第四十八話:街道の分岐点
ガラガラと馬車の車輪が土を食む音を聞きながら、ソルディスは意識を浮上させた。
これだけ人の気配がしているのに、熟睡したことどれだけぶりだろうか。あの『信頼』している人たちが傍にいるわけでもないのに。
「目が覚めた?兄様」
心配だったのだろう、ぎゅっと自分の手を握り締めて問い掛けてくる妹にソルディスはぎこちなく笑って見せた。
「ごめん、心配掛けた・・・僕はどれぐらい寝てた?」
こんなときでも笑顔を作ろうとする兄に、シェリルファーナは少し悲しくなった。それをできるだけ悟られないようにしながら彼女は首を横に振った。
「そうね、あれから丸っと一日半・・・眠っていたわ。お腹すいたでしょ?もうすぐ街道の分岐点だからそこで一泊するそうよ・・・踊り子のお姉さんたちが私たちのお別れの宴を開いてくれるんですって」
「そんなに、長く・・・」
確かに起きるのが億劫なぐらい疲労が貯まっている。だがお腹は空いているが、思った以上に飢餓感は無い。
「・・・・?」
ソルディスがお腹を押さえながら首を傾げるのを見て、シェリルファーナは久々に明るい笑顔を見せた。
「お食事はね、兄様の眠っている口の中に流動食をいれてあげていたの。上半身を立ててあげると兄様少し目と口をあけるから、その隙間に食事を流し込むとね・・・」
「シェリル、もういいから」
妹の口から告げられる恥ずかしい自分の姿にソルディスが音を上げる。少し顔が赤いのは照れたからだろうか。
馬車の外から号令が聞こえた。どうやら街道の分岐点についたらしい。
ソルディスが馬車の幌の後ろを開き外を見ると、そこはこじんまりとした集落の中だった。
どうやら分岐の手前に作られた旅籠街のようだ。店は雑貨と旅道具の店、各国の通貨の両替商、物産の交換所などとその交流のために訪れる人のための宿屋が立っている。
「おや、目が覚めたようだね」
馬車から顔を出しているソルディスにグランテは軽く声を掛けた。その手にはお盆に乗せられた件の流動食を持っている。
「はい、もう目が覚めましたから普通に食事しますよ」
ソルディスはそういうと馬車の外に出た。
「よう、身体はもういいのかい?」
「もう、無理しちゃだめよ?」
馬車の外ではやっと目を覚ましたソルディスに踊子や用心棒が気楽に声をかけてくる。本当に気のいい一座だ。
ソルディスはその足で宿営の準備をしているスターリングの元に向かった。先ほど馬車の中で見た『過去』では彼が自分の状態を見て事を大きくせずに居てくれたのがわかったからだ。
「スターリング」
ソルディスが呼びかけるとスターリングはにっこり笑って手を振ってくる。
どうやら宿営の準備だけではなく宴の準備まで彼は引き受けているようで先ほどから右へ左へと忙しなく動いていた。
「もう、大丈夫そうだな・・・あんな無茶はもうするなよ」
「うん、気をつける」
同い年なのに何処か大人びた口調で彼は彼を嗜めた。ソルディスもそれに素直に頷いてみせる。
焦りはまだ解消されていないが、今回のように、術の途中で倒れてしまっては元も子もない。きちんとセーブしつつあの村と外界との道を開いていかなければならないだろう。
(それに・・・)
それに、森はあの王を虜囚として閉じ込めている。
下手に術を失敗し、森にかかる霧の結界を開放してしまい、時守の里やこの内乱の最中に出てこられては困る。
少なくとも、自分が内乱を平定するまでは王にはあの森の中に居てもらわなければ成らない。
(あの森の中だと・・・時が止まってしまうけど)
森と霧の結界は元々時守の長老である先見のおばばと予知見の姫、そして自分が、時の精霊の協力を得て作ったものだ。
あの霧の中では時は外の時間よりもずっとゆっくりと過ぎる。あそこの一日は外界での一週間に値する。そういう風になるように自分はあの結界を作った。
それに影響されないのは時守の里の民と自分の異母兄・星替のフェルスリュート、そしてその護符を持つ者のみだ。
彼と同行していたロシキスの王子と姫たちも彼の護符を貰っているはずだから、それが有効の間は結界の影響を受けない。
(後は、上空を飛んでいけば大丈夫だけどという無茶な手段だけど、そんなの聖龍族か龍騎士しかできないだろうし)
その時、遠方の空に銀色に輝く龍を見つけた。どうやらレティア姫はロシキスでの会談を終え、森に残してきた姉と弟の所に戻るようだ。
(しばらく、彼女にがんばってもらうしかないか)
ソルディスはそう心の中で決定付けると、自分も宿営の準備の手伝いをするためにクラウスの元へと向かった。
やっと王国迷走編の目的地が見えてきました。というか久しぶりの主人公グループです。
前の章では何度も、そっちに視点を向けようと努力しましたが、話の流れ上他のグループ(アーシア組・ルアンリル組・レティア組)に行ってしまい・・・ありゃあな状態でした。
しかしこれ以降は大丈夫だと・・・大丈夫かと・・・・きっと・・・うん、きっと大丈夫でしょう。