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   6 痛くはしませんから


「大丈夫ですよ、痛くはしませんから。リラックスしてください、一輝さん、その、私、ほとんど経験ないですけど、精一杯優しくしますから……」

「スピカさぁん、その言い方はぁ、なんか色々誤解を生んでまずいと思うんですけどぉ」

「皆、はじめては不安だし恥ずかしいものだと思いますけど、ちょっと色々見せていただくだけですから……」

「スピカさぁん、私あなたの頭の中の方がなんだか心配になってきましたぁ……」


 簡易的な寝台のようなものに横にされて、一輝はその傍らに立つスピカとマリーチャを見やりながら、考えていた。


(……なにがどうなってこんなことになったんだ、ほんと)


 寝かされているのは、マリーチャと話していた建物の中の別の一室だった。寝台がいくつか並んだ、診療所の診察室のような場所だった。

 傍にいるのは、改めて呼び出されたらしスピカと、数人の見知らぬ男女だった。後者ははっきりと大人であると分かる容貌をもっており、試すような見張るような、油断のない面持ちを一輝に向けている。その中にマリーチャも、混ざっていた。


『一輝さんについてはぁ、正直、よく分からないんですよう。『召喚の儀』も行っていないのにだれかが召喚機に転移して現われるなんてこれまでなかったことですしぃ。転移者ならミトラはそれを保護しなければなりませんけど、同時に敵対する転生者たちの側に属する人であることも、疑わなければならないんですぅ』


 ここに連れてこられる以前に聞いた、マリーチャの言葉を頭の中で反芻する。


『一輝さんが敵でないなら、危険性を孕んだ存在でないなら、ミトラはあなたを助けますぅ。転移者も、またチート転生者による被害者も、異世界がらみで敵ではない人間を、ミトラは助ける義務を持ちます――元々そういうための組織ですからぁ。ただ』


 ただ――


「……ミトラと――アルドの転移者と、チート転生者の戦いは続いていて、油断は出来ない状況なんです。疑いのある人間をそのまま組織内に迎え入れたくはなくって、それで……」


 一輝の考えに続けるように、傍らのスピカが、どこか言いにくそうにそう語った。


「それで先生は、ミトラは、最も有効な方法を採ることに決めたんです――」

「これから、何が始まる?」


 一輝は横になったまま、スピカに尋ねた。


「マリーチャっていうあの人は、俺がどんな人間か――敵か、そうでないかを見分ける最も早く確実な方法があると言ったけど」


 スピカは尋ねられて、苦しげに顔を歪めて見せた。


「……私の、チートの力による、精神探査です」

「精神探査?」

「はい。私は、自分の情報親和性を向上させて情報探査・解析・出力を行うチート能力を持っているんです。物の構造や、質量、材質、運動、その他様々な情報を繊細に読み取ることが出来たり――その力の行使の方法の一つとして、自己を半情報化して他者に思考をつなげたり、その……憑依して操ったり、それから内面を深く覗いたりすることが、できるんです」

「……エスパーみたいなもんか。俄かには信じがたいけど」


 呟く。現実味のない話であるために、想像がついていかない。

 だがスピカにとっては違うようだった。彼女は歯噛みして、一輝に迷いを多分に含んだ緯線を送っている。


「……こんなのは、無茶苦茶です。私は一方的に人の心に侵入、探査することが出来ますけど、これは転生者との戦いのための力です。こんな強行的な尋問手段に使うなんて、普通なら法に触れる人権侵害で――」


 そんなことを言いかけたスピカに、背後に立つマリーチャが声をかぶせた。


「スピカさぁん。ミトラは既に仮決定を出して、この尋問を命じていますぅ。サンガムの法には触れませんよぉ。知ってはいるでしょうけどぉ」

「でも! こんな、まだここに連れてきて数時間しか経ってないのに、普通の取調べを省いて精神探査だなんて」

「緊急性がある場合は度々行われることですぅ。……私だって気は進みませんけどぉ」

「だったらどうして……」

「一輝さんはこれまでにない奇妙な力を行使したと聞いていますぅ。危険性を看過出来ない、なるべく早く確かめておきたいというミトラの判断には私も同意しますぅ。それに、もう一つ――」

「何です?」

「調べが長く続けば、一輝さんはぁ、頼るところも人もないまま、何日も何十日もミトラか政府機関に拘束されますぅ。ミトラも最近忙しいですからその手間をかけたくはないですし、私としてもスピカさんを庇おうとした人をあまりそういう目に合わせたくはないんですよぅ。司法機関にもアルドはいますから、ミトラ内部で精神探査のような方法で取調べを行えば、通常の手続きを何倍にも縮めて一輝さんを不審者の立場から開放できますぅ」


 マリーチャの言葉は、こじつけのようにも聞こえたが、一方で納得できるところもあった。自分はどうやらこの世界における「普通の」転移者とは異なる現われ方をしたらしい――これまでの会話から、一輝もそれくらいは理解していた。

 呼ばれてもいないのに現われた異世界人。しかも、聖堂――召喚機の内部で雷光を捻じ曲げた力は、超常の力を持つアルドとやらを擁するミトラからしても、珍しく、まだその正体が知れないものだという。

 敵対する「チート転生者」とやらがいる状況で、組織の内部に亀裂の元になりかねない毒を招きたくないというのは、まあなんとなくは分かる。


「……どの道、スピカさんがやらなければぁ、似たような能力者が同じことをやりますぅ」

「それで、先生は私を?」

「そうですよぅ。スピカさんは若年ですけどミトラでも稀なほどの能力者ですし――それに、できるだけ相手に負担をかけないよう気遣いも出来ると思ってぇ」

「……でも、だからってこんな」

「あの」


 一輝の声に、二人とも言葉を止めて振り返った。


「いいですよ、別に。危なくないっていうなら、俺自身、自分にかかる疑念を晴らしておいたほうがいいでしょうし」

「一輝さん……」


 しばし、スピカは美しい鳶色の瞳を彷徨わせた後、決心したように手を伸ばし、一輝の手の平に重ねた。


「誰だって人に内面をどれこれ構わず見られるのは、苦痛を伴います。……できる限り、速く済ませますから」

「うん、そうしてもらえるとありがたいよ」

「じゃあ――」


 スピカは重ねた手に少しばかり力を込めて、囁いた。


「いきますよ」




 特に前触れは何もなかった。

 ただ、瞬時に、意識全体が、震えた。普段ないはずのものがそこにいるということが、強すぎるほどに鮮烈に、感じられた。

 意識が二重化しているのに、その片方だけが自分からは見えない――そんな感覚だった。


(これは、確かに)


 慣れてないと、ひどく驚くかもしれない、と考えて、一輝は身震いした。既に現実の音や色は遠く、ただ自身の意識に起きた変化の嵐に集中していた。

 意識していること、していないこと。

 記憶していること。思い出せることと、そうでないこと。

 十六年間で抱えてきた、感情と思考の積み重ね。

 それら何もかもが、スキャンでもされるように探査され、確認され、精査されているのだと、直感できた。

 ただ、そこまで深くはない。ただ、一輝自身のうちにミトラへ害するなにかがないかどうかだけを、調べている。


『一輝さんは』


 突如、声が聞こえた。スピカの声が、意識の内側に直接響いていた。


『どこか別の場所に――異世界に生きたいと願ったことはありますか?』


 訊かれて、答えはすぐに出た。


(ない、な)

『本当に?』

(異世界なんて、現実にあると思ってなかったんだ。いきたいもなにも、そんな場所にいけるだなんて、そんなことがあるとは思ってなかった)

『……本当に、ありませんでしたか? どこか、別の場所へ、強い願いを抱いてはいませんでしたか?』

(そんなものは――)


 なかった、と繰り返そうとして、何かが引っかかった。

 引っかかった? なにに? 当然、決まっている。心に、だ。

 引っかかれば、当然思い浮かぶ。浮かんで、現われる。


(ああ――)


 声にならない声を心の中で一輝は上げていた。

 誰かが手を伸ばした。心に重なった誰かが。スピカの精神探査が、心に浮かんだそれに触れた。

 どこかで誰かの悲鳴が聞こえたような気がした。それはもしかしたら、一輝自身の悲鳴だった。

  

 幾つかの光景が、意識のうちで弾けた。長い髪。鋭い視線。白い肌。

 全ての光景に、一人の少女が重なっていた。


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