11 チート能力
スピカも相手――ジニアとかいう少女も、ヒートアップしたところに突然飛び込んできた一輝の声に、自分たちの声を一時止めた。
自分を睨みつけるジニアに改めて向き直って、一輝はけだるさと共に、至極自然に、喉の奥から出てくる言葉をそのまま流した。
「ようは、組織の決定が気に入らないんですよね? それで、俺たちに絡んできている。ミトラの中枢管理なんたらとかいうところじゃなく、この俺たちに」
スピカの隣に、一歩自らも進み出て、一輝は続きを淡々と続けた。
「そういうの、八つ当たりって言うんですよ。スピカの言葉じゃないですけど、ほんと、壁にでも話していればいい。鬱陶しいだけで誰にとっても意味がない」
「お前――!」
「四人で連れ立っていきなりこっちを呼び止めて――そこまで気合入れた演出で出てきておいて、やることはガキのごっこ遊びじゃないか。異世界に来てまで、こんなつまらないもの見るとは思わなかった。まあ皆地球人とそんなに変らない人間みたいだし、当然っちゃ当然か」
見る間に、ジニアの、それに彼女と一緒に立つ三人の仲間の少女の顔が怒気に染まる。
「あの……一輝さん?」
スピカがそれまでの緊張を解いて、なにやら頬に汗など浮かべつつ一輝を見上げている。
が、とりあえず最後まで、一輝は言い切ることにした。
「どれだけ自分に正当性があると思ってるのか知らないけど、言葉を送る相手すら自分で充分に選べないようなら、大人しく他者の決定に従っておいたほうがいい。一番悪いのは馬鹿が馬鹿だと自覚無しに馬鹿をやることだ」
「あの、その」
ぱくぱくと慌てたように何かを言おうとしているスピカを置き去りに、ジニアは眦を吊り上げた。
「……新参者の不審者がよくもそんな口を聞けたものだな。チート転生者まがいの男め」
ゆっくりと、ジニアは半身を引き、身体の端々を緊張させたようだった。自然体ではあるが、同時に構えのような何かでもあるのだろう。剣呑さが攻撃性に塗り換わっていくのが一輝にも感じられた。
「勝手に敵と決め付けて、今度は殴りでもするのか。もうどっちかっていうとただの動物だな。自分が猿か何かだと思っているなら、まあ好きにしろよ」
吐き捨てるように言った途端に。
一輝の頬を何かが凄まじい速度で掠めた。同時に大きく視界が揺れる。
一瞬経って、自分がスピカに強く引っ張られたのだと、一輝は自覚した。
「一輝さん、あの、一輝さんって、ものっすごく罵倒とか好きな人ですか? 私、あんまりそういうのは……」
引き寄せたまま、一輝にスピカが耳打ちする。
「いや、決してそういうわけじゃないんだけど。何か、言うべき事が口をついて出る性格というか」
「もしかして、やたら世渡り下手だってよく言われたりします?」
「あんまり言われないけど……そうなのかな。うん、ちょっとそういう気はしてきたかもしれない」
そう答えながら一輝は視線を前方から逸らさずにいた。
ジニアは片腕を突き出していた。正拳突きでもするかのように。ただ彼女と一輝の間には数歩分の、殴るには遠すぎる距離が存在していた。
その距離を難なく超えて一輝の頬を掠めたものは――腕でありつつも、腕ではない何かだった。
ジニアの腕は、袖口から細く長く、伸びていた。骨や筋は一体どうなったものなのか、まるで通常の腕の構造を全く無視して伸長し、一輝の頬を掠めたのだ。
一呼吸挟んで、するすると伸びた腕は元に戻っていった。人間の腕というよりは、軟体動物の触手か、あるいはゼリーや餅のようでもある。
「……ゴムゴムの」
「身体の不定形化です。似たようなチートはちょくちょくありますけど、ジニアは中でも強力かつ自由度が高いと学内でも有名です」
思わず何かを口走りかけた一輝を遮って、スピカが口早に説明した。
「学内でチートを使っての戦闘行為なんて、訓練でもそうは認められないのに。 ……どういうつもりですか!」
「なに、ガキがガキ同士小競り合いするだけさ。そうだろ?」
確信犯めいた呟きでそう吐き捨てて、ジニアは今度は両腕を同時に変化させた。
「うお」
思わず一輝は驚きの声を漏らした。実際に目にしていながら、それは何とも異様な光景だった。不定形化したゼリー状の両腕が素早く伸びながら枝分かれし、四本の鞭のような形状に変化していた。
それがそのまま、振るわれる。
甲高い風きり音がいくつも重なって鳴り響いた。鞭の振り下ろされた先にはスピカが立っており、鞭は四本それぞれが複雑な軌道を描いて彼女に襲い掛かっていく。
(まずい――)
声にならない悲鳴を上げる。
が、スピカは、泰然としていた。よく見れば、しっかりと相手を見つめる彼女の周囲に、ちりちりと小さな光の粒が明滅していた。襲い掛かる攻撃を目にしながら、彼女は安心させるように呟いた。
「大丈夫です、一輝さん」
四条の鞭に対して、スピカは軽く身を引き、体勢を低くして最初の一本をかわし、続けて横合いから打ち付けられそうになった一本を軽く左手の指先で弾いて逸らしながら、右手から襲い掛かる三本目を右足で蹴りつけて跳ね飛ばし、足元から胴体を狙う最後の一本を三本目を蹴った勢いを利用して身体を回転させることで避けた。
「この――」
苛立ちの声と共に、ジニアの腕は四本から八本へと分化し、再度スピカに襲い掛かった。が、これもスピカは小さな動作をいくつか重ねるだけで次々と無効化していく。ステップを踏み、体勢を変え、腕や足の重みを活かして敵の攻撃を回避する。
一見して、彼女は――彼女もまた、アルドとして、転生者に対抗する組織の一員として、それなり以上の訓練を受けていることが伺えた。が、それだけでもない。
(敵の動きのことごとくを――読んでる)
背後からの攻撃をほとんど見もせずに回避するスピカを見て、一輝はそう理解した。スピカは、恐らく相手の動作を尋常ではない観察能力と、同じく尋常ではない計算・予測によって、正確無比に回避している。
「チート能力……」
呟きが思わずこぼれていた。『自分の情報親和性を向上させて情報探査・解析・出力を行うチート能力を持っているんです。物の構造や、質量、材質、運動、その他様々な情報を繊細に読み取ることが出来たり――』という、スピカの言葉が頭の中に蘇る。
それに加えて――そうしたチート能力、目の前で使われている身体不定形化や、スピカの情報探査・処理能力に関して、一度味わったことのあるあの異様な感覚が湧き上がってくる。
スピカのチートも、ジニアのチートも、得体の知れない異能の力だ。そのはずが、一輝にはそれらが何故か――自明のものと思えた。
その構造が。原理が。力の働くシステムの全体像が。
スピカの力は、自身の半情報化とそのフィードバックだ。自己を情報化し、周囲の事象を物理面・あるいは非物理面=情報面の双方から認知できる。上手く集中して利用すれば、脳内電気信号を細かなレベルで読み取ることも、足元の石畳の繊細な立体構造を図にして思い描くこともできるだろう。
そこまでスピカから教えてもらったわけでもないのに、何故か、分かる。
自分の身体の一部のように、すっかり覚えきった単純な動作の一部のように、理解できる。想像できる。なんというべきか、そう――
自分でも扱える
という思いが、当然のことのように感じられる。それが自然なのだと。
(なんだ……?)
惑う。一輝は、自身の内に湧き出てくる衝動的確信に、一時気をとられていた。
「ああもう、鬱陶しい!」
かわされ続けて、ジニアは短気を起こしたようだった。スピカへの攻撃を続けながら、大胆に右足を上げて、その場で回し蹴りを放った。
力強く振られた右足の膝から下が、その動作の頂点で、腕と同じように形状を変えた。履いていた靴が脱げて転がる。
「一輝さん!」
意図を見抜いたスピカが叫ぶ。彼女と一輝の間には、若干の距離が生じていた。咄嗟には庇うこともできない距離が。
「シンプルに後悔させてやるよ」
ジニアの嫌みったらしい声が一輝に向かって放たれた。軟体化して襲い掛かる足と共に。
瞬間、咄嗟に一輝は、スピカを見た。彼女を見て、彼女の能力を見た。
そしてそれを、引っ張った。




