第六十六話:時守の里の異変
大方の予想通り、村から見えず誰にも干渉を受け難い茂みの中に入った途端、後ろから着いてきた一団が彼女の前にその姿を現した。
見る限り普通のちんぴらのようにみえる。
馬に変身したルシルヴィリアを横から掻っ攫い、転売する目的のようだ。
「お前みたいな奴にそんな立派な馬、いらないだろ」
青年たちの中でもリーダー格と思しき者が彼女の前に踏み出した。彼には彼女が精霊の森の集落から買出しに来ている下位層の少年に見えるらしい。
「ついでに荷物と金も貰ってやるよ、感謝しろ?」
男の一人が馬に手を伸ばそうとした瞬間、レティアは俊敏な動きで剣を抜き放った。その鋭い閃きは馬に伸ばされていた腕を見事に切り落とす。
「ぎゃっ!!」
不恰好な声をあげて彼女の手前で倒れた男にレティアは冷酷な笑みを送る。
「今、私は気が立っているんだ・・・少しだけ時間をやるから剣で切られて死ぬか、竜の炎に焼かれて死ぬか決めてくれるか?」
その言葉と同時に馬はぐんぐんとその身体を膨張させ、銀色の鱗を持つ巨大な竜へと変化した。銀色の巨体はとりあえず、荷物の位置を羽で調節した後で目の前に転がっている男を踏み潰した。
「さん、に、いち」
歌うように告げられる数字に彼らは最後の『逃げ出す』という選択肢を選び取った。
「ゼロ」
レティアの最後の掛け声とともにルシルヴィリアは白く輝く猛烈な炎を吐き出した。炎は木々の合間を縫い、彼女たちにちょっかいをかけようとした男たちを飲み込んだ。
「うわぁぁぁあああああっ!!!!」
断末魔のような叫びが森の至る所からあがる。彼女は叫びをあげている男たちを開けれた顔で見ると、炎を吐いている竜の首の部分をぽんぽんと叩いてやる。
「お仕置きはそれぐらいでいい」
その言葉と同時に竜の口から吐き出されている白色の炎は止まった。それと同時に炎に包まれていたはずの男たちの身体が崩折れる。
どうやら気を失っているようだ。もともと彼女たちは竜の身体に触れようとした人間以外は殺す気などない。
「しばらくしたら目が覚める。私たちはさっさと里へと向かおう」
レティアはそばにいるルシルヴィリアにそう告げると銀色の鱗を纏った背中へと慣れた仕草で騎乗した。
里に戻ると村は出発前とは違いどこか違い活気に満ち溢れていた。
『結界の形が変わっている・・・』
里の上空を旋回していたルシルヴィリアは知らず知らずに呟きをもらした。
レティアにはルシルヴィリアの言葉の意味がわからず、暫く不思議そうにしていたがいつまでも上空を旋回しているわけには行かないのでいつもどおり村の中の広場へと降り立った。
「ああ、王女。戻られたのですね」
ここ暫くで親しくなった村の娘が気軽にレティアに声をかけてくる。その手には村特産の絹の反物が抱えられていた。
レティアが聞くと、彼女はそれを行商にでる恋人の荷物に入れてもらうために運んでいる最中だと答えた。
「どうしたんだ?いったい」
だが聞いてみたところで能力の薄い予知見でしかない彼女はただ「道が通れるようになった」としか答えない。
(道が通れる・・・?)
森の結界が外れたのだろうか。
しかしそれならあの結界に囚われている男が出てくる危険性を村が警戒するはずだ。彼女は真相を知るために、ルシルヴィリアの背から村長に届ける荷物だけ下ろすと一路彼の家に向かった。
「えーいっ!やぁっ!!」
村長の家に近づくと少女の気の抜けるような掛け声とともに木刀を打つ音が響いてきた。
どうやらルミエールが村長の家の傍で剣の練習をしているようだ。
彼女は記憶を失った状態で目を覚ましてからずっと、強くなるための努力を始めた。彼女にその理由を聞いても、「きっと元からそうだった」とどこか男っぽい口調で答えるのみだ。
「あ、レティア。帰ってきたんだ」
荷物を持って駆けてくる義妹に気付いたルミエールは満面の笑みで彼女を迎えた。
レティアもそれに笑顔で答えると、有無を言わさず彼女の手を握り村長の家のドアを開けた。
暫くぶりにレティア視線での話の展開です。
普通に馬で移動していればレティアとソルディスの再会はあったのでしょうが、上空ではあまり騎馬等は見つけられないようです。
(以前、馬車をみつけられたのはそこに『能力を押さえていないソルディス』と『神馬をつれたシェリル』そして『クラウス』が居たためです)