第五十六話:舞い戻った王女
王女を乗せた神馬は風の如き速さと軽やかさで馬車の元へと舞い戻ろうとしていた。
『おや、聖長がいる・・・龍までいるとは珍しいな』
元から乗っているあの高貴な人たちや砦から救援に向かった十羽一絡げの人間とは違う気を読み、ルシェラーラは自分の背に乗る愛らしい王女に話し掛けた。
「え、ルアンが来てるの?」
龍族の人がどうして来ているのかは知らないが、ルアンリルの脱出・来訪はシェリルファーナにとり待ちに待った嬉しい知らせだ。
王都を脱出する時、別れを惜しんだ恋人未満な二人の姿が彼女の目の前に飛来する。
『森を内包する王子も時を支配する王子も無事のようだ』
神場が形容する『人物』が二人の兄だということは何となく理解できた。
旅に出る前の自分では理解できなかったことだ。目の前で起きていたはずの物事を何も知らなかった・・・いや見ようともしなかった自分が恥ずかしく情けなかった。
人の集まっている場所に近づいてくると先日別れたばかりのルアンリルの姿が見えた。服の前の辺りが血に染まっている。クラウスの治療をしているときについたものだろうか。
馬車の近くでは自分と同じように馬に跨ったソルディスがスターリングと何事かを話していた。
「お兄様〜〜〜っ!スターリングぅ〜〜〜!」
とりあえず叫んでみると、将軍の隣にいたルアンリルがこちらを見た。何か驚いているようだ。馬車のところにいる二人は苦笑を浮かべながらこちらに手を振ってくれる。
ルシェラーラは一足飛びに大地を駆け抜けると、ルアンリルの傍で足を止めた。
「ルアンリル・・・よかった。ちゃんと王都から抜け出してくれたのね」
シェリルファーナだって聖長が王都の基盤を支えていることは重々承知している。
だがあの場所にルアンリルが居続けることがどれほど危険かも理解していた。
「あそこにいる次期聖龍族の長であるケイシュン殿の力を借り、なんとか逃げることができました」
本当はもうニ人の人物の協力があったのだが、それを今ここで告げるのは危険だった。
それに捕縛中に新たに知らされた事実・・・・・・サイラス王子の出生の秘密を説明してもいいのかすらルアンリルには判断がつかなかった。
「よかった・・・それよりも、兄様と出会わなかった?」
「!・・・・・・・・・」
王女の素直な質問にルアンリルは息を呑んだ。
それを察知したガイフィードはパンパンッと手を叩くと二人の会話に割って入る。
「とりあえず、捕縛のほうは済みましたな・・・遺体のほうは専門の役人を手配して手厚く葬りましょう」
ガイフィードの突然の割り込みにシェリルファーなはきょとんとした。
訳も解からずに首を傾げていると、ルアンリルの後ろでソルディスが静かに首を横に振った。どうやら自分がした質問はこんな開けっぴろげの場所ですべきものではなかったらしい。
彼女は慌てて口を噤むと「ごめんなさい」とルアンリルに聞こえるように囁いて兄たちが待つ馬車へと入った。
馬車の中は血で濡れていた。
むんっと立ち込める臭いにシェリルファーナは思わず顔をしかめた。馬車の後部では血塗れた床の端で兄・クラウスが眠っていた。彼の周りには不思議な色を放つ石が7個ほどふわふわと浮いている。
「あー・・・とその石触れるなよ、それから治癒魔法が出てるから」
不思議そうに眺めていたシェリルファーナの背後から見知らぬ男が声を掛けた。
振り返ると珍しい衣装を来た男がにっこりと笑いながら手を振っていた。長い黒髪、不思議な赤い目を持つ青年の額には龍族でも高位の者しか持たない鱗がどうどうと浮かんでいる。これがルアンリルの言っていた『ケイシュン殿』という人だろうか?
「お姫さん・・・って呼べばいいのかな?」
「シェリルよ、大怪我負っている兄がグレイと、馬に乗っている兄がソリュードよ」
自分の素性を知っている相手に、声を潜めながら彼女は偽名を教えた。
先ほど、ルアンリルは上手く『名』を呼ばずにいてくれたが、目の前のこの人がそんな器用なことが出来るように見えなかったためだ。
しかし、その名前を聞いた彼は少し眉間に皺を寄せた。
はっきりいって話が進まない回のサブタイトルをつけるのは至難の業です。
せめて主人公が動いてくれれば、いいのですが段段と影が薄く・・・と、これは禁句か。
それにしても彼らはいつになったら砦に入れるのでしょうか。




