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   38 割りと尖ったところもある

 即座に一輝は筋肉男からチートを引っ張った。イメージの中で意志の力を鞭のようにしならせて異能の力を打つ。


「おぉ?」


 戸惑う声までがでかいその男に、一輝は迷わず肉薄した。


「お前が一番くみし易い! 気がする!」


 だって筋肉ってそういうものじゃん、と内心で良く分からない言葉を思い浮かべながら。

 この状況でまずもって厄介なのは操り女だった。急速に遠ざかり姿も見えなくなっており、チートの力を追うことが難しい。チート操作の力はその主を意識しなければ上手く使えないのだ、と今更ながらに当たり前のような当たり前でないようなそんなことを一輝は認識していた。

 とにかく、一刻も早く状況を好転させなければ腕が折れる。


「っよ! っと」


 筋肉――身体のでたらめな強化のチートを奪い、勝手に動こうとする左手を抑える右手に力を込める。

 その上で敵に駆け寄りながら出鱈目な筋力で爪先を躍らせる。


「ウラァ!」


 掛け声と共に、筋肉男の脇腹を狙う。男は腕でガードしようとしたが、チートを奪われた状態で強化された一輝の蹴りの一撃は重すぎたらしい。呻きを上げて後退する。


(確かに、下品な声が出るな)


 思いながら、一輝は追撃しようとさらに踏み出す。出鱈目な強化による身体機能の増大は諸刃の剣で、素早く振るった足は筋を痛めかけたらしく嫌な感触があちこちに湧き始めていた。


「やるじゃねぇか! あーくそ、いてぇな」


 男が呑気に呟く。かなりの力で蹴られたはずだったが、身に着けた漫画のような筋肉の群は伊達ではないらしい。

 続けざまに放ったフェイントからの回し蹴りは、あっさりとかわされることとなった。強化された身体から繰り出される一撃は一輝自身驚くほどの早さだったが、相手は的確に筋を見極め最小限の動きでそれを無効化する。


「なっちゃねぇなァ」


 笑って、筋肉男は囁いた。


(同じチートを使っても習熟度の差は埋められない、か?)


 悟って、一輝はしかし構わずに脚を繰り返し振るう。素人の単調な動きが敵の表情にますます余裕を作り、やがて反撃の機会を与える。


「だるいんだよ、いい加減」


 かわしたけり足を小さく肘で弾き、体勢を崩した一輝に男が拳を打ち込もうと身を乗り出す――そこを狙って、一輝は身体をしならせ、姿勢を大きく変えた。相手の下方にもぐりこむように膝を曲げ頭を低くし、同時に最適なタイミングで相手の軸足の脆い部分に踵を叩き込む。

 先ほどまでの動きから一転し、どこまでも合理的で素早く、正確な動きだった。スピカのチートを拝借し、急激な情報流の中で一輝は動きの質を変えていた。

 くぐもった悲鳴を上げてよろめく男に、さらにスピカが肉薄した。入れ替わりに飛び退く一輝の横すれすれを通り過ぎて、男に腕を伸ばし――一輝以上に的確に相手の弱点を打つ。

 上手く意表をつかれたところからスピカに連打を受け、しかし男はまだ僅かに余裕を保っていた。驚くべきタフネスぶりで、口元から荒い息をこぼしつつ声を上げる。


「いくらやられたって――お前らモヤシの手足じゃさして堪えねぇ、よ!」


 その声に一輝は一つ頷いて、その場に屈みこんだ。


「俺をぶん殴って昏倒させるまで後どのくらいかかる? この鍛え抜かれた肉体を打ち抜くまでに! その間にお前らなんぞ仲間が――」

「よし。じゃ石だ」


 呟き、夜の暗さの中さっと地面に視線を落とし、目的のものを見つけて拾い上げ、スピカに投げ渡す。


「え、いやちょっと」


 渡したのは、言葉通り石ころだった。握りやすいサイズで割りと尖ったところもあるような。

 戸惑うスピカの向こうで男も同じように戸惑っていたが、構わず一輝は神妙な顔を作って告げた。


「大丈夫、正義の行いだから」

「うーん……まあいいか……」


 あっさり頷くスピカに「いやお前らそういうカルト的暴論と納得は良くない――」

と言いかけた男はそのままごづりと殴られて見事に一撃で昏倒する。


「よし、さっさと他のチート転生者を――」


 いいながら駆け出そうとして。

 一輝は、悪寒と共に動かし始めた足を引っ込めた。

 何を予想したのか、あるいは何故予感できたのか。一つも理解できないままに、しかし一輝は自分の行動が正解だったと直観した。

 脚を引いたその空間が、奇妙な色に塗りつぶされていた。数十センチほどの直径の円形に。


(いや、違う)


 すぐに認識の誤りを意識する。黒くぽっかりと、その下の地面の色や形を塗りつぶすように出現したそれは、塗っているのではない。開いているのだ。


「スピカ――」


 警句を発しようとして、それよりも早く一輝は喉を詰まらせた。穴から瞬時にして人影が現われ、腕を伸ばして一輝の首元を掴んでいた。


「モート・ダリット!」


 スピカの声が空気を揺らす。

 現われたのは、褐色の髪をかすかになびかせた、三十ほどの男だった。モート・ダリット。アムルタート・チートサークルの――アルドワヒシュトの敵。その中でも過激な一派に属する男。

 そこまで一気に考えると同時に、一輝の視界が滅茶苦茶に揺れ、回転した。投げ飛ばされたのだと自覚する頃には、咄嗟に飛び出したスピカがモートに飛び掛っていた。

 接近戦においてスピカの幼く細い身体はお世辞にも強いとはいえなかったが、彼女にはチートによる高度かつ常識を無視した情報の収集と解析の能力がある。精密な動作も相手の動きの予測も弱点の見極めも、まともな人間ならば相手にならないレベルで行うことが出来る。

 だが、モートは街で出会ったときと同じように、彼女を相手にして押されること無く、むしろ余裕をもって対応していた。空間操作を補助的に使用し、スピカの動きを制限し、牽制しながら堅実に責めていく。

 スピカの情報への親和性は驚異的に高いが、それでも限界はある。惑星大の量子コンピューターの処理能力をそのまま持った人間というのはその時点で意識が変質する。人間が人間のまま処理できる情報がどれほどのものか、一輝には推し量ることしか出来ないが、ようは、スピカも敵が手練のチート使いであり戦闘慣れした者であれば追い込まれるということだ。

 体のあちこちに痛みを感じつつ、一輝は立ち上がろうともがいた。投げ飛ばされ地面に転がされたダメージは軽くは無かったが、幸いにも脚や腰が折れたり頭が割れたりといったことはなさそうだった。

 が、動き出してすぐに激痛を覚え、小さく悲鳴を漏らす。操られた左腕が、軋みを上げていた。動きを抑えていた逆の手が投げられた拍子に離れ、その隙にとうとうまずい段階にまで、力がかかっていた。

 咄嗟に左手で押さえ込もうとするが、それより早く鋭い痛みが、それより大きな痛みの予兆として右腕を駆け抜けた。


「ああ――」


 自覚して、声を漏らす。


(これは、折れるな……)


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