第五十二話:衝撃的な再会
急に馬車の上にかかった陰にスターリングは何事かと視線を上空に向けた。
「え・・・り、龍?」
人間同士が諍いしている所に聖体を持つ龍族が降りてくることなど珍しい。見るとその龍の背には黒髪の美しい少女が乗っている。
「ルアンッ!」
今まで機械的に弓を弾いていたソルディスが突如現れた龍の背に乗るルアンリルを見つけその名を呼んだ。
「兄上が槍で腹を突かれてっ!早く、治癒魔法をっ!!」
ソルディスの言葉にルアンリルは目を見開いた。
近づいた馬車の中からは確かに覚えのある気配が存在している。だがその存在は今にも消えそうなほど弱い。
──────どくんっ
心臓が不思議なほど大きく鳴った。
破られた幌の隙間からクラウスが横たわる姿が見えた。馬車の中は彼の血で紅く染まり、倒れている彼の顔からは血の気が失われている。
(いやだ、こんな・・・)
どくんっどくんっ・・・・
体の中の血が怒りで沸騰していく。
大切な者の命を奪う者への怒りが爆発しそうな勢いで増して行く。ルアンリルは無意識に大量の炎の精霊を呼んでいた。怒りに因って召喚された精霊は、その感情を受け、馬車を取り囲む騎士たちを次々に屠っていった。
突然、現われた炎に騎士たちの馬はもちろん、馬車の馬までもが脚を止めた。
ルアンリルはケイシュンの背から飛び降りると、腰に携えた剣を引き抜き炎の中で逃げ惑う騎士に襲いかかろうとした。
「ルアンリル=フィーナ、それは炎の精霊に任せて早く治療を」
聖体から人の姿に戻ったケイシュンはルアンリルの腕を掴むと炎の壁に守られた馬車の中へと連行した。
馬車の中ではソルディスとスターリングが懸命の手当てをしていた。
クラウスの腹部からは未だ夥しい血が流れている。衝撃的な光景に真っ白になりそうな頭を今度はなんとか冷静に保ちながら、ルアンリルは彼らの側に駆け寄った。
近くで見ると傷の深さが明らかになる。
「ケイシュン殿、治癒魔法の詠唱同時に幾つ出来ますか?」
ルアンリルは魔法の複数発動の準備をしながら、傍らで治癒の能力のある風と水の精霊を呼んでいるケイシュンに問い掛けた。
「理力魔法の同時詠唱って・・・そんなこと可能なのか?」
少なくともそんな方法は聖龍族には伝わっていない。
もしかして精霊族独特の魔法なのだろうか。
「手順さえ踏めば簡単です。ケイシュン殿なら・・・この『水の石』を利用し、力を分散させて魔法を発動させるんです。やってみせますから真似してください」
ルアンリルは赤い石を4つ、自らの前に置くとそれに絡めるように自分の理力を発動した。
「大地を司りし力よ、癒しの波動よ、かの者へと宿りてその傷を癒せ。治癒泉」
呪文と同時に石が光りそれぞれの石から治癒魔法の波動がクラウスへと流れ込む。その一つ一つは並みの魔術師が一人で行う治癒魔法よりも強力そうだ。
ルアンリルの魔法が発動すると同時に、傍にいたソルディスがクラウスの腹に刺さったままの槍の先端を抜いた。それにより更に出血するが強力な魔法のお陰ですぐに回復してゆく。
ケイシュンもルアンリルに習ってとりあえず3個の石に自らの理力を絡めてゆく。頭で分散させるイメージをつけ、魔法の詠唱に入る。
「治癒を持つ風、命の泉よ、森の加護を持つかの者に治癒の恩恵を、治癒風」
石が光りだすと同時に大量の理力が急速に失われてゆく。
こんな魔法は余程の理力を持つ者じゃないと行えない。下手な者が手を出せば理力が空になりぶっ倒れることになりかねない。
ケイシュンは自分よりも多くの理力を取られているはずのルアンリルへと視線を移した。この急速な消耗でルアンリルが倒れるのではないか、という心配が頭を擡げたからだ。
しかし、目の前の聖長はその気配を微塵も感じさせなかった。
とりあえず、ケイシュンは自分の後ろに控えている先ほど呼びつけた精霊にもクラウスを直すように指示を出し、自らも治癒魔法への集中を高めた。
サブタイトルはルアンリルとクラウスの再会ということでつけました。
治癒の理力魔法は水・風・大地の所属を持つ者が使えます。ちなみに水は血・風は皮膚・大地は肉を治癒してゆきます。ルアンリルが治癒魔法を唱えて直ぐにソルディスが槍を抜いたのは肉の形成に槍が噛んでいる状態ではまずかったからです。
ちなみに一番強い治癒魔法は森の所属を持つ者が使う治癒魔法です。