第七十話:街道での待伏せ
翌日の朝にソルディスは宿を出ると、真直ぐベネシェンドへの道を取った。
上手く走れば暗くなる前には砦へと到着できるだろう。昨夜の諍いのこともあるのでソルディスはいつもよりも気を引き締めながら、馬を走らせていた。
朝早くの街道はそこそこの人間で賑わっている。王都での内乱などこの地には関係ないのかもしれない。
「へええ、いい馬乗ってるじゃねぇか」
ふいに追越をかけてきた騎馬が、ソルディスに声を掛けた。
と、同時に周りを取り囲むように昨日の兵士がソルディスの騎馬の周りを囲む。
ソルディスは仕方なく馬の脚を止めると、あきれた視線をフライアンテに投げつける。
「昨日の従者の人も言っていたけど、僕に手を出すのは得策じゃないと思うけど?」
見る限り、昨日、彼らを止めたお目付け役の人間はいなかった。
それゆえにこのような愚かな行為をするのかとソルディスは妙に納得した。
「確かに、お前がベネシェンドに辿り着いたらやばいが、この国からいなくなれば問題なんて起こりゃしないさ」
フライアンテの言葉を示すように兵たちの後ろには何度もソルディスを捕らえようとしていた奴隷商人たちの姿が見えた。
「それは、確かにそうかもね」
ソルディスは嘆息しながら、剣を抜き放つ。
左手でそれを構えると馬の間合いを持って、襲い掛かるタイミングを計る。
兵たちはニヤニヤ笑いながら、実力も定かでない小さな獲物を屠るために縄や棍棒を構える。
どうやら本気で生け捕りにするつもりのようだ。
「さあ、捕り物劇の始まりだっ!」
フライアンテの下衆な掛け声とともに兵たちは一斉にソルディスに飛び掛る。
ソルディスは的確に襲いくる棍棒や縄を薙ぎ払ってゆくが、数の上の不利が次第に目立ってくる。
(まずいな、殺すよりもやり難い)
ソルディスは内心、悪態をつきながらベネシェンドへの突破口を見出そうと躍起になる。
そんな彼の視界にまた更に兵が駆けつける姿が見えた。
(万事窮すか・・・仕方ない)
ソルディスは一つ溜息をつくと、剣の持ち方を替える。
そしてそのまま襲いくる男の身体を薙ごうとした。
「そこまでだっ!」
その声は後から来た一団から掛かった。
ソルディスは男の身体の手前で剣を止めると、新しく来た騎士団の方に振り返る。
一方、フライアンテは顔を蒼くしながら、その軍団を見つめていた。
「いったいこれは何の騒ぎだね。フライアンテ子爵」
「オージェニック卿・・・これは、その」
軍団の長らしき男性ががっしりとした壮年の部下を従え、事の子細をフライアンテに問い詰める。
ソルディスが軍団を見ると、昨日、フライアンテを止めた男が壮年の部下の後ろに控えていた。
どうやら男の報告を受けて、ベネシェンドからオージェニック卿が部下を引き連れて自分を迎えに来てくれたようだ。
フライアンテはしどろもどろになりながら言い訳にならない言葉をオージェニックに報告している。
壮年の部下・・・副官のランズール卿はソルディスに近づくと、優しい笑みで話し掛けてきた。
「すまんのう、バカな甥が迷惑をかけた」
「いえ、僕も態度が生意気だったのかも知れません」
聡明な口調で謙虚な答えを返した少年にランズールはますます目を細めた。
「いやいや、少年ぐらいの年なら生意気ぐらいが丁度よい。だがあれだけ育ってしまっては・・・せめてそなたの一割でも頭脳を持ってくれれば後継者として指名もできるのだがな」
ランズールはそういうと未だに棒にもひっかからぬほどくだらない言い訳をしている甥へと視線を向けた。どうやら身内であるランズールの注意など聞き流してしまうフライアンテの性格を考慮し、軍団の長であるオージェニック自らの叱責の形にしているようだ。
「ガイフィード将軍の紹介状を持っている少年というのは貴殿か?」
ようやくフライアンテを叱るのにきりがついたオージェニックはランズールと歓談しているソルディスに声をかけてきた。
「はい、ソリュート・アドラムといいます」
丁寧に頭を下げた少年にオージェニックは馬を下りるとソルディスの騎馬に近づいた。
ソルディスも慌てて馬を下り、随分と背の高いオージェニック卿の顔を一度見上げてから再度頭を下げた。
久しぶりの更新です。タイトルも、話の内容からでひねりもありません。
ここの部分はあまり考えていなかったため書いては消し、書いては消しかなり時間がたってしまいました。
よく考えてみたらもうすぐこの章も終りです。
次の章『国土鳴動編』はこの話から3年後の話になります。
その前に前の章とこの章の文章に一旦修正をかけていきます。