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 茉莉に求められたアドバイスはうまく見つかっていない。思えば未だかつて自分から相手を好きだと思って付き合った例もなかったし、片想いで胸がキュンと高鳴った覚えもない。人並みに恋愛経験は積んできたつもりだったが、求めに応じてきただけであって私自身が能動的に行動をするということも、更に言うならば自らの心が揺れ動くことさえもこれまでなかったのである。


「梨花。明日の夜、会えないか?」

昨晩、電話で年上の彼氏にこう言われた時、自分自身の中でざわざわと動くものを感じた。それは素敵なことが起こる予兆ではなく、不吉の足音のような気がする不安を伴う感情であった。表面的には「大丈夫よ。」と軽く返し、待ち合わせに良く使うお店で彼氏の残業が終わるのを待って食事に行くことになった。

 定時を少し過ぎた時間に仕事を終えた私は軽く化粧を直し、ティファニーのネックレスを付けた。鏡に全身を映して身だしなみを整えてから待ち合わせのお店に向かった。彼が到着すると予想される時間まではまだしばらくあるのだが、年始のセールで少し前から欲しかったちょっとお高いハイヒールとワンピースを購入してしまったので節約のためショッピングを挟まず、そのままお店で彼氏を待つことにした。

 私の通された窓際の席はカウンターになっており、窓の外を向いて一人でのんびりお茶を飲める仕様になっていた。少し高めのスツールに腰掛けてお勧めのチョコレート風味の紅茶と散々悩んだ末に選んだオレンジペコ―を楽しむ。鼻腔をくすぐるオレンジの香りと、一緒に頼んだショコラとアールグレイのマカロンに私はご満悦である。

「美味しい。」

頬張ったマカロンは甘くて優しくて口の中でほろほろと崩れ、ふやぁっと広がり私を幸福へと誘っていく。マカロンとはなんと甘美な食べ物なのだろう。

 すっと一つ間をあけた席に背の高い男性が通されるのを視界の隅で私は捉えた。一瞬、なぜか心が弾み、ばくばくと身体のどこかが鳴っているのが分かった。

 しかし、違った。私は違うと感じた。何が違うのか、それは単純なことだった。偶然的に近くの席に通された背の高い男性は彼ではなかったのである。そして私はその当たり前で当然であり、到底起こりえないであろう事態が起きなかったことに対して明らかに落胆していた。

 その人はリンゴとシナモンのスコーンを連れの可愛らしい女の子と食べ、何でもない大学のキャンパスライフについて語り、店を出て行った。私には何一つとして関係がなかった。彼氏はその後、30分程で私を迎えに現れ、私達は連れだって店を出た。

 彼が私を連れて行ったのは小洒落た雰囲気のいつもよりちょっとお高めのクリスマスなど特別な日のデートに使うようなレストランであった。彼は簡単な説明を受けながら私の意見を汲みつつ、ワインも料理も選んで注文してくれた。ビルの10階程に位置するこのお店の窓からは東京の街がきらきらと輝いているのが見えた。

 特にいつもと変わらぬ話しをして、私がメインの牛フィレ肉にナイフを入れている辺りから彼氏は少し落ち着きを、少なくとも普段よりは失くしているように見受けられた。私は気にせず牛フィレ肉の赤ワインソースを頬張った。

 デザートは季節のフルーツ、苺のタルトを私は頼んだ。

「どうかしたの。」

「いや、もう少ししたら話すよ。」

「そう。」

私はナイフで一口大に切りだしたタルトを口に運ぶ。甘くて酸っぱい程良い塩梅の苺のタルトをあっという間に平らげた。お皿が下げられ、私と彼のティーカップが置かれたテーブルは静かで綺麗であったが、掛けられた真っ白なクロスの上に一点だけ小さな、ほんの小さなワインのシミを私は見つけた。

 そのあと私は夜景の綺麗な海辺の公園で彼氏にプロポーズされた。



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