0 引きずりこまれて
(1/13追記)* 台詞文などの前後に空行を入れてみました。見易くなればと思ってのことですが、問題・みづらい点などあればご報告下さい。
0 引きずりこまれて
特に何があったわけでもないが、藤沢一輝は下校中、川べりで足を止めて周囲の街を見るともなしに見ていた。
増水時のために高く作られた堤防の上の道からは、広く街を見渡すことが出来た。一輝の目に映る街は、美しく、整っていた――どこか奇妙な違和感を感じるほどに。
(十六年以上住んできた街)
声には出さずに、一輝は胸中でひとりごちた。街は美しく新しい。整っており、洗練されている。
それは当然だった。そこから見える街の過半には、歴史の色も香りも歪みも軋みも見当たらない。再建されて十年にも満たない建物や道路が、ひどく多い。
ただ、そんな奇妙さを感じる街であったとしても、一輝にとっては生まれ育った町だった。馴染み深く、思い出に満ち、愛着をもった街。
そのはずが、一欠けらほどの愛着も執着も、今の一輝は感じていなかった。
「どうでもいいってことなのかもな」
今度は小さく声に出して呟く。
ふと彼は、振り返る。誰がいるわけでもなく、周囲に人影も無かったが、一輝はそのことにこそ強烈な違和感を感じていた。
そこにだれもいない。
そう意識した途端に、強い、確信めいた想いが膨れ上がる。
ここじゃない。彼女はここにはいない。かつていた友人も、家族の一部も、ここにはいない。ここではない。
(空虚な生活。馬鹿みたいに退屈な一年間)
自身の身につけた、通い始めて一年になる高校の制服を、一輝は意識した。
退屈で、色のない、馬鹿馬鹿しいまでに空疎な一年だった。最も大事な友人であり――もしかすればそれ以上を望めた者がいなくなって一年。
(こんなんで、あと何年生きていくんだ?)
目を閉じて、考える。
(やっていけるのか? 俺は。こんなことでいいのか? ここにこうして居続けて、いいのか? もっと何か――)
とめどなく思考は流れ、そして、どこかで、じっとりと変質していく。
(もっと何か――別の――世界交差中心点に……交差中心世界に……チートを撲滅するものたちの中に……)
ほとんど無意識的に頭の中で呟き続け、なにか寒気のようなものを感じて、一樹ははっと顔を上げた。
「なんだこれ」
うめく。その間にも、心の中の呟きは続く。止められないままに、どんどんと。
交差世界。多重世界構造の中心。チート能力。願望の成就と否定。そのシステム。カウンターとしての存在。もっとも対抗しやすい場所へ。
自身の心の中の呟きだというのに、一つも意味が分からない。意識や思考といったものが得体の知れない力に押し流され引っ張られているような、ぞっとする気配が背骨を流れる。
パニックを起こしかけながら、一輝は悲鳴のような声を上げていた。
「やめろ――」
何をどう止めるのか。一つも分からなかったが、上げた悲鳴に埋もれるようにして、一輝は意識を失った。
*
何も見えず、聞こえず、触れず、香ることもない。
「なんだ……?」
そう呟いた自分の声すら、存在していないように思える。そんな場所に、一輝はいた。
「俺は」
「お前は、尖兵だ。願望成就のシステムの暴走に対する」
言葉が聞こえて、一輝は振り返った――つもりだったが、そもそも肉体も何も無いため何も変化は起こらなかった。聞こえた声も存在していないとなぜだか直感できた。存在しない声が、どうしてか聞こえる。男のようでも女のようでもない、あるいはそのどちらでもありうるような、不可思議な声が続く。
「人の望み、願い、意志するところ――物理的制約を崩してそれを成就させる力へのカウンターが必要だ。遂行しろ」
「誰だ」
聞こえない声を聞き、響かない声で問いかける。
「誰でもないことで誰でもある、誰かであることの総体として、誰でもないことの唯一点としてあるものの、その一つの側面」
「わけの分からない言葉遊びを聞いているんじゃない」
ぴしゃりと制止するが、しかし相手は一輝の声を全く無視したまま言葉を続けた。
「ラストリエールへとお前を転移させる。尖兵として力を――私・我々と直結して願望を絡めとり破壊する力と権限を与えて」
「くそ、人の話聞けよ。ここは? あんまりひどいと警察呼ぶぞ、お前」
「ここにはいない。お前の知る者はだれも。勿論――」
そこでほんの数秒、声は言葉を途切れさせた。
それからゆっくりと、告げる。
「勿論、片瀬昴もいない」
聞いて、一輝は反射的に上げかけた声を、息を、呑み込んでいた。
「なんだ……一体、何が、なんだか――」
混乱を深めながら、一輝はよろめいた。身体も何もないままに。
「私と繋げて、それから送る。藤沢一輝――」
轟然と、高らかに、声は最後の一言を一樹に向かって放った。
「転生者を探せ。チート転生者を。奴らに便宜を図るもうひとつの私・我々を止めろ――」
声と同時に、得体の知れない何かが一輝の内に潜りこんだ。何か異質な、人間的な感覚を超えたものが一輝の意識と結びつき一体化する。
その感触におぼれながら、一輝はどこかへと、落ちていった。無限に続くかのような落下感が存在しない身を包み――どこか知らない場所へと、彼は向かっていった。




