第六十話:王女の嘆き
成り行きを黙って見ていたケイシュンはガイフィードの傍に立つソルディスに問い掛けた。
「旅に出るって、どこに行くつもりだ?」
「ベネシェンドです。あそこでは随時、兵役志願者を募集していると聞きましたので、そこで仕官先を紹介して貰おうと思っています」
ベネシェンドはリディアでも南のほうに位置する要塞都市だ。砦の大きさは今居るブロージェカより少し劣るものの、その兵の多さはここにも負けていない。
都市を守るのはガイフィードとも親交のあるオージェニック卿だ。
彼もバルガス王に適当な理由をつけられて地方に飛ばされた貴族の一人である。その性格は勤勉実直であり、質実剛健な部分と才色兼備の部分を兼ね備える人物だった。
「オージェニック卿ならディナラーデ卿の内乱に共鳴することもない。そして何よりも僕の顔を知らない」
事を起こすその時期まで自分の居場所は最小限の人にしか知られてはならない。それでもここにいる4人とスターリングぐらいには告げていかないといけないだろう。
「通行証と紹介状を作ってくれますか。『ソリュート・アドラム』という名前で」
クラウスが使う姓と別の姓を用いてまで、完璧に兄弟たちと決別する。それが今の自分が選択すべき道なのだ。
「なんなの!なんなのよ、それ!兄さままで、私達と離れるつもりなの!?」
叫んだのはクラウスの元にいた筈のシェリルファーナだった。
彼女の後ろではスターリングが「すまない」と手を合わせて謝っている。
どうやら彼女たちはクラウスが目覚めた事を知らせに来て、ソルディスが通行証と紹介状を欲しいと言っているのを聞いたようだ。
サイラスに続きソルディスまでもが離れて行くことに少なくない恐怖を感じていた。このまま全員がバラバラになってしまうのではないかと不安になった。
「ごめん、シェリル」
ソルディスは短く謝ると呆然と立ち尽くしている彼女の横を擦り抜けた。
シェリルファーナがその腕を掴もうとするのを横にいたスターリングが止める。文句を言おうと振り仰いだ彼女に、彼は無言で首を振った。
スターリングには彼の考えが少しだけ理解できた。
彼らがいったい何に追われているのかまでは判らない。だが、彼が王国を守るはずの騎士に狙われているのは事実だ。そして今回の兄の傷を見た彼が彼らと袂を分かつ決心をするのも・・・必然のことだろう。
少なくとも彼は兄妹を守ってくれる人の元まではちゃんと同行した。その力量を判断した上で、彼はこの砦に彼らを託したのだ。
この別れで辛いのはシェリルファーナではない。
そんな答えしか出すことが出来なかったソリュードのほうが辛い思いをしている。
第一、彼女はソリュードに文句をいえる立場には無い。自らを守る術を持たず、戦場で彼らに守ってもらうだけの立場の人間には守る立場の人間が出した答えに反論する余地など与えられていない。
「スターリング、これから僕は兄様のところにこれを話してくる。後のことは頼んだ」
ソルディスはそれだけ言い残すと部屋を出て行ってしまった。残された6人の上になんともいえない沈黙が残される。
「えっと・・・君は何者かね?」
最初に気を取り直したのはガイフィードだった。流石に年の功を重ねてきただけあり、このような状況でもそれほど慌てている感じも無かった。
「精霊の森、ラベレット村の住人でスターリング・キャレットと言います。騎士にしてもらいたくて3人と一緒にこちらまで来ました」
スターリングは空いているほうの手で敬礼してみせる。
片手になった拘束にシェリルファーナは再度の脱出を試みるが、その腕はびくともしなかった。
「放してよっ!」
「だめだっ!!」
強く言えば放してくれると想っていたシェリルファーナはスターリングにきっぱりと断られその大きな目に涙を溜めた。
「守られているだけの君がソリュードの決定に口を挟むことはできない。もし、それを否定できるとすればグレイだけだ」
言い聞かすように告げられた言葉に彼女は大粒の涙をこぼしたのだった。
とうとう60話にまで達してしまいました。
こんなに早く登場する予定でなかったスターリングと当初ちょい役のつもりで書いたケイシュンが中々出張ってくれてます。