4 異世界転生者たち
奇妙奇怪な格好はともかく、マリーチャが最初に一輝に尋ねたのは、至極まともなことだった。つまり、ここに至った経緯と、一体何処の誰なのか、ということである。
返答には、どうしたものかと少しばかり迷ったものの、一輝はスピカに話したのと同じように、ありのままを言うことにした。
――自分は地球という星のある世界の、日本という国の学生で、十六歳である。ここが何処だか知らない。何がどうなったのかもよく分からない。ただ、不思議な声に引っ張られるようにどこかに移動させられ、気づけばあの塔の下の建物にいた……そんなところを簡潔に話す。
話しながら一輝は、さほど広くはない部屋の壁に意識を少しばかり配っていた。不審者の、それも重要な施設への闖入者の取調べだ。恐らく、自分の話を聞いているのはマリーチャだけではないだろう――何か、別室でこの場所の音を拾って聞いたり様子を見たりするような構造があるかもしれない――などと。
「……大体事情は、分かりましたぁ」
「分かるんですか」
「いえまあ、一輝さんが聞いたという声や、不思議な意識の変化なんかはまだはっきりはしませんけれど、経緯は呑みこめたという事ですー」
「さいですか……」
このマリーチャ先生とやらも、「異世界か何かからの来訪」という一輝の話を、拒否するでも馬鹿にするでもなく、受け入れてしまっている。
(常識が、異なるのか――?)
考える。と、そんな一輝の内心を表情から読み取ってみせたのか、マリーチャがひとつこほんと喉を鳴らしてから、改まった口調で話し始める。
「一輝さん、あなたがどういう異変に巻き込まれてどんな原理でここまで来たのかは、よくは分かりませんー。けれどもぉ、私たちにとって異世界からの来訪者はですね、見慣れたものなんですよぅ」
「異世界からの来訪者?」
「ええそうです異世界からの。数百年前までは、いなかったらしいんですけどねぇ……」
目を一度閉じて、僅かに考え込んでから、マリーチャはすっと短く息を吸った。
「そうですねぇ、分かりやすいところから、順を追って説明しますよぅ」
*
「この世界はラストリエールという名で呼ばれています。――とはいっても正確には世界自体は単に世界と呼ばれているだけで、ラストリエールはこの惑星の名前なんですが」
「惑星ってことは……宇宙や天体やってものが存在して認知されているってことですか?」
「その通りですぅ。一輝さんの世界もそうだったんですねぇ。話が早くて助かります。それでですねー、ラストリエールにはそれなりの長さの歴史があるんですが――」
間延びした話し方で、しかしそれなりに上手く要点をまとめて話していく。
内容をまとめてみれば、そこまで複雑な話でもなかった。
基本的な世界構造は、どうやら地球とさほど変わらないらしい。ラストリエールにも歴史と文明と進化と国家が存在し、人が暮らし、動植物その他と共生している。
大体ではあるものの、ラストリエールの歴史は、詳しくそれが社会によって記録され始めてから、千年以上経つらしい。特にどうというでもない、歴史だった。文化文明と社会構造の発達、国家の生成霧散と衝突。
ただ、数百年前から、時折奇妙な存在が、世界に現われ始めた。
「それが、今で言う『チート転生者』だとされていますー」
「チート……転生者?」
単語の意味は、一輝にも理解できた(どうして異世界で言葉が分かるのかはおいておくとして)。だが、それが意味するところは――彼は眉を寄せて、マリーチャの言葉の続きを待った。
「チート転生者というのはぁ、ある世界から別世界に、世界間移動して新たな生を受ける者たちのことですぅ」
とん、とテーブルの天板に指をつけて、彼女は一輝と視線を合わせる。
「一輝さん、一輝さんの世界では、人が死んだ後どうなるかって解明されていたり、世界的な統一見解があったりはしましたかぁ?」
突然訊かれて、しばし考えた後、一輝は答えた。
「いや……特にそういうのは、無かったですね。科学的な解明は全然でしたし、宗教・思想・哲学的議論もまちまちでしたし」
「そうですかぁ。この世界でも同じようなものなんですよー、実は。でもちょっとだけ、分かってることもあります」
「それは?」
「つまり、人間には非物理的な存在の側面があって、物理的身体の死を迎えた後も、それが存続することがあるらしいってことです」
なにやらいきなり話が抹香臭くなった気がして、思わず一輝は苦笑した。マリーチャはそれを見て、こちらも苦笑したようだった。
「胡散臭いですよねぇ。でも、それを信じざるを得ない現象が、起きてしまっているんです。ずっと昔――数百年も前から。その証拠の一つが、チート転生者なんですけどぉ」
慣れた口調で、彼女はすらすらと説明を続けていく。
数百年前より、時折現われる、奇妙な人間。
彼らは、赤子でありながら異様に高い知能を有していたり、当時のラストリエールに存在しない文化・文明・技術・科学などの概念や詳細な情報をいくつも身の内に宿していたり、数十年間分の未来を細かく予測して全て当ててみせたり――あるいは、物理法則を無視して空を飛び回り、空間を超越して移動してみせ、広大な平原を瞬く間に火の海に変え、巨大な竜巻を起こし集落を丸ごと吹き飛ばしてみせたり――他にも、肉体的損傷を無化する、時間を逆行する、等々、異様な知識・情報をもっていたり、魔法に等しい現象を起こすことのできる人物だった。そうした人物が、稀に現れたという。
彼らは時に預言者や神の依代、精霊などと同一視されて崇拝され、また時には悪魔・悪鬼などとして恐れられた。
その上で、彼らのうち何割かは、自分が「前世の記憶」を有していると主張した。信じる者も疑う者も両方いたが、彼らが自身の奇跡のような知識や力、あるいは前世の記憶の継承について、「前世から現世に転生した際に与えられたものだ」と語るに至り、次第にラストリエールの人々は、この奇妙な人々を転生者と呼び始めた。
「生まれて、生きていた世界で、何かを強く願い、想いながら死ぬと、その願いを拾い上げて、その人にもう一度生を与えるんですよぅ。そうして与えられるのが、超常の力――私たちが『チート』と呼ぶ異能だとされていますぅ」
「ちょっと待った、『与える』って、誰が?」
「便宜的に、ミトラはそれを『神々』と呼んでいます」
「神様?」
素っ頓狂な声がでてしまう。マリーチャはすぐに、「あ、いえ、違うんですよぅ?」と付け加える。
「勿論、それが本当の神様なんて皆思ってないんですぅ。一部の宗教ではこの呼び名を不敬だと怒ってたりしますし。ただ、便宜的な呼び名です。正体が、よく分からないんですよぅ、ミトラの研究でも、まだあんまり。ただ、超常の力を与えて他世界に生きていた人間を、別世界にその魂――かなにか――として移動させて、新しく生まれ変わらせるなんてとんでもないことを行う存在に、分かりやすい名前だから使われているんですぅ」
「なるほど……まあ、分かるような分からんような」
「分かってあげてくださいぃぃ……まあともかく、これが、私たちが異世界人というものを既に了解してる、その経緯なんですぅ」
「ちょっと待って下さい」
疑問に思って、一輝は顔を上げた。
「要は、なんだか異常な力や知識を有している人間がいて、彼ら彼女らが『異世界からの転生者』を自称したわけですよね。それだけで、皆、異世界だとか転生だとかを、普通に信じているんですか?」
そんなわけねえだろ、と思う者が多くいてもよさそうだが、と思いそんな言葉を一輝がぶつけると、マリーチャは小さく首を振って「それだけ、じゃないんですぅ」とそれに応じた。
「実際にですねぇ、観測されてしまっているんですよぅ。その上、利用までされているんですからぁ」
「? 何がですか?」
「神々、ですよぉ」




