第四十九話:別れの宴
その日、村は明るい歌と踊りに満ちた。
最初、何事が始まったのか解からなかった村人たちだったが、グランテが
「うちの占い師が大将軍の元へと出仕するのが決まったんだ。その祝いだよ」
と偽りの理由を述べ、踊り子たちが大盤振る舞いで食事を勧めてくるので、彼らも久々の祭りとばかりに盛り上がった。
何分にも内乱が起きたばかりで交通がいろいろと制限されており、商売が上がっている状態ではこういう明るい話題はありがたいものだ。
さらにここはガイフィードの宿営地の管轄であるため、大将軍の人気は高い。その彼のもとへと出仕する占い師がいるとなれば、否が応にも盛り上がるだろう。
グランテは占い師についていく用心棒たちも騎士として受け入れられるだろうと付け加えたため、村は上へ下への大騒ぎになった。
「元気でね」
「成人したら、子供、作りに着てね」
踊り子たちは好き勝手なことを言いながらも、別れと景気づけに相応しい見事な踊りを披露していく。ソルディスはグランテの隣に座ると回りに聞こえないように声を潜めた。
「ここまで、ありがとう。星見のグランテ・・・」
普通の会話をするようにそう告げた王子にグランテは苦笑して見せた。
「やっぱり知っているとは思ったよ」
この王子を見た瞬間に『時見』だと彼女には解かった。
だからこそどんな協力も惜しまなかったし、彼が『時見』であることを誰にも告げなかった。
もともと自分はあの里にいるのが嫌で、大恋愛の末、里と名前を棄てた者だ。それが今更、なぜあの里が一番欲している『星見』と一緒に行動することになるのか正直、戸惑うことも多かった。
「ごめんね、僕はあなたのお母さんを助けることができなかった」
時守の里の大量虐殺・・・それはソルディスの存在が引き金となって起こった事件だった。
だからこそ彼は里を・・・人々を守ろうと、努力したのだけれど、結局はすべて徒労に終わってしまった。自分は時守の長老であるおばば・・・彼女の母親によって守られ、彼女は替わりにその命を落としてしまった。
「・・・謝る方が失礼だよ。母さんはあんたを守ることを覚悟して無謀な賭けにでたんだ。そしてあんたは生き残り、母は念願が叶った状態で命を落とした。あの人は絶対に満足している。それを謝るなんて無作法なことしないでおくれ」
覚悟したものの死に対して、生者ができるのは感謝することのみだ。謝るなんてことは、その死の価値を貶めることになりかねない。
「感謝・・・する?」
グランテの考えを『読んだ』ソルディスが不思議そうに彼女を見つめてくる。
「そう、日々生きていることをその人たちに感謝するのさ。例え、王子が自らの死を望んでいたとしても、ね」
グランテの言葉にソルディスの目が見開かれる。どうやらこの王子は自分がそういう態度を示していることに気付いていないらしい。
「やるべきことはやるだろうけど、その先の無駄な生を望んでいるようには見えないよ・・・あんたの死にたがりは見ていれば解かる」
大切な者を守るために今は生き続けるという道を選択しているが、それさえ無くなれば彼は生に対しての執着を失うだろう。
ソルディスは恥ずかしそうに視線をずらすと、楽しそうに踊る踊り子たちに視線を移した。
「たしかに、生に執着はないです。死にたがりって言葉は当たってる」
呟く言葉はどこか悲しそうに響いた。その口元は苦笑しているように小さく歪んでいた。
「でも、どうやっても僕は死ぬことはできない・・・意志の問題ではなく、真実の意味で永劫の時間を生き長らえる運命にあるんです」
永劫の繁栄、無限の生を求めている父の元にではなく、普通の生と死を望む自分のところに降りてきてしまったその星をソルディスは小さい頃から憎んでいた。
信頼した人をすべて失っても生き長らえることはどれほど苦痛なのか・・・今、改めて実感する。
「だからこそ、生に執着がないのかもしれません。どうやっても死を迎えられない生は逆に死んでいるのと同じぐらい無に等しいですから」
グランテは「そうかい」と呟くとどこ遠くを見ている王子の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜてやる。
今の彼にはどんな言葉も慰めにはならない。ただ静かに見守ることだけが、彼が受けてしまった『無限の生』という地獄を知った人間ができることだ。
ソルディスはそんな彼女の優しさに、少しだけくすぐったそうな顔をして静かに瞼を閉じ、宴の音色に心を休ませた。
もちろんソルディスはグランテの正体を知った上で、ずっと行動してました。そうでなければ猜疑心の強いソルディスはあんなにいっぱい内情を喋りません。
旅は佳境を迎え、まだまだ登場人物達は交錯していきます。