前夜祭5
イチの店には、以前からハリス男爵からの嫌がらせがあった。
理由は単純だ。
イチの店の服のが売れるからである。
オーダーメイドの服はけして安くはない。
しかもデザイナーは男で、店員はイチのみ。
女性のデザイナーが一般的かつ、店員にも女性がいない。
当初は売れる見込みさえ予想だにしなかった。
だがイチの作る服は売れた。
丁寧な縫製、優雅なデザイン、早い仕上がり。何より自分に合った、自分だけの服。値段は既製品と比べれば高いが、その価値がある。
男性だけでなく、口コミで女性の客までが購入する程に繁盛していた。
女性の客は男性に採寸されるのを嫌がるものだが、イチは男性だけでなく、女性も採寸しない。
「そういえば、採寸してないね」
「巻き付かれるのは嫌です。動くと怒るのですよ」
基本寝る時以外はジッとしていないリンは、夜会のドレスを採寸した時から非常に嫌いだ。
キツくメジャーで計られたまま、動くことを禁じられるのだ。
夜会のドレスはマァムがリンを宥めながら、どうにか作られた服であったが、今はない。
貴族は同じドレスを着ない。
ではなく、リンが破り捨てた。
それはもう、ボロボロに…………
窮屈なドレスはもう二度と着ないという、意思表示である。
現在はマァムがゆったりめの、既製品のワンピースを買っている。それでも王都の老舗店の物だ。デザインはシンプルだが生地は最高級品質。
ちなみに、アレスの普段着も同様。
王宮に行く時のみ正装する。
「採寸しなくても、見れば体のつくりが分かるんだよな………………あのさ、カリフ伯爵家って知ってるか?」
「武家の名門でしょ。国王陛下直属の騎士に何人か居るね」
「……………ハハッ…………それ、僕の父親と弟達なんだよなぁ………」
「お兄さんはお兄さんなのです?」
「ハイ、長男デスヨ……………勘当サレマシタケド……」
「ああ、あそこの出身なら戦えるはずだね。それより、服は?」
「私の服もです」
「いや、服より僕の身の上話に重点を置いて!何!?それだけっ!?それで終わり!!もっと、こう、あるでしょう!?」
長男なのに家督を継がない理由とか。
騎士でなく、何故デザイナーになったのか。
勘当された理由とか。
「興味ないよ」
「難しい話はつまらないのです」
「………………………もう、いや…………僕の過去は服以下なのか…………いや、でもデザイナー冥利なのか?でも何か嫌だ………」
お兄さんは項垂れながらも、奥の部屋から服を出してくれました。
「早いね。仕上がりは夕刻予定だったのに?」
「僕のデザインだからな。服は出来ましたよ」
客に合わせた服ではなく、イチ好みのデザイン。
アレスとリンだからこそ、着こなせると判断して出来た、イチの自信作。
「服は?」
「靴と小物がない」
「靴は履いてますよ?」
「服だけでいいよ」
自信作も、着れれば何でもいい考えの二人。
「それじゃあ、服に合わないんだよっ!ねぇ、もっと服装を考えようよ!?」
「別に困らないし」
「服より下着のが必要でしたよ?」
「この服は僕の自信作!傑作なんだよ!!完璧に仕上げたいの!!!あと、わざと話をそらしたけど、嬢ちゃんのそれ何!?何してんの兄さん!?」
イチが指差す先には、リンの首筋についた赤い痕。
昨夜の内出血=キスマーク。
イチは23歳の青年だ。
虫刺されとキスマークの区別くらいはつく年であった。
「何って、ナニしかないよ」
「下着は大事なのです。次は見せない下着を作って下さい」
「ナニって!?嬢ちゃんも下着は元から見せる機能はない!下着は隠すもんだろうが!!もう、本当にヤダッ………………僕は疲れたよ……」
お兄さんはぐったりテーブルに倒れました。
「お兄さん、お疲れなのです」
「服もあるし、行こうか?」
「はいです」
お祭りに行くのです。
まだ、出し物を見ていないのです。
おばあちゃんが面白いと言ってました。
旦那様が服を持とうとしましたが………
「…………………待て」
お兄さんが服を掴んで離しません。
「丁度いいから、祭りで靴と小物を揃える」
「別に要らないけど」
「要らないのです」
「いいや、揃えるったら、揃えるんだ!それまで服は渡さん!!」
服を抱き締めながら、駄々っ子のような頑なイチ。
「はぁ、靴と小物を買えばいいんでしょ?なら適当に買ってくるから服を寄越しなよ?」
「靴はサンダルがいいのです。小物はウサギを買います」
「任せられるかっ!僕が選ぶ!!アンタ等に任せたら僕の自信作が台無しだ!!!」
お兄さんもお祭りに行く事になりました。
疲れたのに、休まないで大丈夫でしょうか?
お兄さんには甘いお菓子を買ってあげようと思います。




