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 茉莉がゆっくりと淡々とした口調で話し始める。

 今朝、三人が偶然出会う直前まで茉莉はある男性と一緒にいたらしい。昨日の午後六時頃、茉莉は一人、喫茶店でお茶をしていた。図書館で借りてきた去年のベストセラーを読みながらチーズケーキを食べ、二杯目のミルクティーを注文すると、程なくして注文を取ったのとは別の若い店員がそれを運んできてくれた。その店員は大学生の男の子で茉莉が読んでいた本をつい昨日、読み終わったところだという。喫茶店ということで夕方は客足も落ち着き、ちょこちょこ彼と会話を交わしながら、結局ミルクティーを三杯にカフェオレを二杯も飲んで、九時近い八時代に本を読み切った茉莉は店を出ようと会計へ向かった。

「どうでしたか。」

「すごく面白かったです。」

たまたまなのか意図的になのかは分からなかったが、例の男の子が会計をしてくれ、話しかけてくれた。

「よかったらこの後、飯でもいきません?本のこと話しましょうよ。」

明るく朗らかな笑顔と読後のわくわく感も手伝って、もう今日のアルバイトをあがるという彼と一緒に安い学生向けの居酒屋へ二人で行った。

 アルコールを摂取して茉莉もその彼も饒舌になった。読んだ本の話をして、彼の大学生活やアルバイトの話を聞いた。茉莉も仕事のことや、梨花と望という友人たちとのことなどを話した。そして、恋愛がうまくいかないことも。

「茉莉さん、飲みすぎ。」

「えー・・・そんなことないよぉ。」

安い居酒屋の薄いお酒とはいえ、アルコールに耐性のない茉莉はすぐに酔っぱらった。思い返せばその時には彼の身体にくっついていたかもしれないと後で気が付いたようだ。

 終電とまではいかないが大分遅くまで飲んでいたらしい。そのあと、どういう流れがあったのかも分からなかったが、彼の腕に絡みつくようにしてホテル街を歩いていた。あとの展開は言わずもがなで、早朝に目覚めた茉莉は動揺を隠せないまま、あたふたと眠る彼を一人ホテルに残して飛び出て来た。彼に連絡先も残さないで。


 淡々とした、それでもあまりまとまりのない説明を終えた茉莉は少し冷めたカフェオレをごくんごくんと飲んだ。私も一口カフェオレを飲む。

「そんなことがあったのね。茉莉、そういうこと一回もないものね。」

「梨花もないでしょ。」

「うん、まぁ。そうね。」

「でも、問題はそれではない。」

「え?」

ほんの少し強い口調で言った茉莉をじっと見つめた。なにか強いものを感じる。

「じゃあ・・・なにが問題なの。」

「うん。問題なのは・・・ごめん、梨花。」

「な、何?」

いきなりの謝罪に怯む。私の緊張の走った表情を見て茉莉はすまなさそうに笑った。

「お腹すいちゃった。」

「あ・・・のねぇ、もー茉莉ったら肝心なところで。」

「ごーめん。お願い梨花、鶏肉食べさして。」

「もお。ちょっと待ってて。」

私は立ち上がりトマト煮の様子を見に行く。煮込んだ鶏肉はほろほろと柔らかく煮え、野菜もお箸で切れそうなほど柔らかい。トースターで二人分のバケットを温め、その間にお皿に盛りつけた。スプーン、フォークも二人分用意してテーブルへ運ぶ。

「わー美味しそう。」

「どうぞ召し上がれ。」

「いただきまーす。」

茉莉がいつもより楽しそうな様子を演じていることが伝わっていたが、あえて触れないことにした。きっと食べて落ち着いたら話してくれると思うからだ。

「おーいしー。すっごい柔らかいし。」

「うん、柔らかくできて良かった。」

「いやぁお料理上手な梨花が友達で良かった。」

「それはどうも。」


「ごちそうさまでした。」

「お粗末さま。」

「あー美味しかった。」

「ありがと。」

私は食べ終わった食器を下げに流しに向かう。といっても、すぐ四歩ほどの距離なので食器洗いをしながらでも茉莉の声がよく聞こえた。

「望に好きだって言われた。」

「ふーん。」

「驚かないね、梨花。」

「うん。茉莉は?」

「めっちゃびっくりした。」

食器の汚れを洗い流す水道水がすうっという音を立てて一定の速度、水量で流れていく。トマト煮の赤をまとった泡が排水溝へ向かってぐるぐると渦を巻きながら流れていく。その様子を見ながら私はそのままの姿勢で茉莉が話し始めるのを待った。

 水道を止める。水道の音の代わりに、といったタイミングで茉莉は話し始めた。

「あのあと。」

少し間を置いて「うん。」と答えた。茉莉は言葉を続ける。

「望が、ちょっとしてから私のとこに来て・・・。何があったって真剣な顔で言うから、ぽろっと全部話しちゃって。」

「うん。」

茉莉の話を聞きながら紅茶を入れる。キッチンケトルでお湯を沸かし、カップと茶葉といってもティーバッグだがの用意をする。一応、グラニュー糖のスティックも整え、小皿にクッキーを並べる。

「ありがと。」

「ん。」

お茶とお菓子がテーブルに並んで午後のひと時のようだったが、遮光カーテンの奥から覗く白いレースのカーテンは夜空を映して藍色をしていることで、今が夜であるということに改めて気が付く。お茶を一口すすって茉莉は話を続けた。

「軽々しくそんなことするな、ってすごい剣幕で言うから。そう言うから望に言っちゃったんだ。」

「・・・・・なんて。」

「望には関係ないでしょって。そしたら、望なんて答えたと思う?関係あるって、私のこと好きだから、関係あるって言うの。ねえ、信じられる??あの時、望は私のこと女の子として見れないっていってたのに、だから私は一生懸命に友達をちゃんとやってきて、好きな人も別に作れるようになって、ちゃんと、ちゃんと、望と友達になったって思ってたのに。私達、友達じゃなかった。ううん、友達なんだけど、純粋な友達じゃなくてなんだろ、なんていうか・・・でも、だからって、友達なのに私、私、関係ないなんてひどいこと言った。望、ショック受けてた、ごめんて言って走ってって、見えなくなっちゃった。居なくなっちゃった。私、何がいけなかったんだろう。どうしてこんなにもやもやして悲しくてつらくて苦しいのかな。友達じゃなかったから?友達を傷つけたから?過去から今の私を否定されたみたいに感じたから?あの男の子を好きだから?それとも、それとも・・・・・まだ望のこと好きだから?好き、なの、かな。でもわかんない、そんなのわかんないよ、梨花。ねぇ。ねぇ、梨花。きっと今度は飲めないお酒で呑んだくれたって、きっと、ずっとすっきりしないよ。それは、それくらいは、分かって、るんだ・・・私。」

一息に喋った茉莉は止まり、私は小皿のクッキーを一枚手にとって茉莉の口に押し込んだ。

「り・・」

「茉莉、黙って食べて。」

私のただならぬ様子に小さくうなずいた茉莉はとりあえずもぐもぐとクッキーを頬張った。

「きっと、たぶん全部。わかんないことが正しいというか、うん。この混沌とした何かが今の状態で、それに悩むことはない、と思うの。」

お茶をすすった。茉莉はまだもごもごとクッキーを頬張る。

「落ち着こう。お菓子食べてお茶飲んで、今日はゆっくり寝て、明日からいつも通りの生活をしてみよう。そうしたら何が足りなくて何が必要かとか、ちょっとずつ見えてくるわ。じゃないと、そうじゃないと。ね。」

私のことをじっと茉莉は見つめてくる。視線が絡む、結びついて私達はきっと分かりあえる。

「うん。分かった・・・・。梨花の言うこと、なんとなくだけど。ねぇ、梨花も何か抱えているんじゃない?もう一緒に食べちゃおうよ、一緒ならきっと怖くないよ。梨花は、いつも落ち着いて見えるし、しゃんとしてるけど、本当は脆いところあるって、私は知っているから。」

茉莉はぐいっと私の口元にクッキーを押しつけた。

「梨花、黙って食べて。」

「・・・・うん。うん、食べよう。茉莉も、一緒に。」

茉莉は私の差し出したクッキーを受け取り、ぱくっと口の中に入れた。私達はお茶を何杯も飲み、クッキーを何枚何枚も食べた。食べて食べて、食べて食べきった。

 今夜は温かくして眠ろう。花冷えの夜だから。



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