アレスside
「………寝たようだね」
胸元に寄り掛かる体温が温かく感じる。
遊んで、食べて、寝る姿は人間になっても、いつもと変わらない光景だ。
「お可愛いらしい、寝顔ですわね」
マァムがリンにブランケットを掛けながら微笑むが生憎、リンに背を預けらる形で眠られてしまった為、此方側からは見えない。
かわりに小さな頭を撫でた。
「マジで可愛いっ」
「10歳くらいか?子供の寝顔は何時見てもいいもんだな」
「食べられる姿も可愛らしかった……明日はチョコレートケーキ…いや、タルトもすてがたい……」
「職人の者に部屋の内装を相談せねば……やはり、可愛らしく壁紙はピンクで統一して………」
先程まで給任係りを勤めたマァム以外の使用人達がぞろぞろと出てくる。
一応、気を使って身を潜ませていたが、リンが寝たのを見計らって出てきたらしい。
相変わらず騒がしいね。
「お静かに。お嬢様が起きられてしまいます」
すかさずマァムが咎めると、びくついた使用人達は一斉にリンの寝顔を見てホッと安心した。
リンは一度寝るとなかなか起きないが、騒々し い中で話しはしたくない。
「………さて、簡潔にだけ経緯を話すよ」
魔力の暴走、異世界、リンが元猫であること。
リンの体は13歳の少女だが精神は生まれて9ヶ月の赤ん坊だ。
あちらの世界では猫の年齢を人間年齢に当て嵌める基準があり、自分の猫年齢が4歳だったのは人間年齢が32歳であったから。
獣医に4歳と言われた時は愕然としたけど、人間年齢で考えると当たっていたからね。あちらの獣医は骨格、瞳の色、体重とかで年が分かるから優秀だよ
「この子は人の習慣や常識は知っているけど、理解は出来ていないから……この子にとっての人は [面倒な生き方をしているから耳も目も鼻も悪い。けど菓子が食べられる生き物] と、いった認識だよ」
猫にとっては確かに面倒な生き物だろうね。
人間は……
リンにとっては人は菓子だけしか良いところがない様だしね。
「人として扱ってもいいけど、猫であることも忘れないでね………もし、魔物を狩ってきたら怒らないで褒めてあげなよ」
「「「「「………狩る!?」」」」」
「本能だからね」
「でも、今は人間の体だぜ」
「あんな、ちっこい体で狩れるかよ」
「魔物ですよ。鼠ではないのですから、さすがにそれは……」
「猫だったのですから人間の武器など扱ったこともないでしょうしな」
「…………もしかして、お嬢様がアレス様の魔力の欠片を使用して、ですか?ですが攻撃するには魔力が小さすぎませんか?」
魔力の欠片を炎や水に変換するのは可能だが、せいぜい蝋燭の炎やコップ一杯の水ぐらいしかリンは出来ない。
それでも魔法語なしに出来るので凄いが、魔導師なら山火事、川を奔流させるなど序の口だ。
「半分正解で不正解だね」
欠片を使うのが外の事象ではなく、内の事象だけどね。
「可笑しいと思わないかい?」
猫として生きたリンが [人間の言葉] を話し、教えてすぐに [二足歩行] で歩き、人間になったのに [人間の感覚] に驚愕や疑問を抱かない。
欠片を無意識に使い生きていくうえで、必要なものに本能的にリンは魔力を使っていた。
「人間の体は13歳、精神は9ヶ月の赤ん坊、身体能力は猫」
だから言葉、視覚、聴覚、嗅覚、バランス感覚を魔力の欠片で補った状態だ。
「身体能力の強化ですか!?」
マァムも含めた使用人達は有り得ないと顔に出し騒然とした。
身体の強化は魔導師でも行えない。リスクがありしぎる。
力を強くするには単純に考えれば筋肉量を増やせばいい。
ではどれぐらい増やせばいいか?
今ある筋肉は?
どこの筋肉を?
どのように扱う?
それを感覚まで……
「人間は教育されるけど動物は本能で生きる。教えられなくても本能が知っているからね」
猫の時、知っていて扱えていた。
事実があるからこそ、その感覚を無意識に魔力の欠片で補った。
外ではなく内に魔力を使えるから魔力はそのまま体に還元される。
効率はいいがリン以外は不可能だ。
「俺の魔力の欠片がこんな風になるとはね。面白いけど、余所にばれたら狙われるね。確実に……」
ただでさえ俺が規格外なのにね。
「今さらですわ」
「狙われる前に殺ればいい」
「死人に口なしってね♪」
「殺しは無理なので解体ならお手伝いしますよ」
「証拠隠滅はお任せください」
「「「「「アレストファ公爵家の名に懸けてお守りいたします」」」」」
いつもは騒々しいのが嘘のように真剣な顔の使用人達。
死の貴族、処刑人、断罪者。
アレストファ公爵家は王族に連なる者。
罪を犯せば親も兄弟も友であろうと、国王さえも殺す。
殺すことを赦さている。
使用人達は主の為に存在する。
主の手となり足となる。
使用人達がリンを可愛いと思うのは本当。
だが俺に牙を向ければ躊躇わず殺す。
俺の大切な者でも……
優先順位は俺が一番だが二番目にリンがくるだろう。
俺が大事にしているのは見て分かるだろうからね。
「この子のこと、よろしく。仔猫は手がかかるからね」
ぐっすり眠る仔猫を抱え、寝室へと向かった。