32
青々とした葉が茂り、灰色と黒の混ざったような少しばかり薄い色の影を地面に落とす。見上げれば青い蒼い澄みきった空と白い雲、陽射しは少し意地悪に強くて紫外線におののく。五月。
「ねー日陰で日傘はどうなのよ。」
「ちょっと当たるじゃない?もう少し影が動くまで。」
「ベビーカーはちゃんと日陰に収まってるわよ?それにベビーカーのシェードがきちんと陰になってるし。」
「うーん・・・。」
「まぁ、きちんとしてあげるのはいいことだと思うけれど。どちらかというと茉莉はもう少し自分の肌もいたわった方がいいと思うわ。」
「ひっ・・・日にあたってた!ピンチ。」
「もう、そういうところ抜けてるんだから。しっかりしてよね。」
慌てて日陰にもぐりこむ茉莉に苦笑する。大きな公園の中にあるオープンテラスカフェで私達は数カ月ぶりに集まっている。天気の良い土曜日か日曜日、数か月に一度だけ、こうして集まって食事を共にするのが三十歳を超えた私達の今の付き合い方である。
日陰になんとか収まった茉莉のすぐ横には海外メーカーの丈夫そうなベビーカーが置かれていて、中には可愛い赤ちゃんがすやすやと眠っている。ピンク色の洋服を着て時折小さくてふにふにした手足をぱたぱたと動かす。私はその様子をにこやかに眺めた。幸せの形が一つそこにある。
わたわた日焼け止めを(今更ながら)腕に塗る茉莉を見ながら近づいてくる笑い声がある。
「うわ、茉莉・・・今更それ?志桜里は大丈夫??」
「茉莉が一生懸命、日陰に入れたから大丈夫よ。」
「お、良かった・・・可愛いなぁ、ぐっすり眠ってる。可愛い志桜里に何かあったら大変だからな。」
「ちょっとぉ、少しは妻の心配もしてよ。」
「ごめんごめん。」
運んできたアイスティーとオレンジジュースの乗ったトレーをテーブルに置き、あいた手で茉莉を拝みながら望が謝るとすかさず茉莉が突っ込みを入れる。
「謝り方が軽い!」
「悪かったって言ってんじゃん、茉莉。」
「変わんないわよね。本当に、いっつも。」
「梨花・・・・変なとこに感心しないでよ。」
呆れ顔の茉莉と望を見て私はふふふっと笑いながら持って来てくれたアイスティーを飲んだ。レモンスライス入りのアイスティーはきんと冷たくて初夏の日差しに心地いい。
子どもが生まれて若干親バカ指数高めなものの良きパパになった望とちょっと過保護なママになった茉莉の関係は本当にあの頃のままで友達と夫婦という関係を見事に両立し合っている。そのため、こうやって一緒に会ってもあの教会の前で行われたプロポーズの日以前と変わらない関係がずっと続いている。もちろんたまには夫婦喧嘩の末に片方が愚痴をこぼしに私を訪ねて来たりするという以前とはちょっと違うことも起こるけれど。
「それで、梨花。例の人は?」
にやにやとした笑顔で茉莉が聞いてくる。私はちらりと携帯を確認してからそれに答える。
「さっき連絡あったから、もう少しで来ると思うんだけど。」
「梨花ちゃんもついに、ってことかぁ。」
「感慨深げに言われても、まだわからないわよ。」
「「え。」」
「ふふ。息ぴったり!さすが夫婦。」
「梨花さん。」
少し遠くから私を呼ぶ声がする。私は立ち上がり小さく手を振って彼を呼んだ。今日は二人に私の彼を初めて会わせる日だ。彼によって私達の仲はちょっと違う形に変化を遂げることになるかもしれないし、ならないかもしれない。実際、この彼といつまでも一緒とも限らないわけで・・・・。
これからの私達の関係性はまだわからない。明日のことすらいつも予測したようには動いていかない、そんな愉快で楽しい毎日だから。五月の初夏の日差しの中を彼がゆっくり歩いてくる。日差しに目を細めながら。あら、志桜里ちゃんも目を覚ましたようである。茉莉と望が覗き合ってにっこりと微笑み、志桜里ちゃん抱き上げる。
「はじめまして、こんにちは。」そこからまた新しい私達が始まる。




