第六話:呪われた王子
一座は森を抜けると適当な場所に野営の準備を開始した。
10台以上の馬車を有する大所帯である。ご飯の準備も大賑わいだし、食べ終わったとしても踊り子たちは興奮して踊り出す始末だ。
そんな騒々しい食事の片づけが終わり、踊子たちも含めて全員が眠りについたのは深夜を回った頃だった。
サイラスは眠れなくて馬車の外へと出た。
月明かりがあたりを白く染めている。月の光が強くとも無数に見える星たちは、自分のこの呪われた身を極小さなものだと改めて認識させてくれるようだ。
「やあ、サディア」
急に声をかけられて振り返るサイラスにグランテは笑いながら近づいてきた。
「ちょっといいかい?」
有無を言わせない問いかけに、彼が諾とすると彼女はさっさと馬車から少し離れたところまで王子を導いた。
「どのような御用でしょうか」
二人でそこにある切り株にそれぞれ座った所でサイラスはグランテに問い掛けた。
彼女はじぃっと彼の顔を見た後、一つため息をついた。
「あんたは自分が時守の里に入れないことは知っているのかい?」
その問い掛けに、サイラスの肩が揺れた。彼は視線を地面に落とすと「はい」と小さく答えた。
「神馬に唸られるほど、僕は呪いに満ちていますから」
自分の掌を見てみると罪もない人の血で濡れているように見えた。
いつも見える幻覚・・・小さい頃から背負わされた自分の罪。
「僕が初めて人を殺したのは7歳のときです」
彼はやけに落ち着いた声で告白をする。その表情はまだ成人に満たない少年のものではなかった。
「見知らぬ人が縛られていました。僕は小さな剣を握らされてその上から誰かの手がそれを押さえつけて、刃は縛られた人の首に当てられました」
覚えているのは泣き叫ぶ自分の声。
『いやだ』と『怖い』と叫んでいるのにそこにいる大人は誰もそれをとめようとはしなかった。
縛られていた人物は最初、恐怖でこちらを見ていたが・・・やがて泣き叫ぶサイラスに小さく微笑み、その瞼を閉じた。
「紅い生暖かい飛沫が僕の身体を汚していくのを恐ろしいモノとして覚えています。そして紅い情景の向こうに見える父上の笑う姿を、鮮明に覚えています」
縛られていたのは父の元に売り込みに着ていた占い師だったと思う。彼は3人の王子のうち一人はバルガスの子供ではないと告げた男だった。
「殺したのは時守の民だったそうです。殺そうと思ったけど時守の呪いを恐れて、誰も殺せず、ならばと僕に刃を握らせて殺させたそうです」
全身を覆った紅い血は自分にかかった呪いの証だ。時守は小さな能力しか持たない者でも自分を殺した者を呪う力があると聞いたことがある。
その後も時守の里から過去見が呼ばれるたびに自分はその場に呼ばれ、刃を握らされて殺すための道具にされた。
人を殺すたびに冷えていく心。自分が自分の持つ刃のように心をもたないものに変化してしまいたかった。
「人を殺した後、何故かいつもソルディスに遭った。あいつは僕が人を殺すたびに僕の手を、身体を抱きしめて必死に温めようとしてくれた」
凍えていく心を温めてくれたのは彼だけだった。
穢れているからと振り払おうと躍起になっても、彼はいつまでも自分の腕や身体にしがみついて離さなかった。まるでそこが穢れていないのだというようにずっとずっと抱きしめてくれた。
だからこそサイラスはソルディスを王位につけようと心に決めた。
こんな呪われた自分ではなく、きちんとした王位継承権を持つ清廉な彼の頭上にのみ王冠は輝くべきなのだ。
「僕はこの心を人として繋ぎ止めてくれたあいつのためならなんでもやる。これ以上の呪いも、穢れも怖くはないんです」
最後に呼ばれた過去見と星見はクラウスのことを『第二王子』だといった。
これによりバルガス王はソルディスが自分の息子ではないと確信した。それから時守の民は呼ばれなくなり、呪いを受けた自分はソルディスの対抗馬としてすべての矢面に立たされることになった。
あの父にどんな考えがあったのかはわからないが、自分はその立場を利用してソルディスを滞りなく王位につけるための基盤つくりに勤しんだ。
「なるほど、あんたがどうしてソリュードのために動くのか理解できたよ」
兄弟だからというだけならそこまでの決意はなかっただろう。
特に権力が絡み付いてくる場合、骨肉の争いになル事のほうが当たり前なのだ。
それなのに逃亡してからもずっとサイラスは王位継承者であるソルディスを守ることだけに専念していた。
クラスみたいに違う道に進みたいのではなく、あくまで臣下の道のみを目指して。
グランテは大きなため息をつくと悲しい瞳を持つ呪われた王子に再度問い掛けた。
「それで、もう一度本題に戻ろう。ソルディス王子が時守の里に入ろうとする時、あんたはどうするつもりだい?」
占い師としての素養を強く持つ王子ならばリディア国王家に憎悪を抱いている彼らでもその門をあけるだろう。森の精霊と契約しているクラウスも神馬に惚れられるシェリルファーナも大丈夫だ。
しかしサイラスの前の門は絶対に開かれない。
自分の民を複数殺した相手を里に入れるほど彼らが寛容ではないことを彼女は知っていた。
「いざとなったら俺は姿をくらまします。どちらにしろいつまでも4人で行動すること自体が危険を伴うのですから」
一気に全員捕まらないように、囮の役目も含めて自分は彼らから離脱するつもりでいた。
「そうかい・・・」
意思の硬い王子の頭をグランテは優しく撫でると彼はくすぐったそうに笑ってみせる。
「もしかしたら勝手に消えることがあるかもしれませんが、その時は弟たちをよろしく頼みます」
サイラスはそれだけ言うと立ち上がり「おやすみなさい」と挨拶をして馬車のほうへと戻っていった。
王都脱出編でウィルフレッドが言っていたバルガスがサイラスに与えた役目です。
自分に呪いがかからないように、サイラスに刃を持たせ部下にその腕を固定させて自分で占いをさせた占い師を殺させる。それが役目です。
この物語通じてこの話と次の話が一番重いと思います。