第五十四話:炎から出し鬼神
炎の壁を越えて現れた少年の姿を見てガイフィードは自分の目を疑った。
黒髪ではあるが確かにあれはソルディス王子だ。彼は怒りに満ちた目で死んだ騎士の槍を拾いあげると次々に馬上の敵へと投げつけてゆく。それは的確に急所へと命中し、少年が投げたとは思えない力で突き刺さった。
「あの少年はいったい・・・」
傍で控えていた副官のストラウムが鬼神の如き力を振るう少年をみて嘆息する。
少年の近くに主を落とされた馬が近づく。狂ったように走るその馬の手綱を彼は淀みない動きで捕らえると、まるで羽でも生えているように優雅にその背に飛び乗った。
彼は一、二度その背を撫でて馬の気を宥めると、将軍の近くまで走ってくる。
近づいてくる少年に警戒しているストラウムを他所に、彼は何も持っていない手を差し出した。
「その槍、貸して」
急な申し出に「なにをっ!」と反応しかけたストラウムの手からガイフィードは槍を取り上げると王子に向かって差し出す。
「ありがとう」
ソルディスは能面みたいに無表情のまま等閑の礼を告げると未だ残っている騎士の群れに単身で切り込んでいく。先ほどまでの力わざとは違い、的確に急所を捉えながら馬上から凪ぎ落としていく見事な馬上の戦法だ。
「まさか『あの方』にこのようなことが出来るとは・・・」
クラウス王子の勇猛果敢さは元々王国内でも有名だ。彼に一目も二目も置いている武人は多い。
しかしソルディス王子といえば、勉強・武術において中の下ぐらい、その上練習・鍛錬が嫌いだと有名だった。
だがそれもどうやら彼が自分を『実父』から命を守るための芝居だったようだ。
将軍は感心しながら自らの剣を抜き、王子の手助けをするために彼の後方へと自らの騎馬を進めた。ストラウムも近場に落ちている槍を拾うと、ガイフィードの後をついていく。
戦神の如き剣術と荒ぶる神の如き気迫を突きつけられた騎士たちは今度こそ、逃げを打った。しかし時はすでに遅く、逃げようとする先にまるで心を読んだようにソルディスが先回りをして、彼らを一網打尽にする。
投降してきた騎士を除き、すべてを切り捨てたソルディスは慣れた仕草で槍についた血を払うとそれをストラウムに差し出した。
「助けてくれて、ありがとう」
差し出されたそれを奇妙な感覚で受け取りながら、ストラウムは傍らにいる自分の指揮官ガイフィードへと視線を向ける。
「ご無事で何よりです。王女が飛び込んできたときにはどうなるのかと思いました」
将軍は声を潜めながら少年に敬語で話し掛けた。まだ少年の正体がわかっていないストラウムは何事なのか理解できていないようだ。
「無事とは言い難い。兄上は未だ重体。ルアンリルと次期龍長殿が懸命に治療をしているから大丈夫だろうけど」
ソルディスは自分が乗ってきた馬車の方へと視線を移した。そこは先ほどよりも小さくなっているとはいえ、未だに炎の壁によって守られていた。
「あの状態では、助け様もありませんな」
「そうだね」
ガイフィードの呟きに、ソルディスは苦笑すると炎の壁の前まで馬を近づける。
「ルアン、炎の結界を解いてくれないか?馬車を襲ってきた奴らは全部やっつけたから」
先ほどまでの大人びた口調ではなく、いつもの少しだけ甘えた感じの残る口調でソルディスは炎の壁に向かって呼びかけた。その声を聴いて、ようやくストラウムにも目の前の少年が誰なのか理解できた。
「以外、ですね・・・」
「ああ、生き抜くために必要だったのだろうな、あの演技も剣技も・・・」
副官の言葉にガイフィードは相槌を打つと、事後処理をするために行動を開始した。
炎の外から聞こえる剣戟の音が止んだ。スターリングはそのことにほぅっと息を吐き出した。
目の前の青年は先ほどよりも顔色がよくなり、大きく開いていた傷も殆ど塞がりかけている。後は彼自身の治癒能力でなんとかなるだろう。
ルアンリルは飲み水として持っていた水筒の水を十分に使い、綺麗なガーゼを濡らすとそれで脂汗の浮かんでいたクラウスの顔を拭いてやる。首筋、額、頬・・・続けて拭いていると微かに彼の瞼が動いた。
ソルディス、怒りのままに剣っていうか槍を奮っています。
彼は5歳ぐらいの時から城を出る直前までずっと父親からの刺客相手にほとんど一人で戦っていましたので強いのは当たり前です。実戦で強くなった人です。
ゆえに人を殺すことにあまり抵抗はありません。