22 望まない世界転移の孤独
街は、当初一輝が想像していたよりも広く、活気があった。学園の麓から広く平地に広がり、港まで続く市街は東西に広く長く続いており、多数の河と、無数の通りでやや複雑な模様を描き出している。
数階建ての建物が多く立ち並び、下手な地球の田舎よりもよほど文化的で文明的であり、人の数も多い。歪みのないガラスを通りに向けた商店や飲食店が大通り沿いには立ち並び、広場には露店もいくらか存在していた。
スピカは(なぜか)一輝よりも数時間は早起きをして準備していたようで、淡い色彩の服に可愛らしい帽子まで合わせて、一輝を待ちに連れ出していた。行くべき店も買うべきものも、きっちりと考えられており、やや張り切り気味に、一輝の半歩先を歩いていた。
「一番の大通りは、北からに蛇行しながら南に続いて、海にまで出ます。この道を歩くだけでも、街の主要な回れるんですよ」
よく晴れた空に似合う明るい表情で、彼女は一輝を連れ歩き、街の名所に立ち寄りながら、いくつかの店舗へと一輝を案内した。
スピカの見立てで服などを中心に買い物を続け、正午を回って少し経った頃、二人は川沿いの小さなカフェのような場所で、軽食を摂りつつ、足を休めていた。
「一輝さんの世界の街は、どんな感じなんですか?」
海から川をさかのぼってくる軽い風に髪を揺らしつつ、スピカが問う。
「ところによってまちまちだけど、そこまで変わらないよ」
「そうなんですか?」
言われてちらと一輝の脳裏に過ぎったのは、真新しい町並みだった。
「……基本的なところはね。大きな都市だと、十数階建ての建物とか、数十階建ての高層建築なんかが結構あったりする」
「へえ……」
「ここには、ないの? そういう高い建物って」
「ええ、そこまでの建物はほとんど――大召喚機を別にすれば、ないかもです。チート能力の広がりによって文明が大きく進んだらしいですけど、一輝さんの言ったようなものは」
「そっか。そういえば妙に進んでるよな、この世界。チート能力のおかげってことなら、まあそういうこともあるのかな」
都市部であれば湯が豊富に使えて入浴ができるというのは、ありがたい話だった。上下水道の存在しない世界に飛ばされるようなこともあるのだろうかと想像して、一輝は自らの幸運に今更に胸を撫で下ろした。
「代わりに俺の世界には、アルドも転生者もいない。少なくとも大衆に認知されてはいなかった」
グラスに注がれたアイスティーに口をつけて、一輝はこの数日で少しばかり気になったことを、口に出した。
「訊いていいかな」
「はい、なんでしょうか?」
すっと背筋を伸ばして向き直るスピカに、言う。
「アルドってさ、結構多くいるよね」
「はい……学園の生徒だけでも数百人ですし、既に学園を出て活動しているアルドとなればその数倍にもなります」
「それほど多くのチート能力者が、必要なのかな。もともとチート転生者は、珍しい存在だったんだろ?」
「それは――そうだった、んですけど」
過去形で区切ってから、スピカは一つ呼吸を挟んだ。
「チート転生者の数は、ずっと、増えているんです。確認されているだけでも、百年前から現在だけで数倍以上になっていると」
「百年前……召喚機が造られたのが、約三百年前だっけ」
「はい。理由は分かりませんが、ミトラで言われているのは、転生者への対抗力をこの世界が抱え始めたことで、転生者もまたそれに対抗して増えているのではないか、という話ですが……」
「世界間移動を可能とする能力者がいたとかは、ないのかな」
「今まで、世界間での干渉を行う能力者は、一人も発見されていません。『神々』自身の力か、召喚機。このどちらかだけが、それを可能とするといわれています。だからこそ召喚機は重要なもので、ミトラの力の根源であり、転生者にとって厄介の種なんです。ミトラは、だからいつだって、世界間移動に関するチート能力が発見されないか警戒しています」
「なるほど。にしたって、他の世界から転生してくる人間が増えてる、か――なんだか途方もない話だ」
「私もそう思います。けど事実として、転生者は増え、今では組織だってミトラと小競り合いを繰り返すまでになっています」
硬く高い音が、小さく響いた。スピカの手元のグラスの中で、氷がその形を崩してぶつかり合っていた。
「アムルタート・チートサークル」
呪文のような呟きがスピカの唇から漏れ出ていた。
「転生者たちの組織の、最も大きなものが、それです。このサンガムで主に活動する、転生者たちの組織――いえ」
首を振って、スピカは自身の言葉を修正した。
「正確には、転生者だけの組織ではありません。転生者に与する一般人もいますし、それに」
「それに?」
一瞬だけ、スピカの瞳に影が差した。脇を流れる川の水面の光を映していた両目を、暗い色が横切っていた。
「……アルドを、仲間に引き入れてしまうこともあります」
すぐに、彼女は笑みを取り戻した。何事もなかったかのように。その整った笑顔に、なんとなく一輝は、震災から復興した、真新しい街の風景を連想していた。
それと同時に、気がつくこと――気になるところが、一つ、湧き上がってきていた。
「スピカは……スピカも、将来は、戦うの? 転生者と――その、サークルってやつの敵と」
深く探る問いかけに、スピカはしかし表情を変えず、笑顔のままで、答えた。
「もう、戦っているようなものです――正面きっての戦闘はさすがにまだ任されませんけど、警備や調査の任務は何度かこなしています」
さすがにまだ。
つまりは、将来的にそうした道を行くであろうということだった。
(なんだろうな、これは)
一輝は、のんびりとした、美しい町の風景と、その中に馴染んでいる、目の前の年下の少女を見やった。一輝より一つ二つ下の少女。まだ中学生かそこらの、子供でしかない。
(戦う、だって?)
疑問と心配が顔に出てしまったのだろう。スピカは一輝の顔を見て、安心させるように声に穏やかさを滲ませた。
「……一刻も早く、転生だとか、転移だとか、チートだとか、そういうもの、なくしたいんです」
「チート、転移、転生……世界間にまたがるあれこれを、ってこと?」
「はい。私が、凄く幼い頃に事故でこの世界に転移したってことは、お話しましたよね?」
「ああ……うん」
「何も知らない場所で、誰も知らない場所で、家族も友達もいないところに放り出されて、どうすればいいかひとつもわからないままに途方にくれる――そういうの、もう、沢山だなって」
明るい声音のままだったが、痛みや震えをその声の裏側に想像するのは容易い――そんな声で、スピカは話していた。
「皆そうですけど、私も、チートの力に巻き込まれて、色々味わってしまったんです。望まない世界転移の孤独も、それに……」
そこまで語って、一度スピカは言葉を切った。いくらかの言葉を飲み込んで、彼女は笑みの形を、少しだけ変えた。
柔らかさが増し、しかしその分、儚さが大きく漂う。
「私は多分、色々、脆いんだと思います。異世界で孤児として育った――けれど本当に幼い頃から、ほとんど現地人と同じように長くこの世界で暮らしているのに、未だにどこか、欠落があると感じてしまう。……失ったものに、時折押しつぶされそうにもなります。何年もへこたれたことだって――」
肩を小さく落として、スピカは言葉を再度止めた。それから、一輝を見やった。
「一輝さんは、その点、すごく、なんていうか――強い、と思います」
熱の浮いた瞳に、一輝の姿が映りこんでいた。




