32 要請
(結局)
と、仰向けに寝台の上に寝転がって、天井を見上げながら一輝は心の中で呟いた。
(何がどうなってるか分からないことより、何かをどうにかしようって明確にそう思うための糸口が見つからないのが……もやもやするんだろうな)
似合いもしない、格闘訓練の真似事などをフェーリスに頼んでまで行った理由を自問した結果として出てきたのは、そんな答えだった。
夜更け、寮の自室で寝転がって、あちこち痛む身体を意識している中で自然に考えはそこに行き着いた。
そもそもが、巻き込まれでしかないのだ。
気がついたら異世界。気がついたら異能が手の中に。気がついたら争いの只中に。
出鱈目な能力者たちの中で暮らしてきたはずのスピカですら、一輝の力……存在そのものを抉り取るようなあの現象を目にして、驚愕するしかなかった。見たことのない、なにか特異なチートではないのか、と。
突然の襲撃にしろ、自分の力にしろ、ひどく非日常的で重要な出来事の中に思い切り置かれているのに、危機感も問題意識もどこかずれてしまっている。
それは、異世界――地球の日本――にいた自分が本来持っていた問題意識、重要だと思う何事かとは異なる、異世界の問題だからだ。突然飛ばされてきて、巻き込まれただけで、チート転生者との戦いなどといった問題にすぐに熱中できるはずもない。
(ここの学園は異世界人ばかりだという話だったけど――そんな中でも、外れものだってことかな)
そう自覚する。チート転移者、アルドたちは基本的に、チート転生者の被害者だ。一輝自身はそうではない。
意図せず事故として立ち寄ってしまっただけの世界。そうであるからこそ、意識としては、自分の問題は自分の問題として、アルドの問題はアルドの問題として頭の中で分かたれてしまう。
(帰れれば、色々解決するのにな)
元の世界に帰ることが出来れば。スピカたちにおかしな迷惑をかけず、自分はまたもとの自分の立ち居地に戻れる。消えた昴の問題に悩みながら日々生活する立ち居地に。
なんにしろ自分は、馴染めていないのだ、と一輝はそう結論して息をついた。
スピカやフェーリスたちはひどく一輝を気にかけてくれるし、その他のアルドだって親交を深めつつある人間がいないわけではない。
そういった人間関係とは別なのだ。
部外者であること。
それが、馴染んでいないということの本質だった。それをどこかもどかしく思った結果が、慣れない戦闘訓練などというものを求めた理由かもしれなかった。
*
「どうにもぉ、おかしいんですよー」
相も変わらずまったり間延びした口調でマリーチャはそう切り出した。
スピカとの外出から一週間ほど経ったその日、彼女は早朝から一輝たちのクラス寮を訪ねてきていた。
寮のリビング、普段皆がくつろぐその共有空間には、いつもの住人全員――一輝にスピカにフェーリス、アリーシャにドロレスの五人だ――が揃い、その全員の視線を集めながら、マリーチャ・カーリーが窓際に立っている。
一輝はスピカと並んでソファに腰掛けて、皆と同じようにクラスの担当教官であるマリーチャのほうを向いていた。いつもと変わらぬ狂気に満ちたボンテージ・ファッションはこの日も正気を疑うセンス全開であったが、既に一輝もやや見慣れていた。
マリーチャは傍らに寮の備品らしいホワイトボードを立てて、そこに話の内容をいくつかまとめて書き記していた。ボードの筆記面のもっとも上には、『調査要請』とある。
「世界各地のアルド、民間出向員や巡回警戒メンバー、様々な筋から、奇妙な情報が寄せられているんです」
どす、っと音を立てて、マリーチャは手に持ったとげ付きメイスでボードを刺した。鋭いスパイクが思い切りボードに刺さっているが、まったくそのことを気に留めていない。
「……普通の教鞭だと脆いからなにか代わりはないかな、って考えた結果思いついたらしいです」
訝しげな表情の一輝に、疑問を察してスピカがコメントした。
「メイスが?」
「はい」
「ろくでもないなー、つくづく」
などと呟く間にも、マリーチャは話を進めている。
「情報によると、どうにも、世界のあちこちで奇妙な空間の捩れ、歪み、改変の痕跡が見つかっているみたいなんですよぅ」
「空間の、ですか」
なんとも漠然とした単語だ、といった感じで、アリーシャが小声でそう呟いた。
「ええ……なにせこれまで私も聞いたことが無かった話ですからぁ、どうにもぼんやりした説明になってしまうんですけど」
マリーチャ自身言葉通りやや疑問を感じているのは、表情や口調からなんとなく読み取ることができた。抜けた口調はいつものものだが、端々に迷うような色が見え隠れしていた。
「最初の報告があったのが、数ヶ月前。この時点ではミトラも重要視してなかったんです。確度の低い民間からの適当な情報提供だったってことですしー。ただ、この後も同じような報告が相次いで」
「それでとうとう、問題になった? 問題だとされるに至った?」
ドロレスの横槍に困ったような笑顔のままでマリーチャは頷いた。
「はいぃ。数も信憑性も無視できなくなったんですぅ」
「それって、チート転生者が単にこの世界に現われた痕跡とかじゃないの? 転生者って、もう何年もずっと数がやたら増えてるんでしょ?」
フェーリスが、だらりんとだらしなくソファーの端っこに寝転がりつつ言う。
チート転生者たち、ミトラの転移者、アルドと敵対する者たちの数は、フェーリスの言葉通り増えているのだという。一輝もそのあたりは基本的な情報程度ならば一般教養の講義で教えられていた。原因はいまだはっきりしないものの、転生者は増え続けている。それこそ、大召喚機によって数を増やせるアルドたちが未だに彼らを滅ぼせていないほどに、拡大を続けているのだ。
転生者がこの世界に転生する際に生じた痕跡ということならば、今に始まったことも出ない。
しかし、マリーチャはそれに対し首を横に振って見せた。
「これまでそうした痕跡は見つかっていません。いくつか研究もされていたはずですが、転生や召喚機による転移にそういう報告は無いんですぅ」
一息分、言葉を区切ってから、彼女は更に説明した。
「報告によれば、その『歪み』らしきものは視認できるレベルのものから探知・探査に適したチートによってはじめて感知されるものまでいろいろらしいんですがぁ、結局正体は不明のままなんですぅ」
一体何によって作られたものか。痕跡なのか、それとも予兆なのか。それすら謎のままだという。
「じゃあ」
と、背の高いイスに行儀悪く胡坐で座っていたドロレスが、声を上げる。
「街の外にでるのかな?」
首をかしげて、子供らしい輝きを多分に宿した瞳をくるりとマリーチャに向ける。
「ええ、そうなります」
答えて、マリーチャはメイスを手首で軽く回転させてボードの『調査要請』という見出しの文字に叩きつけた。めごしょ、とボードがひしゃげるが、全く気にしていないらしく、そのまま目を細めて笑顔で告げてくる。
「マリーチャ・クラスにも、要請がかかりましたぁ。明日から、この都市近郊のいくつかのポイントでこの『歪み』の調査を行うこととなります」
言葉によって、導かれるように。
室内の皆が、ほんの僅かにだけ、その空気を変えた。調査任務。アルドとしての。
「あの、俺に関しては――」
「勿論、一輝さんも、ですよぅ」
先読みして、マリーチャはそう答えた。




