4 → 5 Night5 side Sword & ?
「……あー……」
悔しい。
制することができるとは思ってなかった。
せめて、生きて帰ろうと。
「思ってたんだがなぁ……」
思ったより落ち着いている。
設定した目標を達成できなかったこともそうだが、あの場にましろがいたことが気がかりだ。
なのに。
どうしてこうも心が穏やかなのか。
「……はぁ」
諦めというやつだろう。
家が焼け落ちたときもこうだった。
何もできない、全てを失ったことによる虚脱すらない更地。
せめてましろがあの場を切り抜ければと思うが。
それはそうと。
「どこだ、ここ」
広い和室のほぼ中央に、俺はいた。
職業柄、天国と地獄などといった「あの世」を疑ったことはないが、「目覚めるとそこは和室だった」というのは聞いたことがない。
「道風さんに聞きゃわかるか」
身の周りで「あの世」について知っているのは天秤屋か契約を施した彼くらいだろう。
札を取り出すための術式を起動する。
「……なんで起動しない?」
力はある。
なぜか起動しない。
「どうなってんだ?」
そもそもの話。
「なんで俺は着物きてんだーッ!」
夜徒に腹をぶちぬかれた時に来ていたのはシャツとジーパン、それにコートだったはず。
「誰かが着替えさせた……?いや、そうでもないか」
「あの世(?)」にいる時点で未知の領域なのだ。
自我があるだけまともに思える。
よくよく観察してみると自分がいるところはいくつかある部屋のうちの1つでこの建物自体は相当でかい和風建築のようだ。
試してみたが術式が起動しない以上、それによって調べることは不可能。
ゆえに自らの目と足で状況を把握するより無い。
そして、いくつものふすまをあけ、廊下を渡りたたみをふみしめてわかったことが一つある。
「これ、オレの家か……?」
歩けば歩くほど、みれば見るほど意識が覚める。
記憶が再起する。
「だとしたら……!!」
走る。
家の中心から外へ。
もしそうだとしたら、この家は門がある東側を除き3方に縁側がある。
その南側。
記憶の通りなら。
この世界が「あの世」なんてものじゃなく俺の記憶を利用して作られた擬似的な反天神界なのだとしたら……!
「……あった……」
記憶の通り。
思い出のまま。
沙羅とよく遊んだ浅い池と。
「相変わらず散らねぇのな」
満つる桜。
神々しいまでに白く、夜にあっては星の光でその輝きを得る華。
間違いない。
「ここは……」
涙があふれてくる。
「ここは……」
去来する。
「ここは……」
親の顔が、思い出が。
全て、かつて消えてなくなったモノが蘇る。
「オレの家だ……」
不思議なものでこれが現実ではなく虚構だとしても、正の感情しか出てこなかった。
「……何も変わってない」
あの時にいた人間が誰もいない。
そして。
「感傷はすんだか、坊主」
あの時いなかった誰かがいるということ以外は。
何も変わっていない。
それは少女の形をしていた。
はっきりと。
一目見ただけで直感が叫ぶ。
目の前のソレは人間ではない。
少女は桜の側に立っていた。
いや出現したというべきか。
髪は銀色。
血色など存在しないかのような極限までに白い肌と対照的に劫火のような紅の瞳。
存在することそのものが力となるような、明らかな強い者。
気づけば言葉を失い見つめていた。
「ふぅむ。まぁそうなるか」
見た目とはそぐわない老齢な口調。
間違いない。
目の前の存在は「時」を積み重ねた強者。
「お前は……何だ?」
笑う。
「ふん、誰ではなく、何か、か。見る目はあるの」
銀色の少女は続ける。
「何から始めようかの。せっかくお前がここにきたことじゃしそもそもの始まりから話すか」
口に指をあて、星が浮かぶ空を見上げながら語る。
「お前の始まり、つきつめて金剛銀城家の始まりを」
「家の始まり……?」
「そうじゃ。親……庄悟かうららに何か聞いておるか?」
「いや……オヤジからも母さんからも何も聞いてねぇよ」
「じゃろうな。元服前じゃったし。仕方なかろう」
目を細め、ため息をつく。
昔を懐かしむように。
「オレの親を知っているのか」
「親どころか全部知っとるわい。じゃが今はどうでもよい。知らなければならんのはオマエと私のあり方じゃ」
「……は?俺とオマエ?こっちは初対面だぞ。つーかそもそもここはどこだ」
「そっちは初対面かもしらんがわしはオマエのことは全部知っておる」
「全部って」
本当かよ、と。
口にはでなかった。
池をはさんでゆうに7mは離れていただろう少女が、瞬間という間すらなく目の前につめ、その人差し指を空の唇にあてていた。
言葉を封じるかのように。
「まぁしばらく黙っておれ。お前の知りたいことと知らなきゃならんことはだいたい教えてやる」
その双眸が射抜く。
「じゃからしばらく黙っちょれ」
強者の言葉はコトダマとなり術となる。
言われるまま、言葉をなくした。
「ま、わしが聞くときは喋れよ?」
「オイ」
「で、さっそく聞くがお主、典型的な術師の特徴はなんじゃ?」
「特徴だぁ……?」
意図がよめない。
よめないが、考えるしかない。
「……基本的に目録に登録されてる。で、『家』がある」
「その通り。『家』には血統と思考様式があり、それらは術につながる。すなわち普通の術者は術そのものを継承する。何でもできるような規格外は別としてな。さて、お主よ、質問じゃ」
さすがにわかる。
この少女は「始まりを教える」と言った。
全部を知っていると言った。
「お主、金剛銀城家の術式を知っておるか?」
「それは質問じゃねぇだろ」
「そうじゃな。確認じゃ」
知るはずがない。
教わるはずだった親が、血縁が、いなくなったのだから。
「それを知るためにできることなら会得するためにプラハに行った」
プラハ。
術世界の現在の中枢。
そこならば自身の家について何かわかるかもしれない。
「結果は散々だったが」
日本とチェコという距離がそうさせたのか。
あるいは金剛銀城が秘密主義だったのか。
原因はわからないが、金剛銀城の術式についてはほとんど皆無だった。
「精々、刀を使う何かだってのはわかった。けれど、それだけだった」
「そうじゃろ。家の術式なんて要は秘伝じゃからな。記録にわざわざ残す必要はあるまい」
「……にしたって沙羅をあずけた寺のばあさんも何も知らないってのは……」
「金剛銀城」
少女は言葉を遮る。
「この名の意味を考えたことはあるか?」
「いや……ない」
目を細める。
その目線は過去を映していた。
「昔な、ある男が人間でありながら神の領域に挑もうとしたんじゃ。じゃが当然ただの人間風情が術式を携えたところで神には届かん。ならそいつはどうしたか。契約したんじゃよ。神に届くために。人外の領域にいるものと誓約を交わした。『安らぎを与える。かわりに力をよこせ』とな。果たしてその契約は成った。男は人外と契約し自らを変革することで神に届く牙を得た。その牙の名が金剛と銀城。男が契約した二体の鬼の名にして契約の果てに得た刀の名じゃ」
「刀……」
「ふた振りの刀剣をもって神とやりあった男はまぁ最終的に神に勝った。でまぁ……ここからがややこしいんじゃが……」
これまで饒舌に喋っていた少女が口を噤む。
「……男はその神と結婚したんじゃよ」
予想外の言葉が聞こえた。
「は?」
「結婚したんじゃよ」
「は?」
「いやじゃから結婚」
「ちょっと待て、頭がついていかねぇ」
おそらく、というかほぼ確実に少女は金剛銀城の祖、つまり俺の先祖について喋っている。
「なんで喧嘩ふっかけた相手と結婚してんだよ、意味わかんねぇぞご先祖」
「まぁ、落ち着け、そこらへんも話してやる。そもそも何で男が神に挑んだか、じゃ。これは契約する前のことじゃからアイツに聞いた話なんじゃが」
なぜだろうか、とても嫌な予感がする。
「一目惚れしたんじゃと」
「なんとなくは察してた」
人間が神に一目惚れ、あるいはその逆というパターンはおとぎ話なんかをあさればいくらでもあるだろう。
しかしそれは現実らしい。
「で、添い遂げるにはどうしたらよいか、というか求愛したんじゃと。したら、こう言われたそうじゃ。『私より弱い男に興味はありません』とな。あとはわかるじゃろ?」
「要するに……人間捨ててまで神様を嫁にしたと……」
「遠い目をするな。わしとて話しててちとアレなんじゃ。で、話を戻すと、男と神は結ばれたんじゃが、男はこの時人間ではなかった。そこで神は自身の神としての座を捨てることで男を人間に戻し、自身も人間になった。まぁ厳密に言うと人間とは言い難いんじゃが九割人間じゃが、契約は残る。晴れて夫婦になったはいいが、2体の鬼もついてきた。仲自体は良かったもんじゃから契約は子孫にうけつがれいったというわけじゃな」
「あぁ……うん……そう……」
なんなんだろう、この脱力感。
「さて、なえとるのはわかるがお前はここで一つ気づかねばならぬ。わかるか?」
少女は言う。
おかしなコトはないか、と。
男、神、契約、鬼、座、人間、鬼、子孫、鬼……。
「もうひとりの鬼はどこ行った?」
「正解」
紅のその瞳を輝かせながら答える。
「ようやく話を本題に移せる」
「本題?始まりについての話だったらもう済んだろ」
「言ったじゃろ、お前の始まりについて話すと」
空に浮かぶ金色の月を見ながら、銀色は告げる。
「お前自身の始まりは簡単な話、庄悟とうららがイチャコラしただけなんじゃがそんなことはどうでもいい。知らねばならぬのはなぜ二体いるはずのものが一体になっているのか、じゃ……」
少女は押し黙る。
目には憂いを、空気には寂しさを滲ませて。
「あの夜のことはどこまで覚えておる?」
あの夜。
十年前。
この家で起きた災厄。
「なにも覚えてねぇよ……正直前後の記憶さえあやふやだ」
「そうか……」
「あの時二人は別れたのか」
「簡単にまとめるとそうなる。ワシらはあの時すでにお主の中にあったから庄悟の側に何があったかは推測で語るしかないんじゃが。あれは霊的動乱で間違いない」
「……。一つ思い出した」
「ほう?」
「俺はあの時“門”を見た。それが何だったのかはわからない。でもよ。動乱なんて戦争規模で人が死なねぇと起きないはずだろう?それに俺と沙羅は生きてる」
「どうやったかは知らん。正確にはその術を見たがやり方を知らん。が、実際に“門”は開いた。そうでなくては金剛銀城と六道が同時に滅ぶなどありえん」
「……ならやっぱりなんで俺たちは生きてる?」
「幸運と奇跡……と言ったところかの。一つはわしらがお主の中にあったこと、もう一つは災厄が霊的動乱であったこと」
「……どういうことだ」
「わしらに限らず体内に何かを宿している連中は肉体と魂の結びつきが強くなる。動乱は肉と魂のつながりを断ち切り魂を強制的にあちらへ送ることを言うがいかんせんあの時の動乱は材料となる魂の数が少なかった。それゆえ、金剛銀城と六道の連中は契約の影響もあってか魂が遊離してから向こうへ行くまで少しラグがあった。そのわずかな時間であいつら自分たちのガキを守りよった」
「親父達が……。でもどうやって?うちに魂に関する術式があったのか?」
「あれは術式なんて呼べるものじゃない。もっと原始的な、感情を無理くり形にしたと言うべきような正直説明のつかぬ何かじゃ。じゃがそれがお主たちを救ったのは間違いない」
「……」
「続けるか?」
「……あぁ」
「無論、今の説明じゃ二体のうちの一体がいなくなることに説明はつかん。なぜいなくなったのか。お主思いつくか?いや、思い出すか?」
「俺の中の一体を何かに使った……?沙羅か?」
俺を守ったのが親父たちというならそれで説明がつく。
「おしいな。六道の連中は自分たちの手だけであの娘っ子を守りきったよ。あっちは魂専門じゃしな」
「じゃぁなんで」
「いたんじゃよ。もう一人。お主と沙羅があの時にいた竹林にな。そいつも動乱にまきこまれたわけじゃがお主はそれを助けようとしたんじゃ。その結果鬼は一人ずつになった」
うっすらとした記憶を探る。
確かにあの瞬間、家から少し離れた竹林にいた。
沙羅といたのは覚えている。
覚えているが……。
「思い出せんなら思い出さんでいい。あの時あった唯一の偶然があの子じゃ。今は置いておけ」
「置いとくっつったってもう一人はそいつの中にいるんだろ?だったらどうにかして」
「まぁそれは一理ある。一理あるがぶっちゃけどうしようもないしの。そもそもお主先にせねばならんことを忘れておらんか?」
忘れる。
先にすること。
今。
さっき。
ここに来る前。
目覚める。
死。
戦闘。
仮谷。
怒り。
諦め。
ましろ。
「ましろ……!」
「思い出したか」
「あぁ、けど、思い出してもどうしようも」
「焦るな。お主よもやわしを前にしてここが死後の世界だとは思っておらんだろうな」
「それは……まぁ」
「ここはお前の記憶。お主は死んでおらん」
「じゃぁ……」
「あぁ。お主は行ける。まだ立てる。戦える。救える」
「なら早く」
「急くな。現実は時間の流れが違う。焦ったところでどうにもならん」
まず、と。
もったいぶって少女は言う。
「ぶち抜かれた腹の修復をしておるでな。覚醒はそれからでいい」
「……腹ぶち抜かれたら普通死ぬよな」
「並の人間ならそうじゃろ。じゃがお主はあの夜以来、特にワシと強く繋がっている。ほかならぬ鬼とな。歴代の金剛銀城の中でも抜群じゃ。それは魂のみならず肉体にも影響する。鬼の身体は穴が一つや二つ空いたところでどうともならんよ。あげく今のお主は神の領域に片足突っ込んでおる」
「……そう聞くと大分人間捨ててんな」
「それは諦めろ。金剛銀城の家系の時点で半ば人間辞めておる。それはそうと、お主、腹をぶちぬかれたくらいでこのわしに会ったことは何でじゃと思う?」
今まで生死をさまよったことは二度ほどある。
それと今回の何が違うのか。
「原因はわしとお主の双方にある」
半分。
コイツは誰か。
銀の少女。
半分。
俺は誰だ。
金剛銀城空。
このタイミングで俺の中にずっといたコイツが現れたのは何でた。
何がそうさせた。
これまでとは違った何か。
原因。
銀。
空。
記憶。
刀。
親。
家。
祖。
「なぁ」
「なんじゃ」
「親父や母さんみたく俺のことは名前で呼ばねぇんだな、お前」
「ふ」
微笑。
「そらそうじゃろ、お主、わしの名前を呼んどらんからな」
「そうか、それもそうだな」
家は祖を継承するものだ。
そしてその祖は二体の鬼と契約した。
そして刀を得た。
あぁ……
なら……
「金剛銀城が継承者、空がここに契約する」
手を伸ばす。
その鬼は美しく。
「俺の刀になれ、銀城」
「あぁ、しっかり握れよ、空」
笑っていた。
◇ ◇ ◇
涙があふれてくる。
感情が、わきあがってくる。
あぁもう。
ぐちゃぐちゃだ。
「空ッ!」




