36 皺と角質の神様
実際に襲撃者が何者かなど、分かったものではない――が、チートでしかありえないような攻撃を受けたアルドの身としては、敵として想定できるのはサークルの人間しかありえない。
「狙撃……多分、それほど大きくない質量をバカみたいに加速させて打ち出してる……多分、そこまで大きなものはこない、と思うけれど」
一輝はめまぐるしく起こった変化に眩暈を覚えつつも、攻撃の来た方を見てそう説明した。一輝にとって他者のチートは、自らの血肉も同然だった。見れば、そこにあれば、存在を感じられれば、正体も構造も判然とする。が、いかんせん今の状況では遠すぎた。曖昧にしか理解できない。
どうすればいい、と判断がつかず惑う一輝が次の声を上げるより先に、別の声が皆の耳を打った。
「フェーリス! 私と!」
一瞬、誰の声かわからないほどに鋭い声ではあった。落ち着いてみれば、それはマリーチャの声だった。普段からは考えがたいほどに鋭さを身にまとった彼女は、飛ぶように声と共に駆け出している。
「ほいさ」
それに応えて、フェーリスが――こちらはまさに人間離れした速度で走り出す。よく見れば、彼女はへそ丸出しの丈の短いシャツと下着しか身に着けていない。
そのまま外に出ればまるきりアレな人だが、躊躇い無く遠ざかる彼女にスピカが「だから、どうして服を着ないのフェリ」と一人呟いているが誰も気にしない。
「私たち三人は退路を。上手くいくようなら私は二人の支援に向かいます」
アリーシャが四神霊を宙に浮かばせながらいう。こちらはきちんと、やや古風な洋風の寝巻きを纏っていた。
『ぐへへ、血じゃ、血祭りじゃ』
『オジキィ、組んチャカァ、今使うときじゃけぇの』
『ハイ、私プリンセス・ポプキー、素手で腎臓を掴みとるのがとっても好きよ』
『好きな言葉ですが? ええとぉ、国境付近、武装、寒村、略奪、とかですかねぇ』
輝きを放つ四つの球体が浮遊し、好き勝手な声を上げている。
と、横合いから出し抜けに強く地を踏む音が響く。
「一輝さん!」
気づいたスピカが声を上げる。
見れば、痩身の男が一人、先ほどのフェーリスほどではないものの恐ろしい勢いで飛び込んできていた。咄嗟に一輝は両腕を突き出して身体を庇う――が、それより前に、神霊たちが動き出した。
炎の色を燈した球体――ワリャリョが男の進路を遮るように飛来し、そのまま突っ込む。
『死亡推定時刻とか分からん刑事泣かせの死体にしてやろうじゃんか』
妙に機嫌のよさそうな声と共に、ワリャリョはその光を一瞬強めたかと思うと、莫大な熱と炎を噴出した。凄まじい熱が放射され、近くの地面が溶解し飴色に輝く。
男は咄嗟に反応し身を翻していた。間に合うタイミングではない、はずだったが、男の動作は誰に予測をも裏切り、瞬間移動でもしたかのようにその全身が瞬き、その瞬きに合わせて時間を飛ばしたように大きく移動していた。
風のアネモイが続けざまに真空波を打ち出し衝撃で広範囲をなぎ払い、更に水のパリアカカがどういう原理か強く圧のかかった細いウォータージェットで点射するが、そのいずれも男には致命打とならない。
「あいつ――」
炎の熱に押されるように後ずさりながら、一輝は呻く。
「時間を折りたたんで飛ばしてる! 近づかれたらまずい」
見極めて、伝える。スピカとアリーシャが視線で一輝に理解を伝え、改めて敵に向き直る。敵はチートによって時間を圧縮し、飛ばし飛ばしに通常の時間軸に復帰している。接近されれば防御のしようが無い。こちらが認識できない時間の中で拳をつきこまれることになる。
一輝の声を聞いたアリーシャが敵を牽制し、時間を稼ぐ。敵の男は一時にあまり多くの時間を飛ばせないらしく、急に迫ってくることはない。だがアリーシャのほうも攻撃を当てられず、膠着状態となる。
さっと横目に、一輝は駆け出していったフェーリスたちのほうを見やった。甲高い音と轟音が立て続けに響き、大規模に土や木片が舞っている――物質を高速投射するチートの攻撃が続くその中を、フェーリスは真っ直ぐ投射元へと向かっていた。迷いが全く無い。
空気を切裂き破裂させる音が響き、またも一条、石が高速で空間を貫く。その直線状をフェーリスは全くぶれることなく走り続ける。胸の当たりを貫かれる一瞬だけその肉体を意識ごと希薄化する。
タイミングを合わせて、マリーチャが両腕を突き出した。空気が、光が、空間が歪み、重力場が本来ありえない挙動を見せる。彼女の足元の土が舞い上がった、かと思うと、ずん、と音を立てて数十センチほど凹む。小規模なクレーターのようになったその場から、土を抉り空気を押しのけ、重力波がまるで巨大な不可視の帯のように撃ち出される。
破壊が一瞬で先の投射攻撃を逆になぞるように伸びていき、希薄化したフェーリスを巻き込みつつ敵がいると思しき地点にまで届いていく。
爆音が耳だけでなく身体全体を揺らす。
(ちょっとこれは、なんていうか)
一輝は近くに視線を戻して、胸中で呻いた。
チート能力というものは、尋常ではない。当たり前のことだが、その威力の炸裂をここまで大きな規模で連続してみていると、気がおかしくなりそうではあった。
(できること……も、それほど無い、か)
判断する。チート同士の戦いは大威力と常識無視物理法則無視が飛び交う怪獣大決戦だ。素人が援護することは容易い話ではない。
苦し紛れに、後退しようと振り向く。
と、そこにもいつの間にか、人影が現われていた。先の男と対照的に、気配を殺したまま接近したのだろう。静かに一人、女が佇んでいた。
病的に色が白く、頬骨を始め全身の骨が浮きまくったがりがりの女だ。ところどころ茶や黄に汚れた白衣のようなものを着ており、両手の先には細く平たく短い刃物を携えている。
彼女は一輝の視線に自らの視線を合わせると、ふるふると小さく震えながら天を仰いで掠れきった高い声を喉から搾り出した。
「ああ……親愛なる皺と角質の神様、私は元気ですし私の肘膝に浮かぶ合計四つの顔っぽいあざっぽいやっぱり顔なやつも、元気にぼそぼそ呻いています……」
ひたすらにやつれた頬を緩ませ嬉しそうにケタケタと笑い、彼女は続けた。
「違うんですよぅ、私だけの想像じゃないんです。お医者さんは皆嘘つきです、薬は減らしたほうが……ほら、色とりどりでとっても世の中綺麗に見えるじゃないですかぁ」
「時々最近思うんだけど、チート能力者って人格的にどっか問題がなきゃいけないとかそういうルールあるのかな」
本気で引きつつ一輝が呟くと、女は手に持ったメスのような刃物を突然手首だけで投げ放った。さほどの勢いでもなかったので腕で叩き落とす。軽く手の甲に傷が走り、一輝は顔をしかめた。
「一輝さん、下がってください!」
庇うようにスピカが振り返り、一輝の前に出ようとする。
そのスピカに向かって一輝は、何の意識も無く、腕を伸ばしていた。
「あ」
思わず声が漏れた。




