30 一輝・ザ・グレートプレデター
「ィィイイイイイイエッハアアアアアァァァァァ! どんぼすぼすどぅぶどんぷっはっどん! 涎垂らした狂犬紛いの野郎共! 出血骨折フェチのアバズレ女共ォ! とうとうこの時がやってきたぜえ! 吼えろ! 無意味に跳び上がれ! 肺と心臓と土踏まず辺りに無駄に負荷をかけろ!」
意味も用途も由来も不明な謎のボイス・パーカッション(?)もどきを混ぜ込みつつ、狂気じみたテンションで少女が叫ぶ。一体どういう原理か、声は少女の口元に立てられた金属管を伝わって広い室内全体へと増幅され伝達され、びりびりと空気を震わせていた。
うおおお、とどことなく頭の悪そうな地響きにも似た歓声やらなにやらが一斉に上がり、更にクラッカーのものらしき乾いた破裂音がそれに続く。
「命と命のぶつかり合い! 驚天動地の果し合いにして宿怨満ち満ちた末の世界の大決闘! 第百二十二回! 大深淵煉獄武闘会、極限地獄電撃金網火炎水中無酸素靭帯断裂縛りデスマッチ! 凄惨な歴史の一幕の生き証人となる覚悟は出来たか、お前たちィィイ!」
叫んでいるのは、ドロレスだった。ピンク色の髪を振り乱しながら、幼く小さな身体の一体何処からそんな大音声が出るのか、観衆を圧倒する怒涛の勢いで口上を上げている。
『司会進行解説兼胴元』と書かれたたすきを胸にかけて、彼女は粗末な折りたたみ式のテーブルに置かれた伝声管を握り締めている。
そんなドロレスを尻目に。
一輝は、何ともいえない心地で、とりあえずは目の前に立つ少女――フェーリス・ラランドから眼を離さずにいた。
彼が立っているのは、バスケットボールコートほどの広さの板張りの建物の中、ちょうどその中心あたりだった。換気と明り取りを兼ねた窓がいくつも並んでいる以外、特に装飾もない、地味な建物ではあった。
(なんか、格技場みたいだな)
周囲のギャラリーの意味不明な狂乱を極力無視して、一輝はそんなことを考えた。それなりの広さと、しっかり整えられた板張りの床は、そのまま空手道場か何かのようではあった。畳をひけば柔道、防具があれば剣道でも似合いそうな場所だった。
実際、一輝がそこにいる理由も、そうしたものから大きく外れたような理由ではなかった。
命からがら、スピカとの外出から帰還して数日。近接格闘に関して、基礎クラスでまだ数度教練とも呼べないような教練を受けただけの一輝は、クラスの仲間にポツリと漏らしたのだ。「戦い慣れしてればな」などと。スピカと共に危険を味わったことに関する――そして敵にしてやられたことや、自身がうぬぼれから不覚を取ったことに対する不満が、彼にそう呟かせた。
それに対し、素早く反応したのがフェーリスだった。
「基本的なこと、稽古、つけたげよっか?」
面白がるように、光を宿した大きな瞳で一輝を捉えて、彼女はそう提案した。
実際、フェーリスはつわもの揃いとされるマリーチャ・クラスでも、最もプリミティブな戦闘法――つまりは近接格闘――ともなれば一際有能なメンバーだということだった。
そういうわけで、時間を決め、申請して場所を借り、とやっているうちにドロレスがなにやら怪しく動き回り――気がつけば、さして広くもないこの格技場は、その壁際に百名以上のギャラリーをみっちり抱え込んでいた。
ドロレスの手元には上面の開いた一斗缶のようなものが並んでおり、中には小銭や紙幣がそれなりの量、入っている。
ドロレスの隣ではスピカが頭を抱えて蹲っており、アリーシャが全く場の雰囲気を無視し超越した微笑を浮かべてその傍らに立っている。マリーチャ教師は、休みを取っていた。
「屠るための拳! 打ち割り、体液を飛沫とすることしか知らぬその骨と肉! 今日はいくとこまでいくぜえ! オイ棺桶屋ァ! 喜べ今日は一つ注文が増えるぜヒャッホオゥ!」
「いや、あのさ、ドロレス?」
さすがに無視も限界がきて、一輝は心底惑いつつもドロレスを振り返った。
「なんていうべきか、いやそもそももう最初から十全意味不明で何言えば良いのかわかんないけどさ。その、分かってる? ただの練習っていうか訓練だよ? これ」
「聞いたかテメェら! この男は練習気分で人を握りつぶし捻り折る、ナチュラルボーン拳殺人妖怪だ! コエぇな、びびっちまうよな、なんてったって妖怪のせいだかんなぁ!」
「無駄かー。そうかーもうなんかそうだろうとは思っていたけれどさ」
諦めて顔をフェーリスに戻す。
一輝は動きやすいシャツを纏い、ラフな運動用の格好でまとめていた。対するフェーリスもまた動きやすさを重視したのだろう、軽装だった。
かなり薄手の、胸の下までしかない白いシャツのようなものに、ショートパンツをあわせている。常に薄着好きのフェーリスではあったが(就寝時を除けば)特に露出するところが多く、息を呑むほど健康的であり――尚且つどこか冷えた彫刻物のような静かな美しさも同時に秘めた肢体のラインが、整った肌と合わさって目に毒ではあった。
「さすがだねードロレス。練習するって決めてからたった二日なのに、こんだけ人集めるなんてさ」
いつも通りの笑顔を浮かべたままで、フェーリスが一輝にだけ聞こえるように呟く。
「そりゃ凄いかもだけど、そういう話かなこれ」
「スピカは撃沈されてるけどね、この状況に。真面目だからなーあの子」
「全力で同情できるかもしれない」
ドロレスの隣で崩れ落ちて、学内ルールや賭博(「胴元」ってそういうことだ)の危険性、それに人間的倫理エトセトラを説くことを止めてしまったスピカに心底共感しつつ、一輝はそっと頷いた。
「さぁてそろそろこの辺で、しゃらくせえ前置きは終わりにしてだ! しゃらくせえって何が臭いんだ! しゃらってなんだ? しゃらくせえ! と・も・かかかっく!」
すっとドロレスは胸元に手を差し込むと、衣服の中に隠していたらしい小型の拳銃のようなものを取り出し、天井に向けた。
「ここで締め切るぞコラ! フェーリス対一輝・ザ・グレートプレデター! 掛け金の比率は大体……二千対三? で一輝が大穴となってるぜえ! ……あれ、これ賭け成立するかな……」
計算表をペンでぐりぐり汚しつつ、ドロレスははてな、と首を傾げた。が、すぐに持ち直し、ついにその宣言を行った。
「大怪獣激震激突大決戦! 今、ここにぃ――」
振り上げた腕の先、鉄砲らしきものの引き金を思い切り、引く。
ぱっぷこん、と気の抜けた音が会場に響き渡り、それと同時に、ドロレスは腕を振り下ろしてそれまででもっとも大きな声を張り上げてみせた。
「レディ、 ファアアアアアアアアアアアアッイィ!」
耳を劈く怒声に、ギャラリーがまたもうごおお、と獣じみた歓声を上げる。
「チートとかそういうもの関係なく、大丈夫なのかな、この学園って」
なんとなしにそう呟く一輝の眼前に。
馬鹿馬鹿しいほどに認識の時間を飛び越えて、フェーリスの四肢が伸び、襲い掛かっていった。




