18 異能検査
地球の学校のグラウンドのような、白く平坦な大地が靴先でかすかに削られる。踏みしめ、筋と骨がしなり、その上に乗っかる胴体を押し上げ加速させる。
一輝は、そうして勢いよく突っ込んでくる人影を半身で迎え撃った。
人影――短髪の女が、腕を振るう。放たれた手刀の一撃を、一輝は左腕の肘で軽く突いて逸らし、それと同時に踏み込んで、適当に握った右の拳を相手の首筋めがけて放った。相手はそれを予測していたようで、余裕を持って足を止め、空いている手で妨害しようとする。
が、そうした対応を一輝は全て細かく予想できていた。スピカのチートは巨大な情報処理の容量を使用者にもたらす。相手が止めた足にタイミングを合わせて一輝は踵を差し込み、引っ掛けるように蹴り上げた。
体制を崩した隙に、体重を乗せて逆の足で踏みつけるようにして腹を打つ。
(スピカのチートは、自己の情報化だ。強大な処理能力によって知覚・分析・推測を行い、さらにその情報を他者に直接送り込むこともできる。自身が半情報体であることを利用して他者に侵入、精神探査や憑依、短時間の乗っ取りさえ可能だ)
一人を無力化して、一輝はすぐにその場を飛びのいた。倒した女と全く同じ容貌の女が、左右から時間差で飛び掛ってきていた。
(自己身体を情報面から操ることすら可能。けど、訓練された無意識的動作には大きく劣る。情報処理や感知能力にしても処理の容量・性能は増えるけれど、常にチートに集中していなければそれを活かして行動には移せない――接近戦では消耗が激しい)
判断する。蹴りの勢いをそのまま活かして、前方に大きく跳ぶ。方向を変えて襲い掛かろうとする背後の二人に対して、一輝は別のチートを意識した。
虚空から、黄金色に輝く球体が瞬時に出現する。スピカのチートで敵の位置や体勢、重心移動などを見もせずに感知して、一輝は呟いた。
「落とせ」
声に答えて、球体――大地を司る神霊、パチャママがその力を地面へと注ぐ。
『死ねウラァ!』
ガラの悪い叫びと共に、一輝に向かって足を踏み出す二人の女の下の地面が一気に陥没した。
(アリーシャのチートは、四つの超常存在による自然物への限定的な操作だ。一つ一つはシンプルでさほど大きな現象を起こすことは出来ない――が、土水火風の操作はシンプルであるが故に応用が利くし、扱いやすい。神霊は使用者と意識がリンクしているけれど、半ば自律的に行動してくれるからとにかく楽だ)
一息つく。が、すぐに穴を飛び越えて追加で女が飛び込んでくる。更に背後からも一人。挟み撃ちの形になる。
ひそかな期待を込めて、一輝はまた別のチートを己が内に引っ張り、使用した。
手元に半透明の立体構造体が現出し、すぐに実体と取って代わる。
現われたのは、蛍光ピンクの長細い棒だった。棒の先端の一方には、『スゴクオモイ』と彫刻された、これまた桃色の正体不明の金属塊がついている。金属塊は円柱状で横向きに取り付けられており、形状としては棒の部分とあわせてハンマーらしく見える。
(ドロレスのチートは、大量の設計図の溜め込みとその実体化。元手無しに空間に物質を意味存在として仮定させて、実体化する。複雑な構造体でも生成可能で、『使用者の理解』さえあれば未だ存在しない文明兵器すら創造可能。生成した物質は十数分で消えるが、それまでは好きに使える)
極めて強力な能力ではある。が、現状糞重いハンマーは欲していたような武器ではなかった。持った右手が引きつるほどの重みは、二人の敵を同時に相手にするには逆に不利になってしまう。
(強力な反面、はっきりした弱点が、現出させる物質がある程度ランダムであること。膨大な量の物理構造を記憶する一方で、検索のための機能がチートの中にない。通常の脳機能ではチートによる物質の呼び出しに想起が追いつかないせいだ)
前後の二人は半秒で距離をつめてきていた。隙のない構えで、いやらしいほどにタイミングを合わせて襲い掛かってくる。
そのままでは対処などしようもない。格闘訓練など行ったことのない一輝では、スピカの力を使ったとしても一対一で一時的に拮抗するのがやっとである。二人同時に相手は出来ない。
「なら――」
ハンマーを持ったままで、一輝はまたも別のチートを自己に結びつけた。
前後から女たちが拳と爪先を突き刺しにかかってくる。
それらが身体に触れる直前――一輝は、その場から姿を消した。
そしてその直後には、二メートル近く上空に姿を現していた。
(フェーリスのチート――自己の『希薄化』。自己存在を世界に対して薄め、自身が受ける物理的影響を軽減できる)
一瞬で自身を希薄化し、重力や都合の悪い大気摩擦などをかなり大部分、無効化してしまう。その上で必要な部分だけ希薄化を解き、大地を蹴って加速したり、跳躍したりすれば、短時間に大きな移動が可能となる。物質的に希薄化するにしたがって、光学的にも透明化が起こる。
(ただ、極限まで希薄化すると精神そのものが虚無化しかねない。ぎりぎりまで薄まったところで、恐らく密度の高い物質のすり抜けまでは不可能だ……それともう一つの弱点は――)
一瞬で重力を無効化し、跳躍し、続けて実体化した一輝の周りで急激に押しのけられた空気が渦を巻く。
落下しながら、一輝は希薄化しているうちに振りかぶっていたピンクのハンマーを眼下の二人に叩きつけた。
(弱点は、加速に対して自身の五感や身体性能は別に強化されたりしないこと……実体化の際に力がかかりすぎていると危ないし、状況の変化を捉え切れなければ危なくてつかえない。フェーリスなら常人より神経も身体も優れているようだから、これは彼女といい組み合わせのチート能力といえるかな)
と、結論付けたときには。
一輝の足元に倒れた二人は、既に呼吸を止め、続いてその物理身体もまた活動の全てを止めて、最後には風に紛れるように消えていく。
「お見事ですよぅ、一輝さん!」
のんびりとした口調で、歓声らしきものが上がる。
一輝は息を整えながら、声がした方向を振り返った。だだっ広いグラウンドのような場所――あちらこちらに破壊の後や焦げ跡がついている――の一角に立つ小さな建物から、マリーチャが顔を覗かせていた。
「これで終わりですか?」
声を上げると、彼女は大きく頷いた。
「ええ、これで能力検査はぜぇんぶ終わりですよぅ。あとはミトラが解析しますからぁ、一輝さんはこれでお疲れさま、ですぅ」
マリーチャに続いて、クラスの一同、スピカにフェーリスにアリーシャ、それからドロレスも建物から歩き出てくる。
一輝が立っているのは、学園の敷地の端にあつらえられた、チート能力の検査用の場所だった。隅に立つ建物――マリーチャたちが入っていたもの――は、観察棟だった。恐ろしく強固に作られ、使用時には担当のアルドがチートで更に強化しており、万一暴走したチートによって被害を受けても中の人物に害が及ばないように作られている。
寮に入って一日目のこの日、一輝は丸一日かけて「チート能力の検査」を受けていた。
マリーチャに連れられ、実際のチートの使用からおかしな知能テストのようなペーパーテストや健康診断のような身体検査までを一通り受けさせられ、その最後が今行った模擬戦紛いのチート・テストだった。
本来ならば、ここまでのテストはすぐには行われないのだと、事前にマリーチャはそう一輝に説明していた。
一輝に課せられたこの模擬戦のようなテストは、特別な措置だった。




