第四十二話:龍族の歓待
族長・ナリファが少女の事を『聖長』と呼んだことにより、龍族の中からざわめきが起きた。
最初は戸惑いの声だったが、段々とそれは驚喜の声に代わっていった。逆にベーシェンはそれを苦々しげな顔で受け止めていた。
「な、な、な・・・なんですか?」
周りの騒ぎ様にルアンリルは驚いたようにナリファに問い掛ける。きょろきょろと周りを見回しているルアンリルの肩をいつのまにか人型に戻ったケイシュンが支えてやる。
「ちょっと、勘違いしているだけさ・・・・それより、叔父上殿に話すことあるんだろ?とりあえず、族長の屋敷に行こう」
ケイシュンはそう言うとルアンリルの肩を押して、ナリファの家に行くように促す。
どこか引っかかる部分があったものの、ルアンリルとしても龍族の族長と話したかったのでとりあえず彼に従うことにした。
族長であるナリファの家は里の一番奥に位置していた。
広々とした玄関を抜けると清楚に纏められた客間に入る。ルアンリルは促されるまま、ナリファの前に座った。
「本当にめでたきことです」
まだ状況を把握してないルアンリルにナリファは笑顔で慶事の挨拶をする。
「まさか聖長たるルアンリル殿がケイシュンの元へ嫁いで下さるとは・・・」
「はい?」
突然の言葉にルアンリルは間抜けな返答をしてしまった。
一体何処をどうしたらこのような誤解が生まれるのだろうか。
(そういえば・・・)
ここに来る前にケイシュンが彼らは誤解していると言っていた。先程は気にしなかったがそれがどうして起きたのかきちんと聞いて置く必要がある。
「ケイシュン・・・殿?」
笑顔のままで自分を見てくるルアンリルに彼は少し後じさった。
笑顔なのだが・・・目が完璧に笑っていない。白状しないと何をされるか解からないほどだ。
「あーっと、だから俺たちの登場の仕方のせいで、誤解があった・・・というか。普通、聖体の背中に乗せるのは互いの番の相手だと・・・・」
「なんで、そういうことを黙っておくんですか!それなら私は自力で移動しましたっ!!」
ルアンリルの怒声に、ナリファも聖長がこの事を知らなかったのだと悟った。
しかしこれほどの良縁を羽後にするのは勿体無い。彼はとりあえずケイシュンを床に沈め終えたルアンリルに視線を送る。
「確かに誤解していたようですが・・・それを現実にすることもできるのではないでしょうか」
伯父として族長として、弟の遺児であり自分の後を継ぐ唯一の存在に最高の縁組をするためにナリファは提案をしてみた。
「と、いいますと?」
ルアンリルは聞くだけ聞いてみようと、ナリファの前に座りなおすと目の前の龍族長に強い視線を送り先を促した。
「婚約だけでもしていただき、互いが互いを知ったところで結婚してくだされば・・・いや、恋人がいらっしゃるなら、話が別ですが・・・」
「恋人は、いるけど・・・まずい相手だよな」
ナリファの言葉を切るように、床に倒れ臥していたケイシュンが発言をした。
ルアンリルはその言葉に視線を下に落とした。そんなこと、言われなくても解かっていた。
逆にナリファは理由がわからずに聖長と甥へと交互に視線を送った。僅かの沈黙がその場に訪れた。
「どういうことですか?」
沈黙を打ち破ってナリファがルアンリルにその真実を問いかけた。
しかしルアンリルは視線を落としたまま口を噤んでいた。ケイシュンを見ると彼は肩を竦めてから、隣の牢で聞いていた内容を思い出しながら答えを紡ぐ。
「精霊族と王族は結ばれてはいけない・・・ルアンリルの恋人はクラウス王子・・・それにしっかり該当してるじゃないか」
「・・・・・・・・・」
あの別れの時、自分は死ぬものだと思っていたからクラウスの告白を受けることができた。
しかし、生き延びてソルディス王子の下にて参戦するに辺り、その事実は自分に重くのしかかってきている。
「迷信、かも知れないけど、唯一の例外だったバルガス王の兄・アルガス王子と元聖長ベネーシャとの間に生まれたディナラーデ卿が反乱を起こしたのだから、精霊族は躍起になってルアンリルの結婚を止めるだろうな」
自分の後ろに忍び寄っている現実に、ルアンリルは静かに目を閉じた。
ルアンリル、ケイシュンの嫁だと完璧に誤解されています。
どちらにしろ性別が決まっていない状況でルアンリルが嫁かどうかは不明ですが・・・
精霊族と王族が結ばれてはいけない、という迷信のため、ディナラーデ卿の父と母は駆落ちしました。
そういうのが迷信がなければ名門貴族と同じだけの権力を持つ聖長と王位継承者の王子が結婚できない謂れはありません。