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   21 おデェトの誘い


 ラストリエールにはいくつか大陸が存在するが、サンガムはそのうち最も広いものの中に芽生えた国家のひとつだった。陸から西に突き出た、大洋に囲まれた広い半島一帯を治める国家であり、世界の諸国家の中でも一際重要な国だとされている。

 その理由が、ミトラだった。

 サンガムの首都、アシュラマは、その市街の端にミトラ本部とミトラ学園、そして対転生者の切り札である大召喚機を抱える。

 ミトラはサンガム国内だけでなく、世界中にアルドを派遣して転生者のチートによる被害に対応している。世界中で最もアルドの多いサンガムだが、しかし同時にチートという力に関して世界の急所ともいえる。ここが抑えられれば転移者を呼ぶことは出来ず、世界は転生者の思いのままとなる。

 国際社会はこれを鑑みて、サンガムを頼り、援助し、出来る限り便宜を図っている。

 マアトと出会ってから半日後の夜――そのあたりまでをざっと復習したあたりで、一輝の部屋の扉がノックされた。

 一輝がそれに短く声を上げて答えると、扉は軽い音を立てて開かれた。


「一輝さん、すみません、お勉強中でしたか?」


 スピカだった。夜分であったからか、動きやすそうな部屋着で、戸口に経っている。


「いや、大丈夫だよ。一区切りついたところ」


 伸びをして身体の凝りをほぐしながら言うと、あからさまにほっとしたように、彼女は息をついてみせた。


「ちょっと、ですね、あの」


 何かを切り出そうとしつつ、スピカはあちらこちらに視線を彷徨わせていた。疑問に思いつつもとりあえず、一輝は黙って続きを聞くことにした。


「なんていうか、一輝さんがここに来てちょっと経ちましたけど、ずっと一輝さん学園内で過ごしているじゃないですか」

「そういえばそうだね……ここ、便利だよね、すごくさ。食料品なんて学園ないだけで不自由なく揃ったり」

「あ、ですよねー、それは私も便利だと思います。いやそうじゃなしに」


 セルフで突っ込みを入れて、スピカは頭を軽く振った。


「確かに学園は便利ですけど、やっぱりほら、ここだけじゃ色々限られることもありますし……一輝さん、まだ街に下りたこと、ないじゃないですか」


 そこまで言ったところで、スピカの背中からにゅっとなにかが伸びた。一体いつの間に寄ってきたのか、フェーリスだった。どこか悪戯めいた顔で、言葉をさしはさむ。


「デートしたいんだってさ。おデェト。スピカが。一輝・ザ・グレート新入生と」


 何やら怪しい称号が気にはなったが。


「違います!」


 スピカが即座にそう叫んで、扉を手の平で叩いた。蝶番が危なげに軋み、きぃきぃと悲しげな音を響かせる。


「あ、あの、違いますからね? 一輝さん、その、ほら一輝さんまだここに来たばかりで全然服とか私物とかないじゃないですか、それで、生活費だって一応支給されているはずですから、ここらで一度街に行っていろいろ買い揃えたほうがいいと――」

「そう考えていたんだけど、ここ数日切り出せず、しかもいつの間にやら一輝基礎教養クラスやらでも知り合いとか出来てきてるし、あまつさえ知らない女子生徒と仲良く食事なんてしてたしで、焦燥感すごいんだよね?」

「ち、ちが……」

「それで、一輝と一緒に街に行こうって考えたんだよね。話の切り出し方三十六パターン考案して一つ一つ三十分先の予測までシミュレーションしたけど会話の可能性分岐数が二万越えたあたりで時間足りなくなってぶっつけで誘いに来たっていう」

「フェーリス!」


 ぺらぺらと明かしてしまうフェーリスの肩を掴んで、スピカが揺さぶる。耳の先が頬と一緒に赤くなっていた。


「そんな、私は、そんな図々しい事は――もう、フェーリスは……」

「えー違うの? 違わないでしょ? あ、でも違うなら、一輝、かわりに私とデートしようか。海辺のコテージ一回予約してみたかったんだけど一人ってのも寂しくってさ」

「フェーリス!」


 やや悲壮な声、懇願するような響きを含んだ抗議の声をスピカが上げる。

 フェーリスはくつくつと喉の奥を鳴らしてひとしきり笑うと、一輝に向かって「まあつまりそういうことなんだって」と言い、スピカを引き剥がして部屋の中に押し込むと、さっさと立ち去っていってしまう。


「……あの人、ほんと夜元気だな」


 一輝が呟くと、スピカは同意して、溜息をついた。


「いつも元気で突飛もないこと言い出すんですけど、夜は尚更です。やっぱりフェーリスって夜行性なんですよ」


 なるほどな、と胸中で呟き、納得して一輝は自室の椅子から立ち上がった。


「あの、一輝さん、すみませんでした……騒がしくして。なんか、もうわけわかんない感じになっちゃって――」

「いや」


 応えつつ、一輝は自分の格好をさっと見下ろして確認した。着込んでいるのは色気も装飾も何もない安っぽい衣服で、寮に入ると同時に支給されたものだった。

 ほんの少し考えて、やや俯き加減なスピカに質問する。


「それで、いつなら都合いいかな」


 幼さの残った、美しく丸い瞳を見開いて、スピカが顔を上げる。


「へ?」


 なんだか親とはぐれた子供みたいだな、と一輝は苦笑して、続けた。


「街に連れてってくれるの。こっちからもお願いしたいところだからさ」


 夏の路面に雪を落としたように――たちまち細かな氷たちが溶けていくように、スピカの表情が笑みに塗り替えられていく。


「……よ、予定がなければ、明日は学園、皆休日ですし――」

「じゃあ、それでお願いできるかな。特に予定って予定はないし」

「――はいっ!」


 それこそ子供のように屈託なく嬉しそうにするスピカに自らも笑みを浮かべつつ、一輝は学園から見える市街地の光景を頭の中に思い浮かべた。


(異世界の街、か)


 真新しい、震災復興によって漂白された街ではない、自分の暮らす新しい街。

 そう考えても、なにも特別な感慨は湧いては来なかった。

 どこかに留まるということ。

 どこかを根拠地とすること。

 どこかに心を拠らせるということ。

 それら全てに、驚くほどに興味が湧かなかった。そのためのなにかが、ぽっかりと欠け落ちていた。


(魔法みたいなチート能力も、異世界人も、なんでもありの異世界なら)


 その欠けを埋めるものがあったっていい。

 何処にもいなくなってしまったものの影くらい、見えたっていい。

 そんな願望が、ひっそりと頭の片隅を過ぎり――すぐに、思考の影に滲んで消えてしまっていく。


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