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   24 転生チート撲滅者としての


 目が合った瞬間、一輝は問答無用で相手のチートを発動前に破壊していた。

 自分が開こうとした空間と空間を距離も時間も構造も無視して繋ぐ「窓」が開かないことに、男は――モートとスピカが呼んだ男は、面白がるように眉を吊り上げた。

 それを見上げる一輝たちの目前に。

 人間が、落下した。ひょろ長い体躯の青年が、一体どれくらいの高さから落ちてきたのか、地面に衝突して全身がひしゃげている。

 ひと目で即死と分かるような有様だったが、しかしその死体は、死体であるはずのそいつは、うずうずと蠢いた後で、あっさり立ち上がった。体中の骨折や内臓破裂、夥しい出血や皮膚の裂け目が、テープの逆回しのように消える。

 再生した肉体を誇示するように彼は両腕を広げ、それから天を仰いで短く、強く、哄笑を上げた。


「アッハハァ!」


 その声と同時に、重い音が響き、街の別の区画から炎の渦が現われた。

 更に続けて、遠くで巨大な住宅が丸ごと浮かび上がり、街路に叩きつけられる。

 あちこちでそんなことが起こり、たちまち街に怒声と悲鳴が広がっていく。

 混乱。それを気にかける暇もなく。

 再生した男が、一輝へと突進した。


「どれほどのものか、貴様――」


 甲高い声で叫びながら、彼は目を疑うような速度で距離をつめた。


「――私が検める! ヌッハハァ!」


 敵のチートを感知する暇はないと判断して、一輝はスピカのチートを引き寄せた。一瞬で怒涛の勢いで情報が流れ込み、処理が行われる。加速し肥大化した知覚と思考と反射で、敵の動きを予測し対応する。

 ぎりぎりで、突き出された拳をかわす。左半身を素早く引き、更に両足で地面を強く蹴りつけて。

 一輝がかわした拳は、そのまま勢い余って地面にまで届いた。ほとんど倒れこむように男は拳を地面に叩きつけ――肘から先を破裂させた。


「こいつ――」


 呻いて、跳び退る。

 敵の男は、自身の肉体損傷を全く考慮せずに拳を地面に打ち込んでいた。腕はぼろぼろに破壊され、そして石材が敷き詰められているはずの地面もまた、損傷を負っていた。


「一輝さん!」


 叫んで前に出ようとするスピカを、手で制する。


「肉体の再生――それに、痛みを無視するほどの快楽・幸福感を、脳に流してる」


 見抜いて、告げる。


「んんぅ……フッフフ、そうだ、そうだ、全くその通り! そのとおぅりぃ!」


 目を見開き、涙を零しながらも、大声で笑いながら、男は壊れた腕を掲げて、一振りする。それだけで、腕は元通りに直っていた。


「屋上にいるあいつ、知ってるんだね?」

 あちこちで散発的に破壊的な音や声が轟く中で、一輝は周囲に気を配りつつ、スピカに尋ねた。


「はい。モート・ダリット……チートサークルの一員で、特に過激な一派に属する、有名な転生者です」

「一目で分かるほどに?」

「はい。人相書きが出回っています。それに、あの空間連結能力は珍しいタイプのチートですから……」


 そこまで話して時点で、もう一度再生男が二人に飛び掛る。

 スピカが素早く身を翻し、それに対抗した。突き出される拳を立て続けに避け、カウンターに、細い足を相手の腿に突き出し、突き刺すような蹴りを打ち込んだ。

 痛みを無視しつつも、物理的干渉によってよろめいたところに、スピカの動きを『スピカの考えや動きや意志をスピカのチートで感覚し予測し分析し理解していた』一輝が、連携して攻撃する。傾いた男の上体に拳を叩きつけ、更に無防備となった背中の中心に体重を乗せて肘を打ちつける。

 たまらず倒れて痙攣する男を見下ろして、息を整えながらスピカが呟いた。


「……一輝さん、逃げましょう」

「逃げる?」

「街のあちこちで混乱が起こってます。サークルの敵たちが複数で街を攻めているなら……このアシュラマに直接攻撃を仕掛けるなんて、信じがたいですが……とにかく、学園かどこかに避難しないと」

「いや、でも――」


 周囲を軽く見回して、一輝は戸惑いを口にした。


「こんな、皆、一般人まで、被害を受けてるのに」

「街には警戒部隊のアルドがいます。それに、ミトラからすぐに増援が来ます」

「それは、そうとして、けど――」


 口ごもり、一輝は得体の知れない疑念に、心の中で首を傾げた。

 スピカの言葉は正しい。自らはこんな無茶苦茶な事態に対抗する人間としては、ただの素人でしかない。少し前まで、日本で高校生をやっていたのだ。殺し屋でも軍人でも超能力ヒーローでもなく。

 だが、周囲に広がる混乱に、そうした理性的判断とは別の部分が、軋み、音を立てていた。


(チート能力……勝手な願いで世界を改変し物理則を捻じ曲げ起こりえない事を起こしてしまう)


 意識すればするほどに、なにかが引っかかる。熱を持つ。


「あはハァ……」


 じっとりとした声が、倒れた男から漏れ出ていた。びくびくと痙攣し、身体の内側に負ったダメージを再生している。

 そんなチートの力の流れと作用を感覚して、一輝は問答無用で片足を上げ、男の首に踵を落とした。全力で。

 スピカのチートによって急所を見抜き、最適な角度で、最適な力の込め方で筋肉を引き絞り・弛緩させ、骨と肉を通じて力を伝える。

 踵は、首の骨をあっさりと砕き、更に神経と血管に致命的な損傷を与えた。


「ああ、そうか」


 無表情に、口から血を吐いてざらついた声を上げている男を見下ろして、一輝は理解し始めていた。


「一輝、さん……?」


 足をどけると、またもや男は奇怪な声や笑いを零しつつ、再生を始める。


「少し、分かった。要するに、腹が立つんだ」


 転生者たち、「アムルタート・チートサークル」の敵たち。学園のアルドとは異なり無遠慮に、好き勝手にチートを振るうものたち。

 それらに対して、感じているもの。


「物事を好きなように出来るなら。失意や喪失感の中で、何度も考えた。俺も昴も。けどそんな、魔法みたいな力は地球にはなかった。それにそんな力に縋らずに生きていける強さをこそ、俺も昴も望んでいた」


 ゆっくりと、一輝は足元の男のチートを感覚した。


「昴は俺にその強さがあるといった。スピカも。昴自身がどうだったのかは、分からない。彼女にその強さがあったのかは。何にしろ――」


 屈みこみ、男の髪を掴んで顔を持ち上げる。


「腹が立つんだ。物事を思い通りにする魔法の力を、迷わず考えず恥じることもなく使い放題な、こういうやつを見ると、さ!」


 思い切り、叩き付ける。

 と同時に、チートをハックして、再生と脳内の神経操作・快楽物質の生成をストップさせる。

 少しばかり再生しかけていはしたものの、瀕死の重傷をそのまま受け止めることになった男は、弱弱しい悲鳴を上げて昏倒した。今度は起き上がる気配もない。

 そのまま、顔を上げて上方を――モートを見上げる。彼は余裕の表情で、一輝たちを見下ろしていた。


「一輝さんは、まだここに来たばかりで――こんな、チート同士の戦いなんかには」


 スピカが、ひどく心配そうに、呟いた。なんとなくその声に肺の底が縮まるようなものを感じつつも、しかし意志を崩さず、一輝は答えた。


「……そうだね。確かに、俺は素人だ。けど」


 足元の死体紛いの男を見下ろして、自嘲気味に呟く。


「死体なら、見慣れてる」


 真新しくなる前の、地球の故郷の町で。

 崩れたコンクリートや木材の山が鎮座し、炎の上がる中にいくつも。


「ごめん、スピカ。やばくなったら迷わず逃げて」


 凄まじく自分勝手な行動を決めて、一輝は自分より幼い少女を振り返った。


「俺は敵を抑える。街の人を置いて逃げたくない」


 告げた一輝の周囲に、複数の、円形の空間連結窓が開いた。

 中空に出現した窓からずるずると現われる人影たちを見回しながら、一輝は感覚を研ぎ澄ました。


(デビュー戦だな。転生チート撲滅者としての)


 細く、しかし強靭な怒りを抱いて、彼は自身の力を一層強く意識していた。


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