第五十八話:馬車の中の密約
頭を下げた王子に困惑する二人に、ソルディスは潜めた声で頼み込む。
「あなたたちが王城で知ったことを黙っておいて欲しい」
それが『何』を示しているのか二人にはすぐ理解った。
そして彼が『彼』の出生の秘密を知っていることにも・・・
(当たり前・・・か)
ケイシュンはその事実をいち早く納得する。
目の前の王子が『時見』だというのなら、兄の過去・母の過去など手に取るぐらい簡単に知ることができるだろう。その上で父親からの疑惑の目を自分に向けさせていたに違いない。
それぐらいのことをやってのけるだけの頭脳と包容力を彼は持っている。
「もとより、話すつもりはありません」
ルアンリルは最初からそう心に決めていたようでソルディスの願いに即座に答えた。こういう素直さがルアンリルの愛らしさの所以だと思う。
「話すつもりはないが・・・隠しておくのか?」
「彼を、反逆者の子供にする訳にはいきませんから」
それは彼の中での決定事項なのだろう。
抑揚の無い言葉で告げられるそれらに、ケイシュンは「そうか」と頷いて見せた。
話をそこで終わらせるようにソルディスは今度は普通の声でケイシュンに話し掛ける。
「それよりも、先ほどの登場の仕方はなんですか?」
その問いにケイシュンは「おやおや」と嘆息した。
どうやらこの王子はルアンリルが知らなかった龍族の掟を熟知しているらしい。
「婚約したんだ、俺たち・・・」
「「冗談は必要ないです」」
肩を抱こうとしたケイシュンの手をルアンリルは叩き落とす。ソルディスも顔を引きつらせた笑顔で自分の腰に携えている剣の柄に手をかけていた。
「ただ単に乗せてきてもらっただけです」
ルアンリルは顔を真っ赤にしながら、必死の思いでケイシュンの言葉を否定した。ここにはクラウスがいるのだそんな戯言で彼に誤解されたくない。
「まさか、ルアン・・・龍族の村でも彼の背中に乗ってないだろうね」
ソルディスはそんなルアンリルの慌て振りに何となく不安になり問いただしてみた。
するとルアンリルは彼の言葉に少しだけ視線を逸らした。
「知らなかったんですよ。今ごろは族長殿が誤解を解いてくれています」
自分がクラウスと恋仲に近い関係であると告げてあるのだから、きっとあの優しい族長は誤解を解いておいてくれるはずだ。
しかしソルディスとケイシュンはそんなルアンリルの淡い期待を打ち破くように呟く。
「解いてくれたら、いいね」
「そのまま放置するってこともあるから・・・」
ナリファがどれだけ誤解を解こうとしても龍族の長老が絶対に阻止するだろう。
もしかしたら実しやかに『事実』をでっち上げて精霊族の方に婚約を申し入れている可能性だってある。それが『次期長』という位置に引っ張り上げられてから見てきた、龍族の体質だった。
(それを思うと俺の父親や義父殿の夫妻は本当に『普通の常識』を持ってくれているよな)
『血』という理屈でしか自分たちを守れなくなっている龍族、彼らにはケイシュンの父親が何故他の血を持つ者を選んだのか理解できないだろう。
淀みきった血・・・それが自分たちから龍としての聖体を紡げなくしていることにも。
(すべての一族が過渡期に入っている。龍族も、精霊族も、そして一角獣族も・・・)
龍族は聖体を作れるものが少なくなり、一角獣族は子供の絶対的な出生率が落ちている。そして精霊族はエディン家以外、強い力を持つ魔術師を輩出することができなくなっていた。
そして各種精霊をあがめる神殿の台頭、王家の中に生まれた時見・・・
「僕たちの身の振り方は後で大将軍を交えて話し合おう。とにかくあの件だけは他言無用に」
ソルディスはもう一度念を押すと、揺れる馬車をものともせず身軽に立ち上がり、手綱を握るスターリングの元へと移動してしまった。
「いろいろと食えない奴が多いと思ったけど、ソルディス王子はそれ以上だな」
ソルディスが御者席へと移動したのを見届けてから、ケイシュンは喘ぐように呟いた。
感情を一片たりとも映さない瞳、あれが本気を帯びたときどのように輝くのか正直、見るのが怖い気もする。
「そうですね」
ルアンリルもケイシュンの意見に同意した。
まだ幼い肩に全ての責任を負ってしまった王子・・・彼のこの先のことを考えるとルアンリルは心配せずには居られないのだった。
別名、主人公復活週間・・・やっと主人公が主人公らしくいっぱい出てくれました。
王国迷走編は誰が主人公なのか迷走する話でしたので作者としてもこれでやっと落ち着けます。
後、もう少ししたら王国迷走編も終り、国土鳴動編へと移行します。早く16〜17歳のソルディスが書きたい。