第四十話:時見の混濁
あの悲劇の伝わった日から、ソルディスは何度も時森を守る精霊たちとコンタクトを試みていた。
だがその作業を行うたびに星替の死を目の当たりにした精霊たちの狂気が彼の心にも痛いほど伝わってくる。
しかし精霊達をそのままに放置しておけば、外界との接点を無くしたあの里は滅びに向かう。それだけはどうしても避けなければならなかった。
「あれ・・・・」
その変調は急激に起こった。目の前が暗く染まる・・・すぅーっと意識が途切れる。
『精霊魔法と言っても、時の精霊とのコンタクトは気力も消費される。つまり、使いすぎれば、ぶっ倒れることになるから、気をつけろよ』
そういえば昔、そんなことを星替に言われた記憶があったな・・・ソルディスはそう思い出しながら、ゆっくりと意識を手放した。
「兄さま?どうしたの・・・・?」
急に馬車の中で倒れこんだソルディスの様子に気付いたのはシェリルファーナだった。
静かにしているとは思ったが、何が起こってこうなったのか解からない。
「どうした、シェリル」
「僕、様子見てきます」
クラウスに手綱を渡し、御者台の上で休憩していたスターリングは持ち前の身軽さでさっさと馬車の中に入っていった。
彼が傍に寄ると、突然のことにパニック気味のシェリルファーナが青い顔をして倒れているソルディスに縋って泣いていた。
スターリングは彼らの傍に近寄るとその顔や、体の状態を確認する。
(あれ・・・・これって・・・・)
こういう症状を前に見たことがあった。
(昔、兄さんが似たように倒れて・・・確かあの時は・・・)
「精霊魔法の使いすぎ・・・・?」
「は?」
スターリングの所見に先ほどまで兄の体に縋って泣いていたシェリルファーナが間抜けな声をあげた。
「だから、この症状・・・たぶん、それだと思うよ。ここ数日、なんかずぅっと瞑想して魔法を使っていた見たいだから」
彼に指摘されてシェリルファーナは此処の所の末兄の行動を振り返ってみた。
反乱を起こした人間に見つからないようにするため、彼は常に占い師の格好をして馬車の中にいるようにしていた。
しかしあの特別な日・・・何かを知り、兄が泣いた日からそれはもっと酷くなったように感じる。
表情が動かなくなった・・・笑顔がなくなったことだけが突出していたため気付かなかったが、彼は極力馬車の内にこもって静かにしていた。
つまり、彼はその間ずっと魔法を使っていたというのだろう。第一、王族である自分たちが魔法を使えるのか・・・それのほうが問題だ。
ディナラーデ卿みたいに母親が精霊族というのならまだしも、普通、王族は魔法を持たない。それを使うものを従わせるだけの『何』かが国王たるものにあれば十分だからだ。
「魔法なんて、兄様使えるの・・・?」
「理力魔法じゃなくて、精霊魔法のほうじゃないかな。占いができるんなら、時の精霊とかとコンタクトを取っていたかもしれない」
普通、精霊魔法は理力を使わない。精霊はその人間の魂に従うのだから。
しかしそれゆえ、精霊一人一人とコンタクトするたびにその人間の魂は疲弊することとなる。彼があれだけ長い時間をかけて瞑想をしていたとなると、一体だけの精霊にコンタクトを取っていたとは考え難い。
許容量を越えるほど大量の精霊とコンタクトを重ねて魂を疲弊させきったのだ。
「とりあえず、2〜3日ぐらい休養させないと・・・それからまだ回復してないのに魔法を使わないように見張りをつけないと」
この倒れている自分と同じ年の少年が自分自身に無理を強いているのは解かっていた。
兄弟たちにも、一座の長たるグランテにも頼らないその姿勢は見ていて何処か可哀そうなぐらいだ。
スターリングはソルディスの身体を負担がかからない形に寝かせると、まだどこかおろおろとしているシェリルファーナにグランテを呼んできてもらうように頼んだ。
ソルディス、ぶっ倒れています。
どうやら異母兄ちゃんであるフェルスリュートは彼のそういうところを十分把握していたようです。
編の名前のとおりに話が大分迷走しています。ソルディスがガイフィードの元に辿り付き、それぞれの固定位置にスタンバイするまでは、まだ少し場面展開の多い話になりそうです。