第四話:森の中の疑惑
大方の関所を抜け、南北に連なる街道に出たところでレティア達は馬車を降りた。
アブシャリード達は少女たちを心配したが、彼らにこれ以上迷惑をかけるわけには行かない。
第一、南に向かうレナルドバードの馬車が、東北に位置するロシキスに向かったらそれだけで目立ってしまう。
「それでは、ありがとうございました」
丁寧に礼を言う王女に、彼は「父君によろしく」と軽く返すと馬車を出立させた。
「これから、どうするんだ?」
端的なレティアの問いかけにフェルスリュートは王都を抜けてからずっと左手に続いている森を指差した。
「この森を突っ切る。もちろん、街道は使わずに行くつもりだ」
示された森と、その内容にレティアは眉間に皺を寄せた。
また裏をつく作戦だがはっきり言って危険度は今までのものより高すぎる。彼の示す内容を解かっていないルミエールとヘンリーはその言葉に従って森の中の説明を受けようとしている。
「とりあえず、これ、みんなつけて」
出されたのは緑色の石で出来た綺麗な護符だった。それが森の精霊の護符であることに気づいたレティアは驚いたようにフェルスリュートを見つめる。
「レティア姫は気づいたみたいだけど、これは森の精霊石っていう特殊な石だ。これさえつけていれば獣は襲ってこない」
緑色の輝きはきらきらと光り、その存在を主張している。
「俺の地元の名産品。俺の村ではそれを拾っては森に届けて祈ってもらい、それを旅人に売るのを商売にしているんだ」
その証拠に、というわけではないがフェルスリュートは腰の袋の中からまだ残っている精霊石を何個も取り出す。
「アブシャリード候にも5個ほど買ってもらった。お陰で路銀も稼げた」
叩いて見せた袋にはそこそこのお金が入っているようだ。どうやらそういうことをやりながら、貴族達とのネットワークを広げてきたらしい。
「とにかく、森へと行きましょう・・・いつまで経っても街道にいたら、いつ見回りの兵がくるか知れませんもの」
ルミエールの的を射た言葉にレティアは肯くと、フェルスリュートから護符を受け取り自分の首へと掛けた。
森は今まで見たどの森よりも緑が深く、何か神秘的な空気に満ちていた。
ロシキスも山岳地だから森があるにはあるのだが、それとも感じが違った。
「これから1週間以上森の中での野営となるから、絶対にその護符外さないでくださいよ」
フェルスリュートは出来るだけ人しか通れない道や、見つけにくい道を選択して森の奥へと歩く。
「盗賊はでないのか?」
こういう森には盗賊がいるものと教えられてきたレティアが聞くと、彼は胸を張って大丈夫だと太鼓判を押した。
「精霊の森で血を流す真似をすればどうなるか、ああいう輩だって知ってますよ。だから出るとしたら森の出口、精霊の守護範囲が切れた辺りで出てきます」
フェルスリュートの言葉を傍で聞いていたヘンリーが恐ろしさに震えながら、彼の手を握った。
王子はこの何を考えているのか読めない男を殊のほか気に入っていた。どこか兄としての包容力を感じさせてくれる彼を信頼しているようでもある。
「大丈夫ですよ。王子の身は守ります。ルミエール姫の分も。ただレティア姫は自分で戦ってくださいね」
「当然だな」
レティアは自分の腰にある剣を叩くとフェルスリュートの言葉に笑って返す。義弟があれほど信頼している相手だ、自分の中にある彼への不安は隠さなければならない。
悪人ではないと思う。だが腹に一物二物持ち合わせていることは確かだ。その辺りの計算高さは少しソルディスに通じるものがあるかもしれない。
「森の反対側の街道に出て時森の里の傍を抜ければ、ロシキスとの国境はさほど遠くない。あの辺りには俺の上司であるガイフィード将軍も駐留しています。あの人は常に公平な人だし、ソルディス王子とも親しい。絶対に力を貸してくれるはずです」
フェルスリュートは自分の上司を本当に尊敬しているのだろう。その思いがひしひしと伝わる態度に、どことなくレティアもほっとする。
ガイフィード将軍が国境付近に駐留するようになってからロシキスとリディアの関係は良好だ。もちろんそれが将軍の人柄のおかげであることは逢ったことのある自分が一番よく知っていた。
「それじゃ、もう少しした先に湖があります。その近くで今日は野営にしましょう」
空はここからでは見えないが、大分太陽が傾いているようだ。暗くならないうちに野営の準備をしなくてはならない。
フェルスリュートはヘンリーを抱き上げると、先ほどよりも歩く速度を上げて弥栄の場所へと移動を開始した。
とりあえずソルディス達が森を出たのでロシキスの王女たちに森に入ってもらいました。
ただ時系列として森に入ったのはレティア達のが先だということに今更気づきました。
やばいです。レティア達は街道にでてすぐ分かれたというのに、ソルディス達は森に入るのに一週間かかってますからね・・・ただロシキスの王子たちから始めてしまうと誰が主人公なのか怪しくなるという懸念もありますし、少しぐらいの時間のズレには目をつぶってください。