第四十七話:龍族の旅立ち
ケイシュンはもう一度ため息をつくと哀れな男に今の長の家の中で行われていることを説明してやる。
「たぶん、今、長が話してると思うけど?それに精霊族では人間と交わることは禁忌ではないから逆に龍族のその風習の方がおかしいと思うかもね」
この数日間、過ごしている中でルアンリルが本当に優しく、聡明で、いい子だと知った。
多分、あの子なら養父の妻である養母と同様に血筋とかを気にせずに自分と接してくれるだろう。
「本当に・・・貴様は」
「ケイシュン殿!」
長の家の扉が開き、ルアンリルが飛び出してきた。
どうやらベーシェンとにらみ合いをしている間に彼らの話も終わったらしい。そのままルアンリルはケイシュンの元まで走ってくるとにっこりと笑って見せた。
「ナリファ殿の許可は取れました。私と共にガイフィード将軍の元へ行きましょう」
何がどうなっているのかわからない状態ながらも、ケイシュンは「お、おお」とルアンリルの言葉に了解の意を見せる。見下ろすとるベーシェンの位置から見えないその表情が見えない位置に陣取ったルアンリルの瞳には何か含みのある光が宿っていた。
「でも、よく族長が許してくれたな」
「交換条件を・・・いろいろと出したんです」
強引な自分の態度が恥ずかしくて照れているような仕草に見えるが、ケイシュンの位置から見えるそれは笑いをかみ殺しているようにしか見えない。
それにしてもここまで来る道中で自分がルアンリルと共に旅に出るなんてことは話題にも上がらなかったのに・・・・
(あ・・・そうか)
ケイシュンはそこで閃いた。
彼の身を案じた養父がルアンリルの出した他の見事の交換条件として自分を同行させるように頼んだのだろう。
「そんな、勝手なこと・・・」
ルアンリルの言葉に、ベーシェンは唸るようにそう呟いた。
しかしその言葉を聞いたルアンリルは彼の方をゆっくりと振り返り、鋭い視線で彼を射抜く。
「龍族長・ナリファと聖長である私との会談によって決められたことに対して、勝手なこととはどういう意味ですか、ベーシェン殿?・・・すでに取り決めた約款に意義を申し立てるというならそれなりの理由を持った上で聖席排除の覚悟し意見を述べなさい」
ルアンリルの厳しい言葉にベーシェンもその取り巻き達も異論を返すことなどできなかった。
まだ幼いとはいえ、この目の前の少女のほうが立場は上なのだから。
「まあ、いい。どうしてベーシェン殿は族長の申し出を勝手と思ったか、聞いてあげましょう」
ルアンリルは美しい造詣の顔の上に鼻も綻ぶような笑みを浮かべながらベーシェンに一歩近づいた。普段なら見惚れるような美しさだが、ルアンリルの顔には他を圧倒する迫力があった。
「あ、いえ・・・ケイシュンの過去の女性遍歴と申しますか・・・その行状につき聖長殿に付き添わせるには相応しくないかもと思ったのです」
ベーシェンは直接人間と関わるのが嫌いなためケイシュンがかつて心に決めた女性とは会ったことなどないが、彼女は里の近隣の村に滞在していた旅一座の踊子であったという。ケイシュンの母親といい、その恋人といい、踊子など男の性的欲求を満たすこともする売女みたいな者だと前の長やまわりの人間は教えてくれた。
「その方のことは、ナリファ殿から先ほど聞きました。しかしそれでも私は彼を連れて行きたいのです」
ルアンリルがそう言うとベーシェンは「そうですか」と笑って見せた。ケイシュンとしては案外すんなりと事を承諾した態度と、始めてみる笑顔に少しだけ彼への評価を上げる。
「いつ、旅立たれるのですか?」
「時間が無いので、用意が済み次第すぐにでも」
案外素直なのだな、とルアンリルは思いながら彼の問いに答えてやる。ケイシュンはというと彼も同意見だったのか少しだけ肩を竦める姿をしてみせた。
そこで会話を区切ったルアンリルにケイシュンは大きく伸びをしてみせる。
「じゃあ、急いで着替えてくるか・・・ルアンリルはそのまんまの姿で行くのか・・・?」
二人とも囚人服のまま逃げ出してきたため、お世辞にも綺麗な服を着ているとはいえない。
「いえ、ナリファ殿が奥方の服を貸してくださるといっていましたので、遠慮せずに貰っていくつもりです」
ルアンリルはそう答えるとケイシュンに「また後で」と告げて長の屋敷へと戻っていった。
初っ端の雰囲気とは違い、ベーシェンが丸くなっています。
もともとベーシェンは人のいいナリファと朗らかな母親との間に生まれているのでそれほど性格は悪くならないはずです。
ただ『一族にこだわる所為で息子に出て行かれた哀れな老人』と『龍族至上主義の長老』たちに育てられたゆえにああいう性格になっただけです。ある意味、純粋な子なのかもしれません。
これにて第四章:別離と旅立ちと・・・が終わり。次からやっとご無沙汰していたソルディス達が戻ってきます。