第四十三話:結ばれることの禁忌
その当時唯一の王位継承者だったアルガス王子と聖長アルム・ベネーシャ・エディンとの恋愛は精霊族にとり前代未聞のスキャンダルであった。
事情を知った回りは彼らを引き離そうとし、それぞれに縁談を持ち込んだり誤解を生むように画策したりとした。
しかし彼らの行動とは裏腹に二人の絆は深まり、やがて彼らは互いの役目を放棄する形で王都の外へと駆落ちをしてしまった。
その事がきっかけで王侯貴族たちは一斉に精霊族を王都から追い出す計画を立て、精霊族は最高神官の名の元に殆どの役職を剥奪された。
当時の王でありアルガス・バルガスの両王子の父親であるコウラス・エンデドルグ王が騒ぎの沈静しなければ、王都で精霊族の虐殺が始まってもおかしくないほどだった。精霊族は王の寛大な処置に礼を言うと一族すべてが王都を出た。
しかし、それが逆にまずかった。
精霊族の魔法で支えられていた王都はその基盤が少しづつ崩壊し始めたのだ。急遽精霊族は王都に呼び戻され、聖長に対しては王都を長く離れてはいけないという条例が制定されることとなる。
そして今度は精霊族の中での騒動が起きる。アルムの生家であるエディン家に連なるものを役職から排除し始めたのだ。
もちろん、これも長くは続かなかった。アルムの次の族長となったエリオット・パステル・ガネーシャは周囲の反対を押し切り、アルムの弟・グランティオ・エディンと結婚。そしてその第二子として一族最大級の理力を持つ・ルアンリルが生まれると精霊族の長老たちは母親から子供を奪い族長に祭り上げた。
『母にとり私は子供を守れなかった罪の具象・・・父にとり私は一族を救うための犠牲者』
王城に単身入れられた時、ルアンリルはそう心の中で呟いていた。だからこそ自分は道に外れないように生きてきた。
次代王となるソルディスを守り、精霊族の地位を元の位置までどす事がルアンリルの聖長としての役目だと信じ・・・それを達成するためにただ只管にまっすぐに・・・・
『絶対に、無事で、生きて再会しよう・・・そして、ルアンの性別が決まったら、結婚しよう』
別れ際にクラウスが言った言葉が呪縛のように圧し掛かってくる。
答えを先送りにしたのは、本当に正しい判断だったのだろうか。本当はきちんとその場で断らなければならなかったのではないのだろうか。自分の気持ちなど押し込めて対応することが自分のすべき事ではなかったのか。
クラウスの為に切った髪が肩口で静かに揺れている。
「わかっています・・・・これが罪だということも。精霊族の族長が・・・それもエディン家の者が王族と結ばれる事などないと・・・」
まだ幼い頃、長老たちはこぞってルアンリルに楽器を習わせ、吟遊詩の一説を歌わせていた。
とくに王族と精霊族の悲恋を歌った『太陽と月の詩』は何度も何度も、飽きるほどに繰り返し歌わされてきた。
それが彼らの牽制であることは、王都に召され、クラウス王子の遊び相手をさせられていた時に気が付いた。自分と同い年の彼に恋心など抱いてはいけない。自分は男としての性別を得て、ソルディス王子とクラウス王子を支える忠臣になるのだと言い聞かせてきた。
「ケイシュン・・・言葉が過ぎるぞ」
苦痛に顔をゆがめているルアンリルを見てナリファがケイシュンを嗜めた。
彼は流石に言い過ぎたと思ったのかすぐに「ごめん」と謝罪し、その部屋から出て行った。
「すまぬな、聖長殿・・・あれも下らぬ讒言のため恋人と引き裂かれた過去を持つゆえに」
だからこそ、傷が深くならないうちに引き離そうとしたのだと、その瞳は言外に告げていた。
ルアンリルはどういうことなのかとナリファの目を確りと見据えた。
「少し昔話をしましょうか」
ナリファはそう告げると椅子に深く座り込み、少しぬるくなってきているお茶を口に含んだ。
ルアンリルが別れ際に返事をしなかったのは、王族と精霊族が結ばれると不幸なことが怒るという迷信のためです。
ちなみに「太陽と月の詩」は大体、光を放つ太陽と闇に沈む月が惹かれあうが、やがて神が現れ鉄槌を下し彼らを引きさいた、みたいな内容だと思ってください。