っていけ」

 空は一枚の札をわたす。

 そこには赤い衣をまとった貴族のような男が一人と葉にのる蛙が描かれていた。

「沙羅が使える。やばくなったら使うよう言っといてくれ」

「わかった。……それじゃ、空」

「あぁ、いってくる」

「いってらっしゃい」

 一人は森へ、一人は空へ。

 歩みを進める。


 さながらそこは暗黒の具現だった。

 光がない。

 月も星も、木々に遮られ目に届かない。

 “鬼”の力を引き出している今、目が慣れるのは早かったが不利は変わらない。

「……今なら不意打ちにも余裕で反応できるんだろうな」

「十二分にな」

 ここは森。

 仮谷の本領が発揮されるはずの狩場。

「来いよ、クソガキ。ケリをつけてやる」


 ◇ ◇ ◇


 別れて後。

 イノにのったましろは数えるほどもない間に神社についた。

「……大きい」

 知らなかった、という事実がよりそう思わせたのだろう。

 その神社は観光地になってもおかしくないほどの立派なモノだった。

 その鳥居の向こう。

「こんばんは、空のお知り合いさん」

 黒髪がゆれる。

 思わず息をのんだ。

 おそらく彼女は自分より年下だろう。

 しかしそれでも彼女には“時”を経たかのような神秘があった。

「こ、こんばんは」

 噛んだ。

「緊張するでないぞお嬢さん。久しぶりじゃの沙羅」

「お久しぶりですイノさん」

 沙羅は言いながらこちらへ歩み寄る。

「さ、中へ。もう直、外がさわがしくなるんでしょう?」

 言われるがまま鳥居をくぐる。

 境内は広く、ちょっとした保育園なら運動会ができる程度の広さだ。

「さて……」

 少女がこちらを視る。

「……あぁ、そっか。えっと月夜ましろです。空とは……何だろうね」

 改めて考えるとよくわからない。

 友人というのはちがう気もするし。

 戦友というのも少しずれる。

 知り合いというほど浅くもないだろう。

「ふふ。大丈夫ですよ、なんとなくわかってますから」

「相変わらずじゃの霊視」

「とりあえず……お茶でもいれましょうか」

「あぁ待て、沙羅。ほれお嬢さん」

 イノシシの小突かれて思い出す。

「あ、えと、空から。これ預かってきたんですけれど」

「あら、道風さんの札……」

「やばくなったら使えじゃと」

「そう?なら」

 少し笑みをうかべて札を空へ投げる。

 そのまま手で印を組み

「 終ノ句告げる それは無く それは繋がり それは有る 現を憂うは 時の先 」

 ほのかな光が溢れ出す。

 暖かくやわらかな黄金。

 それらがゆっくり、ゆっくり収束し、形を作っていく。

「いやぁ、お久しぶり。沙羅ちゃん」

 赤い衣をまとった、一目みただけでわかる古代の貴族が現れた。

 その目線がこちらをさす。

「ん?君は初めましてだね」

「あ、はい、月夜ましろです……えっと、はい」

「固くならなくていいよ。なんとなくの経緯はみんなに聞いているから」

 男性。

 それはわかるが、その見た目からは年齢が全くわからない。

「それで、空クンはまた厄介ごとに首をつっこんでいるわけか」

「みたいですよ。私は詳しくは知りませんけれど」

 どうやら沙羅さんはこの人と知り合いらしい。

「ん?あぁそういや忘れていた。ましろクンだったかな。自己紹介がまだだったね」

 こちらにその細い目を向けながら言う。

「拒むことなくすすんでその名を教えてくれた君に先に言っておくけれど僕に本当の意味での名はない。それでもまぁ、不便だから言っておこう。我が通称は道風。空クンが契約した術の一つだ」

「術……」

「お嬢さん、人の形しとるから勘違いするかもしれんが、本質的に吾輩と変わらんよ」

「あぁ、なら、うん」

 どうにも頭がついていかなくて言葉が出てこない。

 というか。

「さて、道風さんも呼んだことですしお茶にしますか」

 やばい時に出すんじゃなかったの……?


 ◇ ◇ ◇ 


 知覚は研ぎ澄まされている。

 疲れもさほどない。

 敵の気配は……ある。

「逃げ出しはしないみたいだな」

 可能性としてそれは十分にあった。

 仮に空が夜徒の立場ならばそうする。

 しかしそれをしなかったのは。

「じれったいのぉ」

 思考を銀城が打ち切る。

「あせるなよ、奴は仕掛けてくる。必ずな」

「ぬぅぅ……そりゃわかるがのぉ。わしは鬼なんじゃぞ」

「わかってる。だからおさえてる」

「け、しょっぱなからそういう扱いとは、長生きするぞ主」

「そりゃ、どうも」


 ◇ ◇ ◇


 腕が痛む。

 ただ一度、夜徒の力でもって受けきったたった一度の攻撃が、災浄の腕に重傷を負わせていた。

 折れてはいないが、戦闘に集中することがあやしくなる程度の痛み。

 腕をおおっていた装甲はくだけ素肌がさらけ出されていた。

 そこにあったのは裂傷ではなく黒い呪い。

 今ある技術、知識ではこの場での解呪は不可能。

「クソっ!」

 この状態で戦うしかない。

 逃げるという選択肢はない。

 今逃げたとしても明日。

 手数を失っている自分と、回復しきった万全の夜刀。

 その戦いだ。

 明らかに不利になる。

 さらに敵はこちらが仮谷だとわかっている。家を襲撃されれば打つ手がない。

 今ならまだ仮谷の力で押し切れるかもしれない。

 一撃さえ通れば。

 幸いここは森だ。

 不意打ちするのには最適だ。

 暗殺という戦闘。

 それに憧れた。

 それを遠ざけた。

 本来自分がするべきやり方。

「やってやる」

 力は残っている。

 十全ではないが身体も動く。

 神器もある。

 その目は今までになく研ぎ澄まされていた。

 潜伏したのは開けたところへと続く一本径の末端。

 静かに、静かに。

 力を漲らせていく。

 動きが足りない部分には神糸でむりやり補う。

 持てる力の全ては右の腕へ。


 ◇ ◇ ◇


「お主、特に探査もせずに歩いておるがアテはるのか」

 森に入って幾許か。

 はたから見れば何をするでもなくただフラフラ歩いている空に問う。

「アテ……ってほどのもんじゃないけどな。オレがアイツなら仕掛けるってところは目星がついている」

「……そりゃ頼もしい」

 返答におけるわずかばかりの空白を空は理解していた。

 激しい戦闘に加え、一度は身体に穴があいている。

 鬼の契約ゆえに見た目上の修復はなされている。

 が、事実として大量の血が流れており、力という点においてもかなり消費している。

 とても頼りになるという状況ではなかった。

 それでも。

 鬼の心中どことなく楽観的で。

 主の顔に疲れはみえなかった。


 そしてその時は訪れた。

 空が一本道をぬけ、円状に開けた部分に歩を進めようとした瞬間。

 ななめ後ろの木から。

 弾丸すら劣る速度で刃と化した暗殺者がせまった。

 瞬間とさえ数えることをはばかられるそのわずか。

 少年は狙いすましたかのように銀色の刀をあてがう。

 最初に響いたのは甲高い金属音。

 そして、

「ガァッ!!」

 肉が裂ける音だった。

 そして。

「そこまでだ、夜徒」

 その刃を砕くと同時、右腕にはめられちた腕輪状の神器は破壊されていた。

「……早めに処理はしておけ。これ以上宴に巻き込まれたくないなら……あ?」

 神器は破壊した。

 終わりとしてはアッサリしていた。

 が。

「お主、これはまずいやもしれん」

 気づいたのは鬼だった。

 まもなくその主も気づく。

 森を吹き抜ける風と共に集まるそれを。

 神器が破壊された時、失われるのは神器そのものだけではない。

 権能と、神器の効果。

 夜徒の権能が解除された今。

「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 それまで他を支配していた権能が綻び、およそ百の魂が災浄の前に集まり始めていた。

「返せ!」

「カエセッ」

「かえせっ」

「身体を!」

「肉を」

「かエせっ!」

 怨念というものが形を得たならこういう情景だろうか。

 見た目だけなら恐ろしくはない。

 むしろ幽玄で美しくさえある。

 うずまく魂。

 それらが放つものは、ひたすらにおぞましかった。

「何が起きてやがる……?」

「原因はわからんが……霊的動乱が起きるとはな」

「……!」

 空が一人となってしまったあの災厄。

「本来の手順を踏んでおらんじゃろうから直に収まるじゃろうが、逃げよ。“門”が開くぞ」

「クソっ!!なら……!」

 わからないとは言っていたものの恐らく原因は権能の解除。

 なら。

「悪いことを考えておるな」

「黙ってろ、銀城」

 あの“門”を止めるには起動させた術者が停止させるか、あるいは。


 ◇ ◇ ◇


「……沙羅ちゃん、結界の準備しとき」

 それまでおちゃらけていた道風さんが急に真剣な声音になったのはお茶をいただいてから五分とたたないうちにだった。

「承知しました。ましろさん、私の後ろへ」

 それに答える沙羅さんもそれまでのふわふわした楽しげな雰囲気は消していた。

「この身に続くかの身よりの六道よ、今ここに繋げ。ならば塞がれならば上れならば下れならば隔てよ。この身は結節。この魂は零なり」

 ちゃんとした呪を聞いたのは初めてな気がする。

 空のソレは半ば歌うようなものだし、それに。

「大丈夫やで、ましろちゃん。結界いう分野なら沙羅ちゃんはスペシャリストやから。後ろでじっとしといたらえぇ」

 その言葉は心地の良いお湯のように周囲に広がっていった。

「さて、ほな外枠作らなあかんねんけど」

「あの……急にどうしたんですか?敵……とか?」

「敵だったらまだよかったんですけどね」

「ましろちゃん、これからどうなるかは正直、賭けや。君らのことはこの道風が命をかけて守り通すが、正直空クンにまでは手がまわらん」

 言いながら両の手に数多の術符を握り、放つ。

「一番近いところにおるんやろうけど、気張りや、空。その災厄はいつか乗り越えんならん壁やぞ」


 ◇ ◇ ◇


 あらゆる術式は、というと言い過ぎかもしれないが、そういった比喩が許される程度には周知と化している事実がある。

 すなわち、その根源たる術者を処理すれば、術式は停止し霧散するという事実。

 逃げることもできない。

 “門”の放つ力場が周囲をゆがめているためだ。

 かといってこの状況を綺麗さっぱりどうにかできる術式も持ち合わせていない。

「……後悔してもしらんぞ」

「うるせぇ」

 ならやるしかない。

 あの“門”を開かせることだけは阻止しなければならない。

「ハァァァァっ!!」

 距離はほとんどない。

 それもそのはずだ。

 先ほどその神器を破壊したばかりなのだから。

 一足、そしてひと振り。

「すまんッ!」

 その銀色の刃で、青年は少年を貫こうとした。

 響いたのは肉の音ではなく金属音。


 ◇ ◇ ◇


 半ば自我を放棄していた災浄はその甲高い音で我に帰った。

 地に向けていた目に写ったのは白銀の刃を煌めかせる青年とそれを防いだ黒の装束。

「なにしてんだよ……」

 もはや片腕はなく、身体を支える足すら流血がひどく、頼りない。

 しかし。

「なにしてんだよ……」

 子から危機を遠ざけるために構えたその腕は

「父さん……!」

 あまりに強かった。


 ◇ ◇ ◇


「……ッ!」

 予想外の事態に、後退する。

「どうなってやがる……」

 見ればうずくまっている少年の周りには黒装束が50はあった。

 そのどれもが立っているのが不思議なほどに傷ついている。

「……あの装束ども、中身がないぞ」

「中身……?魂ってことか?っつーことは」

「あの夜徒が操っていた人間の魂が飛び出して“門”を作り出している……と」

 神器は程度の差こそあれど、いずれも強力な力を有している。

 そして全てに共通しているのが、人間の手で再現できないということ。

「破壊された神器の力で魂だけ抜けたってのはわかる。ならどうして身体が動いてる?ありゃどういう現象だ?」

「考えるのは術者の性じゃがのう。ぼさっとしとる暇はないぞ」

 集まった黒装束は、その力を空に向けた。

 傷ついているため動きはにぶいが数が多い。

 さらに。

「うかつに斬れねえぞ、クソッ!」

 魂が抜けているだけで死んではいない以上、不必要に肉体を切り落とすわけにはいかなかった。

 逃げるか……?

 しかし“門”がある。

 アレが開けば今遊離している百の魂はのまれる。

「どうやって止めりゃいい!?」

 考えろ、考えろ、考えろ。

 せまりくる打撃、斬撃、あらゆる攻撃全てをうけながして考えろ。

 まず“門”を消す。

 物理的には?

 不可能。

 なら原因を消す?

 その原因が不明。

 材料を無くす?

 魂をどうしろってんだ。

 いや待て。

「なんで魂は肉体に帰らねぇ?」

 叫んでいたではないか、その呪詛を。

「かえせ」

 と。

 しかし、その肉体は今ここにある。

 なら勝手に帰ればいい。

 権能も神器もない今、魂を縛る術式はない。

 “門”もまだ開いてはいない。

 今手がかりがあるとしたら。

 霊体があるべき場所に帰らない理由があるとしたら。

「夜徒ォ!」


 ◇ ◇ ◇


「なんでだ……」

 権能もない、神器もない。

 それでも自分を守るように仮谷が戦うのは何でだ。

 魂は呪詛をはいたではないか。

 ならば何故。

 その肉は真逆の行動をする?

 父は腕を失った。

 叔父は足を、従兄弟は目を、家族は皆、この宴で何かしらの損傷を負っていた。

 それが何故自分を守る?

「夜徒ォ!てめぇの家族だろ!てめぇで始末つけやがれ!」

 不思議と。

 遠くで発せられたその声は耳を打った。

 聞こえていたのは呪詛などではない。

 話すことを拒んだ己が生んだ幻。

 その目で見えるものが真実。

 なぜ守るのか。

 決まっている。

「家族だから……」

 その背中。

 その腕。

 今その全てはただ一人を守るために、ふるわれている。

「そうか……」

 勝手に思い込んでいた。

 自分は疎外されていると。

 だから一言、言えばよかったんだ。

「みんな……オレの話を聞いてくれ」

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