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   26 求めるところ

 一呼吸で、モートは複数の空間連結窓を開いた。

 即座にそれらを消し去る一輝の隣を掠めて、スピカが踏み出し、素手で打ちかかる。人間の生の判断力が馬鹿馬鹿しくなるような情報処理機能に支えられて、相手の動作を分析し予測し最適な一手を常に探り、攻撃を加える。

 が、モートはあっさりとチートを扱うことを止め、スピカが突き出した腕を素早くかわしてみせた。首を狙ったスピカの指先が鋭く空気を切り裂くが、肉には掠りもしない。


「チートとはそもそも、その名から分かる通り、世界の中でのイカサマそのものだ」


 スピカは小さな身体を素早く動かし、続けて足元を狙い爪先を振るい、相手の回避動作を先読みしてフェイントを入れつつ肘を突き出し更に先の蹴り足を転進させ膝で胴を狙っていた。

 そのどれもを、モートはぎりぎりで回避していた。ところどころチートで僅かに足元の空間を歪めて距離や体勢を誤魔化し、スピカの正確無比な攻撃に拮抗している。


(チートさえ無効化してしまえば――)


 意識し、異能の否定へと意識を触れさせる。

 が、モートはそんな一輝に瞬間的に視線を向け――笑った。


「だがチート転生者が増え、さらに対抗者としてミトラが転移者にチートをセットにして召喚し、この超常の異能はそれ自身が持つ意味を少しずつ変えられていった」

「――!」


 年長者が年下の者の未熟さに対して向ける寛容さと嘲りの混じった笑み。気がついた時には、モートの腕がスピカの肩口辺りを捉えていた。

 細く、小さく声を漏らして、スピカが顔をしかめ体制を崩す。


(俺のチート無効化のタイミングを予測した、のか!)


 遅れて理解し、一輝は舌打ちした。モートは、一輝がチートをハックし、無効化するそのタイミングを読んで、逆に利用していた。スピカの予測に含まれていた自身のチート能力が消える瞬間を前もって大まかに直感し、それをもってして自身の体位の転身、踏み込みの距離・強さなどの動きの変化に利用したのだ。


「スピカ!」


 叫び、追撃しようと動くモートを牽制するために、空間操作のチートで彼女を守る。モートは、目の前に一輝が開いた空間連結窓を確認するとあっさりと攻撃の手を止め、後退した。


「複数存在することによって彼らは皆王の座を失い、異能者としての自由を徐々に奪われる。世界の枷を超えて力を振るい、願いを叶え、幸福を得ようと動くチート能力者たちはしかし、このラストリエールに集まりすぎたことで、今や数多くいる異能者の一人という地位にまで落ちてしまった」


 チートを使用する気配を見せ、それを一輝が察するとすぐに諦める――と見せかけ、やはり使用する――振りをして……と、モートは一輝を自身のチートで牽制し、同時にスピカの攻撃を上手くいなし続ける。

 チートを持つ者ならば。人間を超え、世界のルールを逸脱した力を行使できる者であれば誰もが落ちいりがちになる陥穽を――つまりはその力に最初に頼ってしまうという弱みを、モートはあくまで見せることがない。

 油断なく、己が身体のシンプルな性能を存分に使用し、それと同等にチートを扱っていた。


「このラストリエールは奇妙な檻だ。チート能力者たちが集い、戦い、唯一性を失い続けることで価値を失う。サークルはチートを肯定する。だからこそサークルは、ラストリエールを根本的に変える必要がある。ラストリエール……あるいは、もっと広範に、多世界からなる宇宙構造そのものに関して」


 滔滔と、息が上がることもなく呟き続けるモートに、スピカは何度か打ちかかり、そしてそれと同じ回数だけ退けられる。

 敵の身体の一部を狙って開いた空関連結窓もかわされる。痺れを切らしてスピカのチートとモートのチートを双方同時に操り仕掛けると、今度は妨害されなくなった自身のチートを存分に振るって上手く攻撃を避ける。


(地力の差)


 思い浮かび、一輝は奥歯を噛み締めた。自らはまだしも、訓練を受けているはずのスピカまでもが手の届かない相手。


「なにがしたいんだ」


 毒づく。独り言のようなものだったが、しかしモートはそんな一輝の呟きに、律儀に声を返した。


「誰もがしたいと思っていることだ」

「二度寝か年金暮らしかな」


 立て続けにチートを行使し、意識に疲労を重ねながら一輝は適当な言葉を並べ立てた。

 モートは意味が分かっているのかどうか、ただ、ゆったりと首を振って見せた。


「いいや、もっと根本的で簡単な話だ」


 一度大きく後退したスピカが、一輝の隣に並ぶ。僅かに一輝のほうを見上げて、気遣うような視線を彼の頬に向けた。


「根本的な話?」

 一時的に動きを止めた相手に、一輝は応答を続けた。

 モートが返してきたのは、硬い、淡白な表情と視線だった。言葉もまた、それと似たようなものだった。


「ああ、そうとも。つまりは――幸福だ。人生万事幸せに。それだけだ。他に何かあるか?」


 自分はこの上ない常識の王様について話しているのだ――そう言わんばかりに、大胆に、不敵に、そしてどこまでも淡々と、彼は言ってのけた。


「藤沢一輝、お前だってそうだろう」


 緩慢な動作で腕を上げ、何かに誘うように手の平を向け、モートは続けた。


「幸福を得たい。価値を得たい。そして失いたくない。失ったものは取り戻し、そして再度失うことを拒否したい」


 差し出した手の平に、チートが宿る。空間が歪み、ねじ切られ、次元を無視して接続される。


「誰もがそうだ。皆価値を求める。人間は価値に向かうことしか出来ないように出来ている。そしてその意志の究極点は、絶対的な獲得と永続と喪失の拒否だ」

「お前たちは……サークルは」


 自らでも意識せず、一輝は声を上げていた。相手の言葉の先を察して。サークルの、アムルタート・チートサークルの意志を察して。


「我々はチートを肯定する。価値を肯定する人間として、そのためのチートを」


 空間操作が立て続けに行使され、モートの周囲にいくつも円形の窓が開いていく。その全てが、黒々とした深淵だけを向こう側に湛えていた。星のない夜空か、井戸の底にでも繋がっているのか、微かな冷気が漂い出て、一輝たちの肌を撫でた。


「お前の力は未だ正体の知れぬ異能だ。我々はそれを求めてはいない――」


 連結窓が移動し、モートの前面に集まる。ぽっかりと空いた穴たちが、一輝たちへと向き直る。


「試させてもらう」


 声と共に、一斉に連結窓が空間上を滑るようにして移動し、一輝たちに迫る。同時に、細く鋭い針のようなねじれた空間構造が生み出され、それらもまた一輝たちに襲い掛かっていく。


「絵に描いたような……上から目線っ!」


 叫んで、一輝は強くモートのチートを意識し理解し乗っ取り――その全てを破壊した。

 異能の流れの中に一筋の力が駆け抜け、激震を起こし、チートを吹き飛ばす。

 モートが生み出した全ての超常現象が掻き消え、くぐもった破裂音のようなものを残して連結窓が掻き消えた。

 その一連の変化の中で。

 チートと――異能の起こした超常現象とは比べ物にならないほどに分かりやすい現象が、現われていた。

 モートがなにかの手品のように、差し出した手の平に黒い小さな箱のようなものをいつの間にか持ち、それを軽く放っていた。

 その上で、一輝が最後にかき消した連結窓へと滑り込んで、連結空間の向こうへと姿を消す。

 全てが僅かな間に起こり、そしてその次の変化もまた、一瞬の間に起こった。

 モートの放った箱が地面にバウンドし、硬い音を一度立てた直後。

 一輝の視界に閃光が突き刺さり、ぞっとするような振動と熱と砕かれた地面の欠片が、光に続いて彼に襲い掛かった。

 

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