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「ちょっと待って、梨花ちゃん。なんで?そんなん。茉莉に彼氏出来たらどーすんの、俺。」

「あ。ごめん。」

「あ、ごめんじゃないってばー。もーさぁー・・・・はぁ。」

「なら、いっそのこと告白するとか」

「できません。」

言いかけたところで断言されてしまった。店内にはジャズが流れている。よく来るカフェで聞きなれた心地のいい音楽。それらもまとめて寸断するように言い切る望に私は食い下がる。

「どうして?」

望は頭を抱え込み、少し伸びた短髪を右手でわしゃわしゃと掻き回した。

「っ、ああ、だー、もー。」

「だから、もう、何でなの。」

「だから!もう!」

机にガンとこぶしをぶつけて望は叫ぶように言ったかと思えば急にトーンダウンして静かに呟くように続けた。

「そんなん、・・・そんなの今更、言えるかよ。」

「でも。」

まだ言い募ろうとする私を遮って喋り出す。手はグラスを掴んだり離したり、頭をがりがり掻いたり、落ち着きのない様子で、私ではなくカウンター席正面のお酒の並んだ棚のもっとずっと遠く、遠いどこかを見つめている。

「言えない。今更こんなこと伝えてどうすんの?俺たちは、俺と茉莉は、梨花ちゃんも入れて三人でずっとこうしてきた。これが一番安定してるんだよ。今までもこれからもその先も、ずっと。」

店内にはジャズがかかっている。周りの人の笑いさざめく声、ひそやかに交わす甘い言葉が、ぬるい空気となって満ちている。オレンジ色の柔らかな光が薄い影をつくり、グラスの影が花びらを描き出している。ロックにしたウィスキーの氷がころりと回る音がした気がする。

 望が一口ウィスキーを飲んだ。私は二口、青緑色のカクテルを喉に流した。

「もちろん俺だって茉莉と付き合うっつーか、そーゆー関係になりたいって思うよ。俺だって男だし。思わないわけはないんだけどさ、やっぱ。今のままでいたい。一緒にいれば楽しいし、馬鹿なことやったりして、それだけで俺には十分だって思う。まーだからって取られんのもそれはそれでやなんだけどね。」

「望・・・。」

「んまぁ、それに俺、最初にひどいこと言ってるしさ。」

「え・・・。まさか、知ってたの?」

「まあ、そーね。」

バツの悪そうな顔をした望は、ふうっと息をついて長い指で支えたグラスをくるくる回す。グラスの中の氷は円を描きながらぶつかり合い、からからと音を鳴らす。

「茉莉、が、・・・・あんな風に思ってるなんて全然知らなかったし・・・。」

「知らないからって。」

「だよねー本当に。うん、俺がいけない。全部。」

私は望から目を離せないまま、カクテルを飲んだ。こくんと自分の喉が鳴ったのが分かった。望はぼんやりした表情をしている。呟くように言った。

「あの時、本当は。いや、これこそ本当に今更なことだな。」

へへっと笑う。

「望。」

「梨花ちゃん。」

ゆっくり望は私の方を向いた。

「梨花ちゃんが、俺と茉莉のこと気にかけてくれてんのはさ、よーくわかってる。なんか・・・ちゃんと進めってことなんだとは思う。思うんだけどさ・・・・けどさ、なんっつーか。」

「うん、わかったわ。」

ぎこちなく私は頷いた。余計なお節介だったということなのかもしれない。それでも、私は私なりに二人のことを想って茉莉を、望をけしかけようとしたのだ。後悔は、きっとしない。

「梨花ちゃんありがとう。」

「ううん。」

「・・・・ごめん。」

「望が謝ることないよ。」

「ん、わかった。」

私と望はこのあと二杯ずつお酒を飲んで何でもない話をした。結局、最後まで私は望に「ごめん。」とは言わなかった。言えなかったのではない、言わなかったのだ。

 望はいつも通りに馬鹿みたいな話をして、けらけらと笑った。笑って飲んで私達はその日、笑顔で別れた。

「またね。」

「おー。」

 乾いたアスファルトを夜闇が濡らして黒く黒く染める。小さな外灯の光がぽろんと落ちた大きなぽんかんのようにまあるく地面を照らしている。月灯りはなく点々と続くまあるい光をサッカーボールのように蹴りながら歩いた。ヒールの踵がかんかんと音を立てる。片方のパンプスを脱いで靴底を見るとヒールのゴムがすり減って中の鉄の芯が剥き出しになっていた。私は気にせずに歩いた、蹴飛ばした。蹴り飛ばした。

 光のぽんかんはぽおんと飛んで、ころころ転がっていった。



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