8 解放、寮へ
それから二日間を、一輝はミトラの施設らしきその建物の中で過ごした。牢屋というほど物々しくはない、どちらかといえばワンルームマンションの部屋のような、簡素ではあるが不便でもない部屋に待機させられ、やることもなく暇を持て余しながらただ待っていた。
食事はパンやシチュー、肉や野菜の炒め物など、さほど奇異ではないものが出された。所々なんの野菜かなんの肉かなんの果実か分かりかねる素材もあったが、口に入れてしまえば味は地球の料理とさして変らなかった。
部屋には小さな浴室まで完備されており、しかもどうやら水道設備まで整っているらしく、ややぬるいものの温水まで利用できた。
まるきり自堕落な一人暮らしのような生活を二日続け、不便も不満もないが暇で仕方がなさすぎてとうとう壁紙の幾何学的な模様を迷路にして遊んだり、右手と左手でじゃんけんをしたり、右手の五本の指にそれぞれ名前と固有の人格を決めて手の平一つでホームコメディを演じたりしている辺りで、マリーチャが部屋を訪れ退屈な軟禁からの解放を告げた。
一輝が「小指のエイミー」と「中指のドンゴプフ」の二人を使って礼を言うと、何故か彼女は、なにか可哀想なものを見る目で、ものすごく真剣に二日もかかってしまったことを謝った。
その二日間でマリーチャは一輝の潔白をスピカが(よく仕組みは分からないが)探査した一輝の内面の情報を使うことで証明したらしかった。その上、様々な手続きを進め、一輝が「ただの不審者」ではない状況を用意したのだと、彼女は語った。
「一輝さんはぁ、晴れてこれで、ミトラ学園の生徒さんですよぅ」
部屋から連れ出され、建物の外に向かう道すがら、マリーチャは嬉しそうに話した。
「ミトラ学園、っていうのは」
「その名の通りミトラの運営する学園ですぅ。召喚機で呼び寄せる『アルド』は、その多くがかなり年若いことが多いんですよぅ。基本教育が必要ですし、それに別世界の住人ならラストリエールの文化・風習も知っておいたほうがいいですから。それに加えてアルドとして戦うなら戦闘訓練もありますし、チート能力を使った研究職ならそのための学習も行なわなければばなりませんー」
「それで学園ですか……」
「一輝さんにも、うってつけなんじゃないかと思いましてぇ。学園に入っていれば衣食住は保障されますしぃ。その分在学中や卒業後に仕事が割り振られはしますけど、でも当てもなく暮らすことは難しいですからぁ。勿論、入学は強制できませんから、拒否も出来ますよぅ、言ってくれればぁ」
「いや、いいです、願ってもない申し出ですよ。正直どうやって生活していくか途方にくれてましたし」
「それは良かったですぅ。身の潔白に加えて、ミトラ学園の管理者たちは一輝さんにもチート能力らしきものがあることを認めてくれましたぁ。まだ仮入学ですけど、後日能力検査なんかを済ませたら、私の生徒ですぅ」
「マリーチャさんの? それって、あのスピカやフェーリスって子達と同じ?」
「ええそうですよぅ。学内でもとっても有名な、優秀なクラスです、良かったですねぇ一輝さん」
「そんな優秀なクラスになんで」
「私のクラスはぁ、比較的自由に色々やっていけるところですからぁ、進路を特に決めてない一輝さんが途中編入するには都合がいいんですよぅ。それに」
「それに?」
「潔白が証明されたとはいえ、疑いを持つ人間が完全に消えるわけじゃありませんからぁ……」
「ああ……」
なるほどな、と、反感も何もなく一輝は納得した。
「優秀なクラスなら、もしもの事態にも対処しやすい?」
訊くと、マリーチャは曖昧な顔をしつつも頷いた。
「ええ、そですぅ……まあ、別の理由も色々あるんでしょうけれどぉ」
そこまで話したところで、建物の入り口へと辿り着く。扉を開くと外は昼の強い日差しが眩しい晴れ空を頭上に抱いていた。
「一輝さん!」
辺りの建物に繋がっているらしい石畳の道の端から、スピカが駆け寄ってくる。更にその後ろにはフェーリスの姿もあった。
「やほやほー。釈放おめっとー」
ひらひら手を振って明るく声をかけてくる。
「じゃあ、スピカさんがとりあえず一輝さんの住むことになる部屋まで案内しますからぁ」
「部屋っていうのは――」
「学生寮ですぅ。ミトラ学園の生徒はほとんど皆学園敷地内の寮住まいなんですよぅ」
「ほとんどって――あ、そうか」
ミトラ学園の生徒は、アルドである。異世界から転移させられた人間だ。当然、当てに出来る親類縁者も何もない。まともに暮らそうと思えば寮住まいになるわけだ。
「じゃあ、私は一輝さんのことも含めてまだ仕事が色々あるのでぇ」
「はい、色々有難うございました」
頭を下げると、マリーチャはこちらもぺこりと小さくお辞儀をして、出てきた建物に入っていった。
「ふぅん? ちょっち聞いてた話ではあったけど、ほんとにうちに来るんだねぇ、えーと、フジサワカズキ君、だっけ? めんどいし一輝でいいかな?」
「ちょっと、フェーリス」
フェーリスが近づき、一輝に顔を寄せた。スピカが「いきなり失礼だ」、といったことを言いかけるが、軽く笑って一輝は頷いてみせた。
「いいよ、別に。こっちだっていつの間にかスピカとか勝手に呼び捨ててるし」
言うと、当の本人、スピカは若干恥ずかしげに目を伏せた。
「そっかそっかおーけー、じゃあ私のことも偉大なりしフェーリス大公殿下とかって呼んでくれていいから」
「そこは平等にはしないんだ……」
「うそうそ、フェーリスでいいよ」
からからと、形のいい尖った犬歯を見せて笑う。活発さがそのままストレートに身の美しさに繋がっているような少女だった。
「じゃ、スピカ、私このまま町まで降りてくから、ニュービー一輝のことよろしくね」
「え、ちょっとフェーリス、一緒に来てくれるんじゃ――」
「違うよスピカ。あくまでついでだよ。んじゃね」
言って、スキップ気味にフェーリスはその場を離れていってしまう。とにもかくにも、素早い。
「……なんか、すみません。フェーリス、いつもあんな感じだから」
頬を搔く真似などしながら、スピカは言って、それから一輝を先導するようにゆっくり歩き始めた。
「じゃあ、いきましょうか、寮」




