19 ここでやっていく
「……まさか、本当にやれてしまうとはね。六人でかかって負けるとは思わなかった……武器も無しに突っ込んだとはいえさ」
マリーチャたちに続いて、更に一人、観察棟から女性が歩み出てくる。短髪で鋭い目つきの――今しがたまで一輝が戦っていた六人と全く同じ容貌の女だった。
「マリーチャ、またお前のところに変り種が入るわけか。しかも今度はとびきりヘンなのが」
どこか呆れたように呟くその女は、学園の訓練教員の一人だということだった。マリーチャの同僚で、一輝の能力検査に協力していた。
彼女のチートは、自身のコピーだった。自己と同等程度の判断能力・技能などをもった模擬人体を生成して戦わせる能力。
「ヘンなのってぇ、もう、カーリヤは本人の目の前なのにぃ。でもまあちょっと、変わってるかもですねぇ確かに」
そんな風にのんきに言葉を交わす二人の脇をすり抜けて、クラスメイトたちが一輝に歩み寄る。
「すごかったねぇ、一輝。私のチートまで使われてちょっと吃驚したよ」
そう言ってフェーリスは一瞬姿を消し、一輝の背後で実体化して見せた。肩越しに耳元に顔を近づけて「今度二人で透明化したままじゃんけん大会とかやろうか」などと囁く。
「本当に……こんなチートって、見たことないです。っていうか一輝さん、なんで普通に戦えてるんですか」
スピカがまだ驚きの残滓を顔に残しつつ、一輝に手を伸ばした。カーリヤの分身の打撃を防いだ肘を手にとって、指先で確かめられる。
「いやなんとなく……っていうか戦いじゃなくて検査だろ?」
「それはそうですけど、でも――」
「でもなんかもう、検査っていうか半ば訓練みたいだったよね、最後のこれはさー」
一人自由に、今の検査で凹凸のついた辺りの地面を見て回りつつドロレスが口を挟んだ。
「うお、超硬重ラブリックリリカル打撃棒、半分埋まってんじゃん。人体貫いてこの威力かー、申し分ないけどもっと可愛げが欲しいかな……」
などと、地面に突き立ったピンク色のハンマーを検めてそんなことを一人で呟き続ける。
「お疲れ様です、一輝さん。なんだか丸一日もかかってしまいましたね」
アリーシャがさも当然だといった風に、一輝にタオルを差し出す。受け取りながら一輝は小さく頭を下げた。
「つき合わせちゃって、ごめん」
「そんな。先生からの、というか学園からの命令でしたから一輝さんがどうこう、という話ではないですよ」
「一輝さんのチートはぁ、他のチートに干渉するものでしたからぁ。私が皆に言って協力してもらったんですよぅ」
アリーシャの言葉に、マリーチャもそう言葉を追加した。
「しかし、他者のチートの使用か。それも、はじめて扱うチートも淀みなく使用していた……馬鹿馬鹿しい話だが、なんとも将来有望だな」
カーリヤが短い髪を揺らして、一輝を見やりつつ言った。
「将来ですか?」
訊き返すと、ふん、と鼻を小さく鳴らして彼女は続けた。
「チート能力は、能力者なら誰でも、何の訓練を受けずとも使うことが出来る。だが、その能力がどんなルールで動く、どんな構造の能力なのか……一体何処まで何が出来る能力なのか、暴走の危険性は存在するのか、そうした、チート能力自体の本質や構造や原理や限界はすぐに分かるものでもないんだ」
「へぇ……そういうものなんですか」
どういう意味か図りかねて気の抜けた返事をしてしまう。
「そういうもんなの。そのはずが、君はクラスメイトたちのチートを咄嗟に、自在に操った。なんでも、チート能力のあれこれが、見抜けるらしいな?」
言われて一輝は、とりあえず首肯した。
カーリヤの言う通り、何故か、一輝は他者のチートを自らに引き寄せ扱う力と共に、そのチートの本質を見抜く力も備わっていた。すでにこのことは、この一日の検査の中で学園の教師などに明かしていた。
一輝の能力は既に色々と検査を受けたことで、その正体はともかく機能に関しては様々なことが明らかになっていた。
他者のチートの操作能力。それが、一輝のチート能力だった。
他人のチートを強制的に自らに結びつけ、操作できてしまう。能力使用を妨害することも、自らの力とすることも出来る。更にその力の構造を一発で見抜く。
「便利な力だよ、それは。多分君が思ってるよりずっと。チート能力の解析・研究、あるいは活用法からの戦術作成、進路はいくらでもあるし、多分ミトラの研究機関なら皆欲しがるだろうな」
ただし、弱点もないわけではなかった。一度に扱えるチートは、その種類にもよるがせいぜい二、三種類。また、チートを『引っ張ってくる』相手とは、距離が離れすぎれば力が届かなくなる。数十メートルほどが限界で、また、自身が認知していない者のチートには、当然だが干渉できない。
(なんか、めんどくさそうな力だよな)
と、一輝は考えていた。広く応用が利く能力ということは、それだけ工夫する、しなければならない機会が多い能力だということだ。
「とにかく、すごいですよ、一輝さん!」
そんな思いを知ってか知らずか、スピカが目を輝かせて一輝に詰め寄る。
「訓練だって受けてないのに、カーリヤ先生のコピーと対峙して、しかも乗り切っちゃっただなんて」
「ほんとにね。ああもうちょっとショックだな。限界人数の十二人で一斉に四方八方から殴りかかってやればよかった……」
何気に怖いことをぶつぶつと呟くカーリヤは置いておいて、一輝はスピカに曖昧な笑みを返した。
「そりゃ皆のチートがあったからね」
「この分なら、普通の人よりずっと早く実際のお仕事も出来るかも。そしたら一輝さん、一緒にいろいろ働けるかもですよ」
なにやら嬉しそうに、そんなことを言う。
「お仕事っていうのは、どういう?」
「最初に一輝さんと私が会ったときみたいな――あれは、召喚機の警備なんですけど、学内や市街の簡単な持ち回り警備とか、校外でのチート能力の痕跡の探査とか……色々ありますよ。うちのクラスは違いますが、研究職寄りのクラスならもっと大人しいのも」
「働き者なんだ、アルドの学生って」
「ええ、まあ……学費も生活費も基本ミトラもちですから。早めにその分を返したり、あとは自由に使えるお小遣いなんかが欲しければ、お仕事するしかないですからね」
「私時々モデルとかやってるんだけど、一輝も一緒にやればいいよ」
フェーリスが、何が楽しいのか一輝の背中に自分の背中を合わせてもたれかかったりしながら言う。
「今ちょうど夏物の水着とかあってさ。一輝もやろうよ。男の人って大抵女性の水着好きでしょ。合法的に着込めるよー」
「好きだけどなんか色々違うしモデルって女物かよ」
ぐぐいと背中で押し返して突っ込む。
「フェーリスのはアルドと関係なく仕入れてる仕事だから、気にしちゃ駄目ですよ、一輝さん。……その、どうしても着たいとかなら、まあそのへんは個人のアレですから私がどうこうって話じゃないかもですけど……」
「そこは妙な寛容さで認めるなよ」
「まあ、なにはともあれ」
マリーチャが割って入って、にっこりと模範的な笑顔で告げる。
「これで、一輝さんも正式にミトラの学生、アルドワヒシュトの一員となりますぅ。先生たちと一緒にぃ、色々お勉強とかしましょうねぇ」
教師というよりは保育士のほうがしっくりきそうな言い方ではあった。素っ頓狂な格好と、腰のメイスさえなければだが。
(なにはともあれ、か)
考え、一輝は陽が傾き色の変わりつつある空を見て、細く薄く息を吐いた。
なにはともあれ、異世界で、自身が落ち着く場所が出来てしまう。
(やっていけるのか?)
いつかと同じ問いを、繰り返す。
地球で。異世界で。
あるいは、更にここ以外のどこかにいけるのか。
「頑張りましょうね、一輝さん。私も出来るだけ、お手伝いしますから」
スピカの声に、物思いを中断して一輝は視線を空から外し、自身を見つめる彼女へと移した。
「そうだな……うん、ありがとう」
答えて、とりあえずの意志を固める。
しばらくは、ここでやっていくのだ――と。




