第六十二話:病室での約束
ソルディス自身王都を出る時には兄弟と離れるかどうか迷っていたはずだ。
しかし長兄が捕まり、あの村でソルディスが泣いた時からクラウスはこの未来を予測していた。
それなのにここまで彼が付き従ってくれたのは、自分が今回のように大怪我を負う事を予知していたからかもしれない。
実際、彼がいてくれて助かった部分は多い。先にシェリルファーナをルシェラーラとともに砦へと向かわせてくれていなければ・・・もしスターリングと自分だけで馬車を操っていたら、間違いなく全員があそこで死んでいただろう。
そして役目を果たした現在、ソルディスが向かうべき選択は自分たちと別れることだ。
ソルディスはこの戦いをきっと長引かせようとする。
父王の補佐が必要としなくなるぐらいまでは絶対に王位には就かないだろう。そうすることが王国のためであるし、彼が守ろうとする全ての人間のためでもある。
まだ守られる立場に居る自分には彼を止める手段はない。どんな手段で止めたとしても、彼の心をより一層苦しくさせるだけだ。
ならば、笑って送り出してやることが自分の役目だと思う。
「お前のことだから、一人で・・・俺とシェリルに行き先も告げずに出て行くつもりだろ」
クラウスの鋭い指摘にソルディスは視線を落とす。
全てが図星だった。それなのに兄は激昂したりせず淡々と言葉をつないでいく。
「お前が選んだ道がそうなっているのなら、仕方の無いことだと思う。だがせめて一年に一度ぐらいは俺たちの元に顔を出して欲しい・・・それが最低限の条件だ」
このまま兄弟一緒に過ごせないというのなら、せめて逢いに来て欲しかった。ソルディスが無事に生き続けている事をどういう形でも知っておきたかった。
ソルディスはその申し出に少し戸惑った。本当はクラウスにだけなら行き先を告げても大丈夫だと思っている。
だが、彼の口からシェリルファーナに自分の居る場所が知れるのがまずいのだ。
彼女はまだこの内乱の本質がわかっていない。それに父王がどれほどのことをやってきたのかも理解できていないだろう。
だからこそ素直にソルディスを止めることも出来るのだが、その素直さが仇になる可能性は低くない。
「半年に一度の手紙じゃ、だめかな」
出した答えは自分の中でも妥協できる範囲の提案だった。
「手紙だったら、3ヶ月に一度だ」
クラウスもその辺りが妥協のしどころだろうと弟の提案に乗った。ソルディスはクラウスの案に「わかった」と返すとくるりと踵を返した。
「すぐに発つのか?」
クラウスの言葉にソルディスは振り返らずにこくんと頷いた。
「通行証が出たら、すぐに出る。少しでも時間は惜しいから」
ソルディスはそう言い残すと病室を出て行った。クラウスは笑顔で手を振りながら彼の足音が遠ざかるのを聞いていた。
「ふ・・・はは・・・」
笑っている自分の頬を温かい液体が伝う。
「ははは・・・」
笑っているつもりなのに、声が震えてしまった。
クラウスは振っていた手を布団の上に落とすとぎゅぅっとそれを握り締めた。握った拳の上に透明の液体が降り注いだ。
(どんな時でも笑い続けるって、こんなに辛いのか)
それをソルディスはもっと幼い頃から自分自身に科して来た。
笑って送り出したつもりだったがどこまで平静に笑っていられたか覚えていない。話している間もどんどん引き裂かれるように痛くなっていく心に自分は何度負けそうになっただろうか。
(せめて・・・せめて・・・こんな傷を負わないぐらいに強くならなくては)
どうどうと胸をはって守る立場だと示せるぐらいには強くなりたい。そのためには習う武術ではない、実戦を経験しなくてはいけないだろう。そうでなければいつまで経ってもこんな所で悔し涙を流しつづけなければいけなくなる。
クラウスはぎりっと唇をかみ締めた。血の味が口内に広がったが、それが逆に自分のしなくてはいけないことを思い出させてくれる。
(強くなろう・・・全てを・・・せめて自分の中に居る者を守れるだけ強くなろう)
クラウスは何度も心の中でそう繰り返しながらベッドの中へと潜り込んだ。
今は、止まらない涙を誰にも見られたくなかった。
やっと上げることができました。62話目です。
この話を書いている時、4度もキータッチのミスで何度も文章を消してしまうというポカをしてしまい、終いには何を書いているのかも思い出せないぐらい落ち込んでしまいました。
私としては2度目に書いた文章が気に入っていたような気がします・・・思い出せないけど。
明日、明後日とまた忙しいので、次の更新は月曜日です。