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   2 最初に出会って話す相手

 こことは全く異なる場所にいて、したら奇妙な声に呼ばれて認知不能なおかしさ満点空間に迷い込み、何か力を与えられたのかな? で、気がついたらここにいて、あなた方がピンチだと思って飛び出したらなんか勢いで不思議なことやってのけれたみたいです、ええ。

 かいつまんで説明すれば、そういうことだった。説明すること自体に問題はない。ただ、「そういうこと」が一体どういうことなのかとんと分からないことが問題ではある。


「えーと、だから、つまりよくあるやつで。異世界転移みたいな。何がよくあるのか知らないけど」


 話しながらどんどんと自らの声が引きつっていくのを感じながら、それでも一輝は一通り話し終え、溜息と共に眼前の光景を見渡した。

 水浸しの聖堂――のような違うような場所――を出てすぐの位置に、一輝は立っていた。隣にはスピカが並び、一輝の話を聞いている。

 聖堂はどうやら、高台に建っているらしかった。一輝の目の前には、なだらかな下り坂が存在し、その坂には何かの施設なのか、大きな建物がいくつも建っている。更に遠くを見れば、坂の向こうには無数の建物の群が見える。運河と港、大通りなどがあり、恐らくは街か何かだろうと思われた。

 ただ、立ち並ぶ建築物はどれも一輝が知る二十一世紀の日本のものではありえなかった。どちらかと言えば欧州の歴史ある町並みに近い。レンガ造りや石造りの、凝った意匠の建物たち。


(ローマとか、ヴェネツィアとか、そういうやつだ)


 貧困な知識の中から一輝はそう当てはめた。

 ならここはヨーロッパのどこかかといえば、そうでもない。遠くに見える町並みはともかく、一輝の知る地球には手の平から雷を飛ばすトンデモ人間はいないし、なにより――と考え、一輝は振り返った。

 聖堂の入り口に目を向け、そこから上方を仰ぐ。青く、晴れ渡った空が見えるが、その空と一輝の間には、複雑な構造物がそびえていた。

 東京タワーとエッフェル塔を二つずつ用意して上手く混ぜたら作れそうな、膨大な量のフレームが組み合わさったタワーが、そこに屹立している。ちょうど聖堂を中心に、周囲六ヶ所に基部を持つ電波等のようなタワーが。勿論こんなもの、現実の地球にはない。

 ちなみに、この場にスピカと共に現われたもう一人の少女の姿は既に無かった。拘束した少年を連行して、去っていったのだ。ついでに、人を呼んで来てくれるのだという。


「それじゃあ」


 それまでずっと黙って事情を聞いていたスピカが、そっと静かに声を発した。


「全然この場所が何なのか何処なのか、分からないってことですか? ええと、その――」

「一輝。藤沢一輝」

「カズキさん、は、ここが何処だか分からないんですか?」


 可愛らしく小首をかしげて、スピカが一輝に問う。彼女はよく観察してみれば、一輝よりは少し年下のようだった。首もとの曲線や肩の細さにそれを見て取って、中学生くらいかな? と一輝はあたりをつけた。


「ちっとも。人生ではじめて見た」

「じゃあ、この――」


 と、スピカは華奢な腕を伸ばして、一輝が見上げる塔を指差した。


「大召喚機も?」

「うん。意味不明さ頂点越えって感じで……」


 言って、一輝は顔を下げて首を軽く振った。何も分からない。別の場所からワープしてきました。そういう内容を話し終えて、何とも気まずいものを感じていた。頭のおかしい人間だと思われても仕方ないような、ぶっ飛んだことを話している。


「ごめん、信じられないよね」


 そう言った一輝に、しかしスピカは、さほど奇異なものを見るような視線を向けてはいなかった。多少戸惑いの色が見え隠れはしていたが、割と平気な顔をしている。

 彼女は一つ頷いて、「なら」と一輝に言葉を返す。


「一輝さんは、異世界から来たんですね? さっき言ってたみたいに、恐らくは」


 平然とそんな言葉が発せられる。

 異世界。別世界。そんな単語がほとんどファンタジーでしか通用しない世界に生きていた一輝は、スピカのさも当たり前だといったような雰囲気に軽く驚く。


「そう、かな。そうかもしれない。現時点だとそういう説明くらいしか、推測にしてもできない」

「となると、やっぱりマリーチャ先生経由でミトラで保護、ってことになるのかな……」


 独り言として呟く少女に、一輝は尋ねる。


「ミトラ?」

「あ、はい、ミトラって言うのは、組織の名前で……この街、というか国の特殊な組織で、一輝さんみたいな人に多く関わるところです」

「俺みたいなっていうのは――」

「異世界から来た人、ってことです」


 またもはっきりと異世界。そんなにありふれたものなのだろうか、ここでは、と胸中で呟く。

 おかしな場所。おかしな現象。おかしな常識、おかしな会話。何もかも、分からないこと続き。

 さすがに、ぐったりしそうになる。と、ふらつきそうになった一輝の腕に、小さな手の平がそっと添えられた。


「大丈夫ですか?」


 上質な布地で肌をそっと撫でるような、落ち着いた声が、触れた手の平の仄かな体温と共に一輝に染みこむ。


「不安……ですよね、きっと。でも、すぐ説明してもらえますよ。色々と。フェーリスが先生を呼びに行きましたから、説明も尋問もきっちりやってくれます」

 フェーリスというのは、スピカと共にいた少女のことらしかった。

「尋問?」不穏な単語が耳に引っかかり、鸚鵡返しに訊く。

「あ、その――」


 あまり聞かせたくもない単語だったらしい。しばらく目を泳がせてから、スピカはまた小さく頭を下げた。


「すみません……ここって、凄く大事な場所ですし、身元不明の人間が入り込んでいたってことになると事情も調べずに放免ってわけにはいかなくて」

「色々事情がある、と」

「そうです。でも、そこまで心配しなくっていいと思いますよ。勿論、一輝さんが悪いことしてなければですけど、フェーリスが呼んでくるのは私たちの先生ですし、尋問――聞き取りも、その先生がやるはずですから」

「先生ってことは、やっぱり学生か何かなんだ」


 制服らしき服をちらと見て言うと、スピカは笑顔で頷いた。


「はい。ミトラ学園のアルドワヒシュトです。私もフェーリスも」


 またもどんな意味か分からない単語が出てくる。一輝の内心の惑いをしかしあえてスピカは無視して続けたようだった。


「先生は――マリーチャ先生っていう人なんですけど、いい人ですよ。正義感が強くって、それに美人ですし……先生に任せておけば、一輝さんが本当に悪い人じゃないなら、きっとよくしてくれます」

「ふうん?」


 スピカはどうやら、本気でその先生とやらを信頼しているらしかった。自信と敬意が両方表情に混ざっている。

 ただ、そこまで話して一息ついてから、彼女はふと思い出したように、眉根を寄せて困った顔をした。


「ただ、ちょっと――」

「ちょっと?」

「ちょっぴり、変わってるところもあるんで、不安になるかもですけど。特にその、一輝さんは男の人ですし。でも、大丈夫ですから」

「……? どういうこと?」

「コツは、こう、わざと焦点をぼかすことです。ものすごく遠くの景色を見るような感じで」

「なんだかよく分からないけど」

「あ、フェーリスが来ました」


 良いのか悪いのかよく分からないタイミングで、スピカが遠くから駆け足で近づいてくるフェーリスに気づき、手を振る。

 それなりにまだ距離はあったはずが、フェーリスはかなり素早く駆け、さして時間をおかずに一輝たちの元に辿り着く。生半な陸上選手顔負けの足の速さだったが、息一つ上がっていないようだった。少しばかり癖のある、肩ほどにまで伸びた髪を楽しげに揺らしながら、彼女はスピカに向かって口を開いた。


「先生、もう学園じゃなくてこっちの管理棟にいるってさ。直接そっちに連れてこいって」

「一輝さんを?」

「あ、カズキっていうんだ、その人。そ、連行してきてって。応援がいるようなら呼べばいいけど、とも言ってたけど」


 フェーリスは一瞬だけスピカに向けていた視線を流して、一輝に向けた。強い輝きをもった、天真爛漫さと蠱惑的な色が同居した瞳に彼の姿を映して、それからすぐに頷く。


「ま、大丈夫そだね。見たところ角とか毒の触手とか連鎖爆裂式攻撃細胞とかももってなさそうだし」

「……まあ、そういうのは確かに全然もってないと断言できるけど」

「ほんとに? 自分で気づいてないだけで胸とかミサイルになったりしない? 所構わず惑星全土に卵産みつけた挙句世界全土を自分の子供として領有権主張したりしない?」

「もしそういうことがあってしかもその異常さに自分で気づけてないとしたらいっそ殺してくれていいと思うかな」


 もうほとんどやけくそ気味に答える。


「フェーリス、あんまりそういうわけわかんないこと言っちゃ駄目ですよ。一輝さんはここのこと何にも分からないんだから、そういうもののある人間もここなら一杯いるのかと思っちゃうかも」

「あ、じゃあいないんだ。ちょっと安心したかも」

「そうですよ、ほとんどいませんから」

「いるのか……」


 憮然としてぼやく。だが全く気にしていないようで、フェーリスはにっと笑うと、「じゃ、いこか」と短く告げて一輝に背を向け、早足で歩き始める。


「私たちも、ほら、行きましょう?」


 スピカが、右手を差し出す。一輝が何と無しに自分も手を出すと、そっと柔らかく指先を掴んで、彼女は歩き始めた。


(面倒見が良いのか、なんなのか。なんて言うか――)


 幼い子供のように手を引かれ、やや恥ずかしいながらもとりあえずスピカについて歩き始めた一輝は、疲れた頭でとりあえず結論した。


(よく分からない場所で最初に出会って話す相手としては、よかったのかも)


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