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   17 異世界感、感じてます?


「フェーリスはもともと、普通の人よりも寒がりなんです」


 朝食の席で、スピカはそう切り出した。暖かい紅茶に口をつけつつ、横目でパンを千切って口に運んでいるフェーリスと見ながら。

 ドロレスやアリーシャも同じ食卓についていた。朝日の差し込むダイニングで皆で絵に描いたような朝食を――パンにサラダに少量の卵料理、紅茶とスープ――摂っているという光景は、考えてみればおかしなものだと一輝は感じていた。どこかの海外ドラマのパロディのようだ、と。


「普通の人?」と、とりあえず訊き返す。

「ええ……召喚機によって転移させられるのは、基本的に人間に限るんですけど――つまりは、言語と知性と理性を持った人間、って意味ですけど、でも無数にあるとされている様々な世界に住む、それぞれの世界の『人間』ですから、すこぅしずつ異なってたりすることもあるんですよ」

「なるほど」


 言われてみて、そりゃそうか、とすぐに納得する。千差万別の世界、そんなものが本当にあるなら、全ての世界の人間が同じような遺伝配列やなんやかやであるほうが不自然ではある。


「そこまで、いわゆるラストリエールの『普通の人間』から遠い存在が召喚されることはないんですけどね。でもちょっとした差異はあったりして、私やドロレスはこの世界の現地民と比べてもほとんど変わらないですし、多分一輝さんもそんなに差はないと思います。ただ――」

「フェーリスさんは、例外?」

「そだよー」


 パンを一つ食べ終えて、指先についた粉を舌を見せずに舐め取っていたフェーリスが答える。


「もともと住んでた世界の人間……つまりは私の同属ってことなんだけどさ。この世界の人と比べて、ちょおっとだけ、違うんだよねー。筋や骨がやや強靭だったり、動体視力や瞬発力にやや優れるみたい。ミトラで調べてもらって分かったんだけどね」

「つまりフェーリスからすれば、やってきた世界の『人間』が、やや脆くとろいわけだ」

「そこまでは。でもまあそういうことなのかな」

「その上、寒がりでやや夜行性で隙あらば一枚でも服なんて着ないほうがいいって考えるんです、フェーリスは」


 スピカが少しばかりとげとげしく言う。やや気にかかる言葉ではあった。


「それって性格の問題じゃ?」

「そうかもしれませんけど、でもなんかフェーリスのは根っからって感じがします」

「それほどでもないよスピカ」

「微塵も褒めてないって気づいてほしいな即」


 言い合う二人に、一輝は苦笑しつつ、自分も茶を口に運んだ。


(なんか、猫みたいな感じだな)


 フェーリスについて聞いた特徴をまとめて、そう考える。

 異世界に、それぞれ異なるかもしれない『人間』たち。それらが集まるミトラ。

 つくづく世界は広い。


「あと、アリーシャもそだよね」


 手早く料理を食べ続けていたドロレスが、手に持ったフォークをひょこひょこさせながら発言した。

 その言葉に、みなに料理を配膳したり茶を注いだりと給仕のようなことをやっていたアリーシャが「ええ」と頷く。


「なんだっけ? 昆虫型侵略宇宙人が人間界に忍び込むために作った偽装昆虫人とかだっけ?」

「巨大恒星間航行型移民船の内部で合成された、ストレス・クッションとしての人造人間です」


 ドロレスの言葉と一欠片もかするところのない来歴を、アリーシャはこともなげに明かした。


「恒星間……つまり宇宙移民船の、人造人間?」


 何かの冗談かと、スピカを見る。が、彼女は頷いて、それを保障した。


「はい、そうらしいです。正直全く想像が追いつかない話ですけど。でも実際、アリーシャ、私が初めて出会ったときとほとんど変わらないんですよ」

「調整されてますからね。年はとりますけど、緩やかなんですよ、老化が」

「SFまで混ざってくるのか……」


 くらくらしそうな話だった。最も、チート能力だ異世界転移だのという話に散々巻き込まれた身としては、最早そこまで驚きはしなかったが。


「ストレス・クッションっていうのは?」

「そのままの意味です。人々が穏やかに、余計な諍いなく暮らせるよう慈愛を持って人々に接しストレスを軽減するための存在と言うわけです」


 言われてみれば、アリーシャはそうした役割にいかにも適しているように思えた。物腰穏やかで、微笑を滅多に絶やさず、自然と心に染み入る暖かな声音でしゃべる。


「ものすごく美人なのも、そういう機能の一つだろうって話です」


 スピカが少しだけ声のトーンを落として言う。


「そのせいか、学内では主に男子生徒を中心にアリーシャのファン倶楽部っていうか、狂信組織みたいなものまで出来る始末で……今では百名規模にまで膨れ上がって、分派や宗派間での争いまで起きてるっていう……」

「えーと、冗談?」

「だったら良かったんですけどね」


 にべもなく、スピカは答える。

 それから彼女は一輝に向き直り、笑顔と困り顔が半々に混ざったような顔で、一言呟いた。


「異世界感、感じてます?」

「たっぷりね。胸焼けしそう」


 答えて一輝は、飲み終えた紅茶のカップを置いて、その場で合掌した。日本式の食事終わりの儀式を済ませて、これからの生活に想像を巡らせる。


(どうなっていくんだろうか。無事にやっていけるのかどうか――それよりなにより)


 一番大事なのは。


(帰れるかどうか……だな)


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