第六十三話:一つ目の決着
ソルディスの通行証はその日の内に完成した。
『ソリュート・アドラム』
そう刻まれた名前に指先を這わせながら彼はしっかりとそれを自分の中に刻み付ける。ソルディスは馬車に乗っている荷物の中から必要最低限の物だけ纏めた。
そして、まだ翌日の朝が開けきらぬうちに砦の出入り口へと向かった。
門の前には早朝の出立を察していた将軍とストラウム……それと馬を連れたルアンリルが待ち構えていた。
「街道を行くのに徒歩は無謀。馬は必需品です」
将軍がそういうとルアンリルが心配そうな顔をしながらもソルディスの手から奪い取った荷物を馬に括りつけた。掛ける言葉が見つからないのか、二人とも終始無言だった。
門の前にはいつの間に現れたのかケイシュンが佇んでいた。彼は一人旅立つ王子に、静かに頭を下げる。馬に荷物を括り終えたルアンリルも彼に倣って頭を下げた。
ソルディスはそんな二人の姿に申し訳なさそうに笑って見せると手馴れた動きで馬に跨る。
「それじゃ、二人をお願いします……」
ソルディスは短く言い残すと馬に鞭を入れる。
それと同時に馬は嘶き、砦門から駆け出した。軽快な足音があたりに響く。彼はただ夢中に街道に向けて馬を走らせた。
砦を出てどれぐらい走らせただろう。砦から自分たちの姿が見えなくなる位置でソルディスは徐に馬を止めた。
「まだ、残ってるとは・・・思いませんでしたよ」
彼の言葉に附随するように近くの物陰から数人の兵士が現れた。先ほどの騎馬を有す騎士とは違い、こちらはどちらかというと傭兵の要素が強い気がする。
「気が付いているとは思いませんでしたよ、王子?」
兵士の一番後ろから現れたのは貴族然とした男だった。ソルディスはその顔に見覚えが合った。サイラスを捕らえたあの男だ。
「オーランド卿・・・でしたね」
彼はそういうと馬から下りて、左手で剣を構えた。ソルディスは大きな目をすぅっと細め、睨めつけるように全ての顔を確認する。
「あなたはあの時、一座に居たそうですね。私としたことが見落としましたよ」
オーランドは昨日の騎士たちとの乱戦を見なかったのか、侮ったような態度でソルディスに臨む。
ソルディスは口元に笑みを浮かべると流れるような動きで兵士の群れの中に切りかかった。
鮮やかな動きが男たちの身体を薙ぎ払い、腕を切り落とす。その間も王子の顔は少しも変わらず、口元に笑みを浮かべていた。
「惜しかったですねオーランド卿・・・本当に目の前にいたのに僕を捕まえられなくて」
嘲りの言葉にオーランドの頬に朱が走る。彼の怒りを受けて残りの兵士たちが次々にソルディスに切りかかる。
しかし彼はその切っ先を悉くかわすと、そのまま向かってくる体を自らの剣の餌食として屠っていった。
「あの時、クラウス兄上は用心棒たちと外で寝ていた、シェリルは踊り子さんたちに隠してもらっていた・・・そして僕は占い師の格好をしていたんですよ」
頬についた返り血を手の甲で拭い去りながら彼は静かにあの時のことを説明した。
その間でも剣の動きは止まず、一人、また一人とオーランドが率いてきた兵士は討たれていった。
「あの時の・・・」
たしかにサイラスを連れ出す時に占い師の『少女』が駆け寄ってきた。造作の整った顔立ちの、少し表情の乏しいその少女・・・それは今の王子と同じ顔だった。
オーランドが驚愕している間にソルディスの剣は最後の兵士を捕らえた。
彼は及び腰のままでソルディスに切りかかる。しかし一閃の動きで彼は男の息の根を止めた。
ソルディスはそこで一つだけ息をつくと、オーランド卿に向き直った。
「せっかく助けてもらったグランテに悪いから・・・僕たちがあそこにいたことを知っている人間には死んでもらわなきゃ、ね」
ソルディスはそういうと無邪気な笑顔で彼に笑いかけた。
オーランドはその表情を見て、かつて王が言っていた言葉を思い出した。
『末王子は化け物だ』
その言葉が今、現実となって目の前に居た。目は何も感じないように澄み切った状態で、無限の笑みを浮かべ、返り血を浴びながら自分へと向かってくる者。
オーランドは逃げ場を探したが見つからず、やがて恐怖に慄き、奇声を上げてソルディスに切りかかった。
王子はそんなオーランドに驚くことも無く剣を閃かせる。
───勝負は一瞬にして終わった。
喉笛を掻き切られた男の体が絶命し、他の死体の上へと倒れてゆくのを王子は何の感慨も見せずに見送る。
彼は一旦、剣に付着いた血を手馴れた仕草で払うと静かに辺りを見回した。
「全滅・・・させないと、ね」
ソルディスは敵兵の一人が落とした剣を拾い上げると、言葉の通りに僅かでも息のある兵士の命を絶っていく。
「これだから・・・悪魔、なのかな」
すべての息が絶え、その場にある者が自分自身になったのを確認すると彼は小さく自嘲してその場を去っていった。
誰も見て無い時のソルディスはクラウスなど較べ物にならないぐらい強いです。
彼は味方がいる所では怖がられる・奇異の目で見られるのを恐れて、実力を出し切る事ができません。
精霊の森の中で一人生き残らせたのは、自分の汚い部分を兄弟たちに見せないためと、彼の未来を見て命がすぐに絶えることを『定めた』からです。
修正に辺り、見送る人を少し替えました。
スターリングが将軍たちと聖長の中にいるのはおかしいので、ケイシュンに入れ替えです。
スターリングのやっていた部分をルアンリルに、ルアンリルがやっていた部分をケイシュンへとスライドしました。