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   23 いつも誰かがいる

  

「一輝さんは、ミトラ以外の道を歩んだっていいと思います。アルドとして直接転生者と戦わなくても、いくらでも生きていく道なんてありますし――」


 スピカは真剣に、一輝を見つめて言った。声のどこかに、年齢を無視した思慮と思いやりを忍ばせて。


「マリーチャクラスはどちらかといえば実戦部隊ですけど――一輝さんが希望するなら、先生もそれなりに広い選択肢を用意してくれます」

「俺は……」


 咄嗟に何かを言いかけ、一輝は声を途中で詰まらせた。


(俺は、どうする? どうしたい? 何を求めてここにいる?)


 自問してみれば、その立場は奇妙で、宙ぶらりんなものでしかなかった。意味不明に転移して、何とか生き続けている。最も大事な価値を失ったままで。

 アルドとして生きる意味は、意志の理由は、どこかにあるのか?


「俺は……強くも何ともない。未だに、考えているんだ」


 答えの代わりに、一輝はそんなことを口にした。スピカが微かに首をかしげる。


「考えている?」

「何もかもが――もし、何もかもが戻ってくるとしたら……、それを受け入れるべきなのか、どうかを」


 一瞬で瓦礫となった街。失った友人と、結局死体も見つからなかった母と、それとは逆にはっきりと骸として転がっていた姉。

 その何もかもが、戻ってくるとしたら。


「スピカと同じようなことを言った人が、前にもいたよ」

「昴さん、ですか?」


 間髪入れずに言い当ててくるスピカに、一輝はどうしようもなく弱い笑みを浮かべた。


「ああ。彼女は、俺が喪失も不条理も受け入れて、支配するでもなくされるでもなく、拮抗して生きていけると、そう言った。強いと」

「私も、そう思います」

「けど彼女は、自分がそうだとは言わなかった。言わないままに、どこかに消えた。俺は彼女が自分と同じように、過去の悲劇を受け止めて、それでもなんとかやっていけると信じているんだと、そう思っていた」


 お互いに支えあいながら、時に膝をつき、巨大な喪失に押しつぶされかけながらも、やっていけると。

 だが、結局昴は消えた。


「昴が消えて、俺は、自分がさして強くもないって、そう気づいた。それから、幸も考えた。昴はもしかしたら、耐えられなかったのかもしれない――彼女もまた、耐えられなかったのかもしれない」


 もし、と、夢想する。

 もし、昴が、チートを手にしたなら、どう考えるだろう?

 もし、彼女が、何もかもを取り戻そうと考えたなら。

 彼女もまた、転生者たちと同じく、世界を改変し、超常の力を際限なく振るおうとするだろうか……?


「でも、一輝さんは、少なくとも今までは、やってこれたんでしょう? チートも何もないままに」

「それは、昴がいたからだ」

「今はいません。でも、一輝さんはきちんと生きてます。チートに溺れず、世界を勝手に変えることなく」

「それは」


 何か、得体の知れない感情の固まりに追い詰められて、一輝は掠れそうになる声を、必死で絞り出した。


「それは、スピカがいるからだ」


 いつも誰かがいる。それで何とかやっている。それだけだ。そう感じていた。


「スピカが、俺にはきちんと生きていける、正しくチートに溺れることなく生きていける輝かしい価値に見えるから――」


 声に出来ずに心の中でだけ囁いたつもりだったが、まるでそれを聞き取っていたかのように、スピカは首を振った。


「……やっぱり、一輝さんは強いですよ。きっと、自分で思ってるより」


 風に揺れた髪を手で軽く押さえて、スピカは結論付けた。


「どうだろう――なんにしろ、そうやって、色々考えて、探して……そのために、アルドってのは悪くないとも思ってる」


 言うと、スピカは突然、何か思いついたように、ぱっと明るい色を顔に浮かべてみせた。


「じゃあ、一輝さん、こうしましょう。私も一輝さんも、どこかで迷って、考え続けて、探しているなら。その不完全さを急所として抱えているなら」


 だんだんと、もじもじと恥ずかしそうにしながらも。

 彼女は、最後まで言い切った。


「一緒にいましょう。言葉を交わして、同じクラスで、あるいは別のどこかでも、やっていきましょうよ。それなら、きっとこの先も、『やっていける』かもしれません」


 正しく、きちんと。

 世の不条理を消すでも支配するでもなく、受け入れつつ拮抗して。


(まるで、何もかも違うのに)


 気がつけば、一輝は自然に、彼女の言葉を受け入れていた。久々の――一年ぶり以上の感覚が、彼の身体の内側を暖めていた。


「スピカ、俺は――」


 提案に、応えようと声を上げかけて。

 その瞬間に、衝撃と振動、破砕音が、二人に襲い掛かった。


   *


 さして離れてはいない。

 椅子から腰を浮かせ、揺れた地面に足元を奪われかけながらも、一輝はそう判断した。周囲を素早く見渡すと、予測通りに、すぐ近く――数軒ほどの距離にある建物が、半壊していた。

 建物は、一体何処から沸いたのか、いくつかの岩によって破壊されていた。一抱えほどの岩塊が、崩れかけた建物のあちこちに見える。


「なんだ――?」


 呟く間にも、更に変化は起こった。

 空の高い位置に、いくつも奇妙な丸い影が生じていた。


(違う――影でもなんでもない)


 直感が囁く。丸い、ぽっかりと空に浮かんだそれは――穴だった。

 一体何処に通じているのか分からない、空間の穴。一輝の内奥にある力が、その正体を彼に知らせていた。


「空間操作だ」


 穴の向こうから、陰気な怪物のように、ゆっくりと何かが姿を現した。穴の眼下の建物を破壊したものと同じような、岩塊だった。

 岩塊は穴から転げ出ると、自由落下によって加速し――そのエネルギーを、街へと叩きつけた。

 立て続けに幾つもの商店や街路や川岸、それに住宅などが破壊される。

 一通り岩が治まると、背の高いアパートらしき建物の上に、まるで屋上から生えるかのようにして、一人の男が姿を現す。傷んだ褐色の髪を風になびかせる、青年と中年の中間くらいの年齢の男だった。


「モート・ダリット……」


 一輝のすぐ傍で、スピカが声を上げた。一輝と同じものを目で捉えながら。


「モート?」

「アムルタート・チート……サークル!」


 目を見開いて、スピカは鋭く叫んだ。それが聞こえたのかどうか――屋上に現われた男は、スピカと一輝を振り返って、唇の端を片方だけ吊り上げた。嘲笑とも皮肉ともつかない表情で、たった今破壊した街と共に二人を見下ろしていた。


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