34 田舎だわー
「実際には、そこまで長閑一辺な感じでもないんですけどね」
一輝の言葉を聞きつけて、アリーシャが反応した。
「最期の大きな戦争は半世紀以上前ですけど、今現在国家間の争いが無いわけでもないですし」
「ああ……」
一般教養の講義の一部を思い出しつつ、声を吐く。
「現在はチート転生者が何をおいても危険ですから……そのお陰といえば皮肉ですが、転生者という敵に利する仲間割れが抑えられている、といったところでしょうか」
「転生者は、それほど世界中に?」
「正確な数はわかりませんが、それなりに大規模な集団だとされています。それでも一国の軍事力に対して考えれば少数でしょうけれど、なにせチート転生者ですから、一人一人が下手をすれば小国なんて崩し滅ぼしかねません」
アリーシャの言葉に、一輝はこれまでに出会ったチート能力をざっと脳裏に描き並べてみる。個人としての戦闘力を底上げするものから、使いようによっては大規模な情報操作や要人暗殺などを容易く行えてしまうもの、常人には防ぎようの無い巨大な暴力を現出させるものまで、その規模は様々だが――確かに危険極まりない。
「多くは、このアシュラマに潜伏しているといわれています」
「それは、ミトラが、アルドが存在する中枢だから?」
「そうかもしれません。大召喚機はチート転生者に比べて比較的自由に戦力を増強できるアルド側の強みにして、同時にそこを抑えられれば負けが見える急所ですから。ただ、実際のところは……」
分からないことが多いんです、とアリーシャは小声で言った。チート転生者の行動原理、狙い。初めはただ欲望のままに好き勝手していた転生者が、アルドに対抗して集団を作ってから、そのグループとして何を目指しているのか。ただアルドを滅ぼして自由を得たいだけなのか。
(『誰もがしたいと思っていること』)
咄嗟に思い浮かぶのは、モート・ダリットの口から聞かされた言葉だった。
つまりは――幸福さ、人生万事幸せに。
転生者たちに狙いがあるなら、目的があるなら、その目的と、彼らがアシュラマに多く潜伏することには関係があるのか。
今回の調査は何か関係あるのだろうか。チートに、転生に、転移に。
首を振って、一輝はいつの間にか凝り固まっていた肩をほぐした。考えてもわからないことを悩むだけで考えた気になるのは悪い癖だった。「お揉みしましょうか?」と気遣うアリーシャに遠慮を示しつつ、一輝は座席に深く座りなおして目を閉じた。
「おーれは強い、村一番の尺側手根伸筋の持ち主だぁ~へへへ、おめぇさんの腸頸靭帯が欲しかったんだおらぁ」
相も変わらず呑気なドロレスの歌(?)声だけが、思考に沈む一輝たちと無関係に、長閑な景色に広がり続けていた。
*
丸一日半ほどかけて辿り着いたのは、山々に囲まれた、小さな盆地のような場所だった。色の濃い緑が土を多い、ところどころ湿地のようになっている土地に、まばらに木々が立っている。
一応街道らしきものは整備されていたが、石や木で作られた道はところどころ壊れたままに放置され風化しつつある。
辺境、といった単語がそのままよく似合いそうな土地だった。
途中立ち寄った小さな街で一泊し、さらに山間を超えてこの盆地に辿り着いてから小さな集落に立ち寄り今夜の宿の部屋を取った上で、一輝たちは盆地のある一点に向かっていた。
農地として開発すらされていない土地の中に時折古い石造りの建物の残骸、名残のようなものが残っている。不細工な墓標にも見えなくは無いそれらのうち一つの近くで、一輝たちは馬車を停め地に降り立っていた。
ミトラが情報としてマリーチャ・クラスにわたした地点は、その辺りだった。
「なーんもないなー。田舎だわー」
ドロレスが逃げ馬を逃げないよう適当な木に繋いでから、そう零した。言葉はあんまりといえばあんまりだったが、その通りでもあった。
見渡す限り、平野とそれを囲む山々が見えるばかりの土地である。わざわざ調査に出張ってきた目的地としてはなんとも平凡に過ぎる感は否めない。
が――
「何か……変じゃないでしょうか……?」
到着してからさほど経たずして、スピカが呟いた。彼女は盆地の緩い風に細い髪を揺らしながら、中空のある一点を見つめていた。目を細め、何か遠くのものを見ようとするように難しい顔をしていた。
彼女の視線を追って、一輝もまたそちらに目を向けた。崩れた石壁の跡らしい、いくらか高さのある石材の塊の上辺り――特に何も存在しない、はずの、空中を視界に入れる。
「なんだ……?」
その途端に不思議な感覚を覚えて、一輝は戸惑った。目に見えているのは特に変化の無い景色でしかない。そのはずが――、
(おかしい)
と思わざるを得ない、奇妙な強い違和感をもたらしてくる。
「きっと、それですねぇ」
スピカの傍らに寄り添うように立ち、マリーチャが言った。
「報告にあった通り。見つかってよかったですよぅ」
言いながら、彼女もまた同じ場所に視線を縫いとめられている。
当たり前であるはずが、何かがほころんでいる。致命的にずれているというべきか、あるいは違和感が交差しているというべきか。
(水に油をたらしたのを見てるみたいな……)
よく分からない例えを思いつき、一輝は首を傾げた。
「これ、大召喚機の駆動時に似てないかな」
一輝の背後から言ったのは、フェーリスである。
「何度か召喚の儀って警備したことあるけど、あれにそっくりな気がする」
爛々と輝く瞳をじっと向けて、彼女は顎に軽く人差し指を当てるようなポーズをとっていた。
「言われてみれば、確かに」
スピカが同意する。
「そうなの?」
一輝が訊くと、二人は揃って同時に頷いた。
「はい……召喚機に世界境面を開いて呼び込む……その時の感覚に、似ています」
驚いて呆けたような表情で、スピカは呟いていた。
――見た目には何も変わっていないのに、そこが何か絶対におかしいのではないかと思えてならない。違和感が認識の底の辺りをひっかき、歪みを感じさせる。
そうした感覚が、『召喚』を行う際の大召喚機内部には、生じるのだと、スピカは続けて一輝に説明した。今ある感覚は、それに近いのだと。
「調べて、解析してみます」
きゅっと瞳の芯を絞り、スピカはチートを駆動させる。目の前の光景と現象を見つめ、情報として捉え知覚できるものを凄まじい細やかさで捉え、一つ一つ処理していく。
フェーリスが荷物の中から下敷きのような薄い板材と綺麗な紙束、それに筆記具を渡すと、スピカは板の上に紙を広げ素早く何かを書き綴り始める。
(情報の出力)
彼女の行っていることを一瞬で一輝は察知していた。捉え解析した情報を、他者が閲覧可能な形に出力しているのだ。直接情報を他者に送り込むことの出来る彼女だが、今回の任務はミトラ本部に情報を持ち帰ることであるため、そうした形をとっているのだろう。
ちらりと手元を覗き込むが、スピカが書いている字列と時々挟まれる幾何学的図形や数式のようなものは、一輝には意味不明を通り越して何かの冗談のようだった。恐らくスピカ自身もチートに頼らなければ意味をとれない代物だと一輝は考え、改めて「違和感」へと目を向けた。
世界を切り開き異世界へ繋ぐ大召喚機の駆動。それと同じ感覚だというなら、これは――
「怖い話かもね」
ぽつりとドロレスが囁いた。誰もがその声に、軽い言葉や相槌を返せずに沈黙する。
世界を繋ぐ歪みは、他世界の、そして「神」と便宜的に呼称される存在への門となる。
チート転生者は、何らかの力によって世界を渡る。一輝もまた、よく分からない力に誘われて世界間を移動した。
召喚機ではない超常的な力による世界の接続の痕跡なのか、あるいはそれ以外の、全く異なる何かの跡なのか。
じっとスピカの仕事を皆で待ちながら、一輝は手持ち無沙汰に、そんなことを考えていた。




