第五十三話:治癒の光、怒りの炎
馬車の中が治癒の光に満ちて数分の後、馬車を守る炎の壁の向こうが急に騒がしくなった。
「剣戟が、聞こえる・・・ガイフィード将軍がついたみたいだ」
全員の疑問に応えるように目の前の黒髪の少年はぽつりと呟いた。
(・・・少年?)
ケイシュンはその顔立ちと水色の瞳をしっかりと覚えていた。
この子・・・いや、この方は間違いなくソルディス王子だ。光なす黄金を隠している事もあるが、いつもとは違う無表情さに判別が遅れた。
表情一つで全く気付かない程、彼の印象は異なっていた。
(後ろの少年は知らないが寝ているのはクラウス王子だろう。サイラス王子に少し顔が似ているな)
ケイシュンは改めて馬車の中の人間を再確認する。
ルアンリルが教えてくれたこの石を利用した理力の発動法は、魔法が発動してしまえば後は目的が達成されるか唱えた人間の理力が切れるまでは何もすることはなくなる。普通の詠唱ならば手を翳す場所を替えなければならないし、第一媒体が自分の身体になるからつねに意識は魔法に集中しなくてはならない。そういう意味ではとても楽な魔法だが、逆にいえば限度をしらない危ない魔法ともいえる。
もともと利用をしていたルアンリルならばそこらの加減はわかるのかも知れないが、とりあえずケイシュンには限界がどの辺りで来るのか境目がわからなかった。
ソルディスはしばらく治癒魔法の進行を見ていたが、傷が大分塞がり、クラウスの顔色が少しずつ赤みを帯びてきたのを確認すると傍らの剣を持ち立ち上がった。
「僕も参加してくるよ。スターリングは悪いけどこのニ人の世話をお願い」
彼はスターリングに支持を出すと、そのままの勢いで炎の壁の中へと飛び込んだ。
ルアンリルがそれに気付き止めようとしたが、一瞬遅く、彼は普通に炎の中で佇んでいた。
「大丈夫、僕は炎の加護を貰っているから」
ソルディスは炎の中で微妙に顔を歪めて笑って見せると外で戦う将軍達に加勢すべく壁の向こうへと消えていった。
ルアンリルは心配そうに彼が消えた先を暫く見ていたが、今はクラウスの治療に専念すべきと判断する。
「すみません。普通の治療用具もだしていただけますか」
スターリングはルアンリルの指示通り馬車の隅に載っていた救急用品の入った箱を持ってきた。
ルアンリルはその中から包帯とガーゼを選び出し、治癒魔法をかけない腕や足などの怪我の治療を始める。
「普通の治療なら俺もできます・・・」
「いえ、それよりもあなた自身の怪我の手当てをケイシュン殿にしてもらってください」
スターリングはその言葉にばつの悪そうな表情をした。
今、上着で隠しているが先ほど馬車を操っている最中に右の二の腕を矢で射られた。とりあえず矢は抜き、腕の根元で止血していたがこの人にはばれているようだ。
「案外無茶するな、お前」
ルアンリルに言われてスターリングの傷の具合を見たケイシュンは呆れ声で文句をいいならも彼の腕を手当てし始めた。
急に現れた龍と炎の壁に守られた馬車を見ながら、ガイフィードは焦っていた。
シェリルファーナ姫の訴えで飛び出してくる直前、見張りに立つものからの馬車を繰る者がわき腹を槍で刺されたとの報告があった。
混乱している王女の話からは得られる情報は少なかったがあの馬車にはクラウス王子とソルディス王子それから近隣の村から同行している少年が乗っているらしい。
それを報告の内容から照らし合わせて考えると、馬車を操っていたのはクラウス王子、そしてソルディス王子は荷台にて弓で応戦しているということになる。あまり芳しくない状況だ。
そして馬車を助けるために飛び出した彼の目の前に、龍族が聖体で現れた。それと同時に馬車は厚い炎の壁に包まれる。
騎士たちはやっと追い詰めた獲物を捕らえようと外から矢を番えるが、その全ては炎に屠られた。
ガイフィードは自らの手綱から手を離すと足の力だけで馬を操り、大きな弓で炎を取り囲む騎士へと矢を放った。その矢は見事に敵の一人の剥き出しの目に的中し、その死骸は馬の上から吹き飛ばされる。
「我が名はフランシェンド・ガイフィード!腕に覚えのある者はかかってくるがいいっ!」
その言葉と同時に弓を棄て、腰に携えた剣を引き抜き騎士の中へと切り込んでゆく。将軍の引き連れている部下たちも彼に習えと剣を手に騎士達へと切り付けた。
炎の壁を囲む形で戦場は拡大する。最初は逃げようとしていた騎士たちもガイフィード達が思った以上に少数で出てきているのを知ると踵を返して攻めへと転じた。
だが少数といえど精鋭固められたガイフィードの騎士たちは多数の攻撃に怯む事無く、存分に剣の腕を披露してゆく。
「ちぃっ」
大きい獲物を諦めきれない一人が無茶を覚悟で炎の壁に挑もうとした。
しかしその瞬間、炎の中から飛び出してきた徒の少年により馬の手綱が切られた。男はもんどりうって落ちたところを首を掻ききられ絶命した。
少年は騎士が持っていた槍を奪い取ると、手短にいた騎士へと向かってそれを投げつける。突然の攻撃を喰らった騎士は何が起きたか解からないまま馬から落とされた。
ソルディス、静かに怒っています。
怒りの矛先は自分達を襲って来た騎士たち+守り切れなかった自分です。