31 不必要な斟酌
「構え、体捌き、呼吸、型、色々習うことはあるんだろうけど、私はそういう細かいの得意じゃないからさ」
普段と変わらずけろりと言ってのけながらも。
猛烈な勢いでフェーリスは一輝の元に飛び込みつつ、コンパクトに肩を揺らし、その一瞬後には綺麗な指を揃えた掌打を放っている。
咄嗟に身を逸らした一輝の肩口を衝撃が突き抜け、鈍い痛みが走る。痛みだけは無視して体勢を入れ替えながら反撃に出ようと腕を振るうが、中途半端なところであっさりと肘を払われて崩される。
「教えられるのは、躊躇しないこと、いちいち考えないこと、何より、勝手に重ねて想像しないこと」
がむしゃらに反対の腕を体の前に突き出した一輝に、フェーリスは言葉と共に身を低くして彼の腰と足の数箇所をほとんど同時に打ち抜いた。異様な速さで、さほど力も重みも乗ってはいなかったが、馬鹿みたいにあっさりと一輝は転倒した。
(やられる!)
的確な打撃が関節や筋を一瞬ひるませて盛大に転ばされたのだ――ということを理解しつつ焦燥感にかられて覚悟と共に目を開けると、フェーリスは数歩分距離を開けてただ立っていた。
具合を確かめながら自らも立ち上がり、言葉を返す。
「勝手に重ねるって?」
「相手の都合を、自分の基準に重ねて想像しないってこと。殴っても蹴っても、折っても裂いても砕いても、油断すると慣れてない頃はすぐに自分基準で想像しちゃうんだよ」
痛み、構造的損傷、精神的ひるみ。
相手がどんな状況にいるか、どんな状態にあるか。
「これだけやればいいだろう。もう戦えないだろう。そんな感じで。でも言うまでも無く素人の見立てなんて意味ないし、チート転生者が相手なら常識なんて通用しない」
とん、と小動物が跳躍するような軽く柔らかい音だけを残して、フェーリスはまたも間合いを詰める。
「これならいけるだろう。これは当たるだろう。これは見えないだろう。予測や計画はいいけれど、いざ拳を打ち付けあうその最中にあって逐次勝手に『判断』しちゃうのは、有害だよ」
右腕を鞭のように振るい、一輝の左側面から打ちつけようとしたかと思うと、その途中で軌道を変えて胴体下方からの突きへと転じる。
一輝はタイミングを合わせて手首を掴み押し留める――が、フェーリスは全身の捻りを利用して勢いを腕に乗せてあっさりと掴まれた腕ごと一輝を跳ね飛ばすように押し、跳ね除けた。
体格に劣る少女に腕一本で弾き飛ばされて、床に転がる。すぐに立ち上がると、また、フェーリスは距離を開けて自然な体勢で立っている。
「大事なのは、勝手に流れにノること。自分勝手にどんどんノってくってことは、最終的には流れそのものを作ってくってことだから……下手ッぴな言い方でごめんなんだけれど、分かるかな?」
「分かるよ」
突かれた腹に鈍く淡い痛みを感じながら、一輝は答えた。フェーリスの動きには不必要な斟酌――勝手に自分の都合で相手を計ったつもりになるところ――がない。
「そっか。良かった。一輝はさ、なんか、天然ジゴロみたいなところ、あるじゃん?」
「それは断じてないと思うけど」
「意識しなくても他人のことをさっと読みとっていくっていうかさ。その上で無意識に優しくしようとしたり」
「なんだそれ」
今度は本気で分からず一輝が首をひねると、フェーリスはおかしそうに喉の奥でくっくと笑い声を鳴らして見せた。
「まあ、あとは動きながら、ね?」
「ああ」
三度、身を躍らせ迫ってくるフェーリスに、一輝は意識を固め、同時に拳を固めた。
次の瞬間には、力んで構えすぎた隙を突かれて即行で足を払われ同時に腕をつかまれ投げ飛ばされて、仰向けに転がり天井を仰ぐことになった。




