第四十五話:探すべき者
精霊族には龍族とは違い人と交わってはいけないという決まりはない。
もともと数が少ない部族でもあるし、そのようにすれば血が濃くなりすぎて逆に一族の消滅にもなりかねないことを知っているからだ。
「私たちの過去の話は以上にして、本来の目的について話をしましょう?
聖長殿、どのようなご用件でこちらにお越しになったのですか」
ケイシュンとルアンリルが恋人ではないとしたら、ルアンリルは他の用事があってこちらに訪れたはずだ。そうでなければ今すぐにソルディス王子の下に馳せ参じるか、危険を顧みず王都の基盤を守るため、王都市街地に潜伏するだろう。
「ええ、幾つかお頼みしたい事があります」
本来の用件に話題が代わり、ルアンリルは表情を引き締めた。
「まずは、龍族としてディナラーデ卿と協力することのないことをお願いしたい」
王都に残っている魔術師・・・・精霊族は今のところディナラーデ卿かソルディス王子、どちらにつくのか考えあぐねている状態だ。
ルアンリルの言葉で終結することはするだろうが、きちりと足並みが揃うのは難しいだろう。
「お受けしましょう。
彼は我が一族の次期長・ケイシュンを捕らえたという事実を持っている。それを理由に龍族として協力を断りましょう」
実は龍族の中でも意見は二つに分かれていた。
ソルディス王子の正当性は認めるものの、あの問題の多いバルガス王の息子だという点と彼が始終笑っていて頼りないという意見から『ディナラーデ卿に荷担したほうが得策だ』という意見がちらほらと長であるナリファの耳にも届いていた。
この聖長からの申し出はディナラーデ卿からの申し出を断る時の『重要な理由』にできる。
「それから、ある人物を探していただきたい」
ルアンリルがもう一つ提示した頼みごとにナリファは目を丸くした。
人との係わり合いをあまり持たない龍族にそれを頼むことなど普通はない。特に最近の龍族は里と血への固執が強く、先ほど離したケイシュンの生い立ちなどその苦難はそのことに起因している。
本気で人を探すというのなら時守の里に居る『遠見』や『星見』に頼むのが筋だが、あの森は今、時見の霧に守られている。それに何といっても時守の里での虐殺を行ったバルガス王に仕える形となっていたルアンリルに力を貸すとも思えない。
次に思いつくのは精霊族なのだが・・・彼女がここでこうして自分を頼っている以上、それにも何らかの事情が生じているということだろう。
ナリファの考えを他所にルアンリルは探して欲しい人物のデータを述べ始めた。
「その者は今から15年程前にこの近辺で行われた祭りを見学中に行方不明となった。彼女はディナラーデ卿に匹敵するほどの理力を持っていますが、多分、自分が魔術師であることを知りません」
「ほう、それは・・・・」
自らの理力を・・・それもディナラーデ卿に匹敵するぐらいの能力を秘めている状態で過ごしているとは危険極まりない。
もし、何かの感情の起伏により理力が暴走したら、彼女の澄む地域は壊滅的なダメージを受けることにもなる。
「その人物がこちらよりも先にディナラーデ卿に見つけられ、利用されるといろいろと戦力の均衡が変わってしまいます。精霊族としても度々捜索はしているようですが、彼らが本気で彼女を探そうとしているのかは私にはわかりません」
ルアンリルはそういうと少しだけ視線を落とした。
自分と精霊族の間にはまだまだ確執がある。能力ある者として敬っておきながら、裏でエディン家の台頭を訝しむ言葉を発する人間を何度も何度も見てきた。
「いったい、それはどなたなのですかな?」
そんな彼女の状態を把握してくれたのか、ナリファは必要以上に話題を広げないでくれた。
その心遣いに感謝しつつ、ルアンリルは目的の人物のことを話した。
「私の姉・アディリアード・エディンです。髪は黒、瞳は菫色、顔は・・・私に似ています」
顔は似ているのだと思う・・・父も似ているといっていたし、母が彼女が行方不明になった以降、自分を姉の名で呼びかているぐらいだから。
一方、ナリファは別の懸念を感じていた。
確かに精霊族が彼女を真剣に探しているのかは怪しい。エディン家の者がこれ以上力をつけないように、謀った可能性だってある。
そして何よりも見つけた少女に浚った人間が何か吹き込んでいる可能性もある。そんな者が今の脆弱な龍族への攻撃の要とされたら一族すべてを守りながら対抗できるか微妙なラインである。
「わかりました、龍族もその探索を手伝いましょう」
快諾してくれたナリファにルアンリルはほぅっと胸を撫で下ろした。
ルアンリルの予測どおり、精霊族はアディリアードを探していません。
やっとルアンリルのお願い事が終わったので、後は龍の里をどうやって出るべきか、思案中です。